第124話 戻られました

「……な、なんですか今の音は!?」


 第七分割領の客間にまで響いてきた破壊音を聞いて、ディーン伯爵はそんな声を上げた。

 エドワードは眉を潜める。


(まさか……もう金色五芒星を倒して来たか?)


 一瞬そんなことが頭をよぎったが。

 しかし、すぐに思い直す。


(…いや、無いな。あの中年の力がいかほどのものか、その全力は見ることができなかったが、少なくともカエサルをこんな早くに倒すことなど不可能だ。仮にカエサルを瞬殺できるとしても、僕が避難した先を見つけるのが早すぎる)


 では、いったい何者が?

 そんなことを考えていた時、客間の扉が勢いよく開かれ下士官が飛び込んできた。


「しゅ、襲撃者です!! 襲撃者がっっ!!」


 下士官の様子はどこかおかしかった。

 顔面蒼白で、声が震えている。

 この下士官は戦場経験もある『魔法軍隊』の中でも、精鋭のはずなのだ。

 いくら何でもこの慌てようはおかしい。


「落ち着け。何があった? 襲撃者は何者だ?」


「ミ、ミゼット王子が……」


 下士官は震える声で言う。


「み、ミゼット様が戻られましたあああああああああああああああああああ!!」


「なにいいいいいいいいいいいい!!」


 悲鳴のような声を上げたのはディーン伯爵である。

 ディーンはすでに先刻、ミゼットから「今度余計なことをしたらタダではおかん」と脅迫されている。

 しかし、エドワードからハイエルフ王家にミゼットは手を出せないと聞いていたから、その後も協力をしていたのだ。

 それがこうして、堂々と正面からハイエルフ王家所有の屋敷に突撃して来たのだ。

 混ざりもの、ミゼット・ハイエルフの恐ろしさはエルフォニア貴族なら誰でも知っている。

 幼少の頃より圧倒的な魔力の才能を誇り、さらには意味不明の武器を生産し、気に入らない者がいれば嫌がらせのようなノリで屋敷ごと吹き飛ばすことも何度もあった。

 でありながら、その戦闘能力があまりにも高いため放置するしかなかったという超危険人物である。

 下士官の慌てようも分かるというものだ。


「エドワード様、話が違うではないですか!!」


「……」


 エドワードは黙って口に手を当てている。


「聞いているのですかエドワード様!! 私はアナタのいう通りにしていれば上手くいくからと協力したんです。それが……」


 ガシッ!!

 っと、唾を飛ばして喚くディーン伯爵の顔面をエドワードは鷲掴みにした。

 ……そして。


「……第五界綴魔法、『エアインパクト』」


 一切容赦なく、その顔面に強力な衝撃波を叩きこんだ。


「ごっ……ぷっ!?」


 顔面の穴という穴から血を流し、その場に倒れ伏すディーン伯爵。


「……ああ、なるほど分かったぞ。ミゼットのやつ三十年前も『アンラの渦』を使ったことに気が付いたな?」


 エドワードはディーンなどいなかったかのように、一人で納得して呟いた。


「まあ、仕方ない……僕が直々に迎え撃つとするか。王家の恥を消し去るのも時期国王たる者の務めだからね。幸いここなら、あの混ざりものも刈り取れる」


 エドワードはそう言うと、飲みかけていたワインを飲み干して客間から出ていった。


   □□□


 一通りハンヴィーの上から弾丸をばら撒いて雑兵を片づけたミゼットはハンヴィーから降りると、屋敷の入り口の門を『レイラ三号、あの夏のパイナップル(手投げ爆弾)』で吹き飛ばす。


「ただいま」


 ミゼットは先ほどまで入り口の門だった瓦礫を踏みしだきながら、優雅に屋敷の中に足を踏み入れた。

 広いエントランスをゆっくりと歩いていく。


「……ずいぶん、雰囲気がちゃうな」


 元々は王族の一人としてミゼットに与えられた土地と屋敷だったため、何度か泊まりはしていたのだが随分と内装が変わっていた。

 ミゼットの記憶にあるのは飾りや物のないエントランスだが、三十年経った今ではそこかしこに煌びやかな調度品や高そうな絵画などが飾られている。

 階段の手すりに至るまで無駄に豪奢な金ぴかの飾りがついているのだから、大したこだわりである。


「ああ、この無駄に富を見せつけるような趣味の悪い内装はエドワードのやつやろうな」


 先ほど見た、第一王子の屋敷のエントランスにそっくりであった。


「おいおい、酷いことを言うじゃないかミゼット」


 余裕と見下しにあふれた男の声が聞こえてきた。

 ツカツカと優雅に歩いて現れたのはエドワードである。


「この良さが分からないかねえ。こうしてそこにあるだけで自分と相手のランクの違いを思い知らせる素晴らしい意匠なのだが」


「それを趣味が悪いゆうとんねん」


「まあ、混ざり者の半分腐った脳みそでは、この良さが理解できんか……かわいそうに」


 肩をすくめるエドワード。


「それで、ノコノコとワイの前に出てきたからには、覚悟はできてるちゅうことやな?」


「ああ、そうだね」


 エドワードはミゼットの強さを十分に知っているはずである。

 しかし、余裕を崩さずに言う。


「あの父上最大の汚点が残したハイエルフ家のガンを、このボク自身の手で排除する覚悟を決め」


 パン!!

 という乾いた音が響いた。

 ミゼットが麻袋から取り出した掌に収まるサイズの銃を、容赦なく発砲したのである。


「……はあ、人が話してる時に。不躾だねえ、優雅さが無いよ優雅さが」


 エドワードの腹部を狙った弾丸は、命中する直前で止まっていた。

 エドワードの前に現れた魔力の壁が、弾丸を受け止めたのである。

 しかし、エドワードは魔法を詠唱していない。

 魔法名すら言わずに魔法を発動することを完全無詠唱と呼ぶ。理論上可能であるとされるが尋常ではない精度の魔力コントロールが要求されるために、実際にできるもはまずいない。少なくとも、魔法の国であるエルフォニアにすら一人もいないのである。

 であるのに、エドワードが魔法で弾丸を防いだということは、考えられるのは事前に魔法を発動していた場合である。

 しかし、ミゼットなら魔法を発動していればさすがに分かる。

 ミゼットの目から見て、エドワードは魔法の発動をしていなかった。

 そうなると、残る手段は……。


「自動発動術式か……相変わらず狡い事前準備だけは得意やな」


「ふん。勝負など戦う前から勝てる状態になってから始めるものだよ。当然だろう?」


 自動発動術式は特定の条件で事前に唱えた魔法を使用するという高度な魔法技術である。

 事前に詠唱を唱え発動させた魔法に、その魔法が物理現象に影響を及ぼすのを止めておくのである。

 そして、設定した条件になった時に魔法は効果を発動し、物理現象に影響を及ぼすというわけである。

 今回ならば「エドワードに攻撃が飛んできた時」という設定だろう。

 条件を満たしたときに、詠唱しておいた魔法が効果を発揮しだすのである。

「自動発動術式は防御魔法を発動し続けることや高速で魔力を練ることに比べて、燃費もええしミスも起きにくい」


「そうとも。まあ、そもそも使用者の魔法が高レベルでなければ意味がないが、僕はハイエルフ家の長男だからね」


 そう。エドワードは魔力血統主義の頂点に君臨するハイエルフ家の長男である。

 当然のように魔力量も魔力の出力も最高レベル。魔力量だけならエルフォニア最強の戦士カエサル・ガーフィールドすら凌ぐ。

 リックも第一王子の屋敷で対峙した時にそう表したように、色々と計略を巡らせるので分かりにくいが、エドワードは普通に戦っても強いのである。


「自動発動術式は魔道の芸術だよ。まあ、せっかく生まれ持った素晴らしい魔法の才能があるのに、無粋な物理武器ばかり作る混ざりものの下賤な感性では分からないかもだけどねえ」


「……そうかい、安心せえ」


 カチャ。

 ミゼットは麻袋から武器を取り出した。

 基本的な形は先ほどの手のひらサイズの銃と同じなのだが、下部に弾薬を入れる部品が取り付けられており、銃の身長は約八倍、41cm超である。


「今回は魔法使わんで倒したるわ」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る