第123話 ただいまやで
「……実に面白いぞ小娘」
カエサルは無傷だった。
椅子に腰かけたまま、全く動かずにアリスレートの攻撃を防いだのである。
「だがまあ、俺を倒すには至らんな」
それを可能にしたのは、カエサルが纏う透明な魔力によるものだった。
「エーテル系統魔法。適性保持率一億分の一、『元素五系統』の中でもっとも希少かつ最強の系統の魔法だ」
『元素五系統』はそれぞれ特性がある。
炎系統は『高出力』。
土系統は『強度』。
水系統は『精密操作』。
風系統は『速度』。
そしてエーテルは……『万能性』。
反則的なことに、エーテル系統は他の四つの系統全ての性質を兼ね備えているのである。
これはそもそも、魔法においてこの世界を構成するものが炎、土、水、風、エーテルの五つの元素によってできているということに起因する。
エーテルは世界を構成する最小の存在そのものであり、他の四つはエーテルをどのように変化させるかを司るものであるとされる。
つまり、エーテルそのものを直接操れれば、自然界で起こる事象の全てが実現可能であるということである。
エーテル系統とはすなわち、全ての系統魔法の上位互換なのである。
「完全無詠唱の炎でその威力。だがしかし、我が魔法の万能性には届かん」
カエサルは椅子からゆっくりと立ち上がる。
「界綴魔法に相性がある。炎は水に弱く、水は土に弱く、土は風に弱い、そして風は火に弱い。雷撃や氷などの、これらを元素系統を複合した魔法でもこの基本は変わらない」
この相性の差というのは非常に大きく、相性がいい側の力は倍になり悪い側の力は半減すると言われている。つまり、相性フリで勝つには最低でも四倍以上の力が必要になるわけである。
よって、魔法戦においては相性の有利な属性を使われた瞬間に、こちらも別の属性に切り替えるのが基本とされている。
実際、金色五芒星の面々も自分たちの司る属性以外にも、最低二つはそれなりのレベルで使えるように訓練している。
しかし……エーテル系統の適性を持つ、カエサルだけは違う。
カエサルはオーラを纏った自らの手を見ながら言う。
「俺のエーテル系統第七界綴魔法『エンペラーオーラ』は、敵の魔法に触れた瞬間、瞬時にその魔法に相性のいい属性に性質を切り替えることができる」
そう。
エーテルの特性は『万能性』。
その万能性をいかんなく生かしたカエサルの防御魔法は、炎に触れればすぐさまその性質を水へ、水に触れればすぐさまその性質を土へ、と都合よくその属性を切り替えるのである。
「さらに、俺の魔力量は生来多くてな。一般的な第一等級のエルフの約五十二倍の魔力量を保有している。このオーラを貫きたくば、相性有利も含めてさらにその四倍の魔力をぶつけなくてはならない」
「へー、そうなんだ」
アリスレートは特に驚く様子もなくそう言った。
「まあだから、非常に残念で退屈なことだが俺は無敵なんだよ小娘。そして、このオーラは攻撃に転じた時に、あらゆる防御魔法に属性有利を発揮して貫く最強の刃となる」
カエサルが右手をアリスレートの方に向けた。
しかし。
「どーん!!」
グシャア!!
っと、カエサルの体が大広間の壁に深々とめり込んだ。
「ごっあっ……!?」
全身十数か所の骨が砕け、五か所の筋繊維の断裂と大量の出血、同時に肺の空気が一瞬で一滴残らず外に絞り出される。
文句なしの戦闘不能状態だった。
(……な、なに……が)
カエサルは自分の身に起こったことを理解できなった。
いや。
実際に起こったことは分かっている。
あの幼女が完全無詠唱で放った空気を打ち出す魔法が、自分に襲いかかかったのだ。
だが、カエサルの絶対防御であるはずの『エンペラーオーラ』が、なんの工夫もなく真正面から打ち破られたという事実を脳が認識したがらなかった。
「ば……かな、必ず相性有利を起こせる、『エンペラーオーラ』が……」
「んー、相性ってあっても四倍とか五倍とかだよね?」
アリスレートは頬に人差し指を当てながら可愛らしい声で。
「アリス、自分の一万分の一より大きい魔力持った人と会ったことないから、魔法の相性とか考えたことないんだよね」
そんな驚愕の事実を口にした。
普段ならカエサルは笑い飛ばすところだが、実際にその圧倒的な力を見せつけられては否定しようがなかった。
何より。
(そうか、さっきこの女の魔力のイメージが見えなかったのは……巨大すぎたから……)
大きすぎるものは逆に見えない。
カエサルは改めて妖精の目を操作し、極限まで引いた視点で見る。
(なんだこれは……)
アリスレートの魔力のイメージは、黒い空間に浮かぶ巨大な青い球体であった。
天文学の知識を持つブロストンであれば、それが何かは分かっただろう。
地球。
自分たちが住む星そのものをイメージさせる程の魔力をこの女は持っているのだ。
「ば……化け物……」
カエサルはこれまでさんざん自分が言われてきたことを自然と口にしていた。
自分など井の中の蛙だった。
この世界には、こんな次元が違い過ぎる生物が存在していたのか。
「んー。まだ、気絶してないみたいだから、もう一回かな?」
「くっ!? 第七界綴魔魔法『エンペラーオーラ』!!」
「ばーん!!」
アリスレートの無慈悲な雷撃魔法が、カエサルに炸裂した。
□□
所変わって、エルフォニア王国の第七分割領。
警備兵たちが防壁の正面門前で立ち話をしていた。
「それにしても、こんな夜に第一王子が訪ねてくるとは。何かあったのでしょうか?」
若い警備兵がそう言った。
答えたのはベテランの警備兵である。
「さあな。我々兵士にはあずかり知らんところだ。だが、どのような事態があれど問題ではなかろう。現在ここを守るのは我々『魔法軍隊』第一番隊。精鋭中の精鋭だ」
そう。
現在、第一王子だけでなく、とある重要人物がいるこの屋敷を警備しているのは、『魔法軍隊』でも最も魔法戦闘能力が高いものが選ばれる第一番隊である。
「第一番隊に選ばれた以上は、もはや我々は他の者たちと同じレベルの存在ではない。お前もそのことを肝に銘じておくのだな」
「まあ、そうですね。実際、他の連中は弱すぎて一緒にいるのバカバカしいし」
そんなことを言う若い警備兵。
本来であれば、ベテランの兵士は「そんなことを言うものではない」という所だが。
「その意気だ。警備を続けるぞ」
と、称賛するベテランの警備兵。
その時。
バキィィィィィィィィィィィ!!
と、突如正面の門を突き破って鉄の塊が現れた。
見たことも無い代物であった。
四つの車輪がついているため馬車のようにも見えたが、馬に引かせていない。代わりに背後に取り付けられた筒からブロロロという音を立てて空気を吐き出して進んでいる。
なにより金属でできた角ばった車体が、戦いのために作られたモノであると雄弁に語っている。
「襲撃だ!! 撃退しろ!!」
ベテラン兵士の言葉に、兵士たちが集まってくる。
正体は分からないが、ひとまず精鋭魔法使いたちが四方から強力な魔法を叩きつけて動けなくしてから調べればいい。
「おいおい、主が帰ったってのに無作法やな」
そして、その走る鉄の塊の上に乗る男のニヤケ面を見た瞬間、警備兵たちの顔が驚愕に染まる。
「お、お前はっ!!」
ミゼット・エルドワーフ。
この第七分割領の元々の持ち主にして、混血であることから忌子と呼ばれ、最後は初代国王の像を破壊して国を出て行った男である。
「ただいまやで」
ニヤアっと邪悪な笑みを浮かべるミゼット。
「だ、第二王子……どうすれば……」
王族に攻撃していいものかと戸惑う警備兵たち。
しかし、ベテラン警備兵の反応は早かった。
「構うことはない。あの男は三十年前すでにこの国とハイエルフ王家から切られている。王族だろうが殺しても構わん」
「おうおう、物騒やないか。平和的にいこか」
ガシャン。
ミゼットは鉄の車に設置された、長い筒がいくつも円状に束ねられた武器を警備兵たちに向けた。
「『マチルダ三号、ローリング火筒君エクストラ』」
ミゼットが引き金を引いた瞬間、束ねられた筒が高速で回転する。
『マチルダ三号、ローリング火筒君エクストラ』は、砲身をいくつも束ねたものを高速で回転させ次々に装填と発砲と排出を繰り返すことで、超高速の連射を実現する武器である。
「ファイア」
凄まじい連射速度で弾丸が発射された。
「「「ごああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」」」
もはや連続の発砲というよりも、ホースで弾丸の水を撒いているかのごとき超高速の連射になぎ倒されていく警備兵たち。
その連射速度の恐ろしさは、銃撃音に現れていると言っていい。
通常の銃撃音は「パン!!」という火薬が一発爆ぜる音が聞こえてくるものである。しかし、今響いている銃撃音は「ブー」っという、巨大な虫でも飛んでいるかのような音なのだ。
すなわち、あまりの連射速度に発砲音の切れ目が無くなっているのである。
さすがの『魔法軍隊』の兵士たちも、毎分数千発にも及ぶ弾丸の嵐に成すすべがなかった。
「はっはっは!! 死にたくなかったら、さっさとエドワードの阿呆を出すんやなあ!!」
まるで悪役のようなセリフを言うミゼットだった。
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