第125話 泣いたんや

(まえがき)

 いつもは20日に更新なんですが、原作10巻が明日2022/6/17に発売なので、ちょっとフライングして更新です。

 10巻は自分でもめっちゃ面白く書けたと思うので、皆さん是非よろしくしてやってください!!!

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https://twitter.com/ej3lHqlQqk3WIsr/status/1537365698615574528?t=eANWE0EVlfzv_CN1PvwC0Q&s=19

――


「今回は魔法使わんで倒したるわ」


 ガガガガガガガガガガガガ!!

 という連続の射撃音が響いた。

 発射している弾頭のサイズ自体は先ほどの銃と大差が無いものの、分間六百発という凄まじい連射速度でエドワードに襲いかかる。

 しかし。


「ははは、無駄だよ」


 エドワードを守る防御壁は、次々に襲いかかる銃弾を全て弾き飛ばしてしまう。

 弾丸を装填する部品八つ分を目一杯打ち込むと、さすがに予備もなくなったのか銃撃が止む。

 エドワードは余裕の笑みを浮かべたまま肩をすくめて言う。


「無粋な上に性能まで魔力に劣るとは、まったく哀れだねえ」


「……連続の衝撃にも耐えるんか。なら次や」


 ガシャン。

 ミゼットが次に取り出したのは、全長130cmの金属の筒だった。

 ドン!!

 と、筒の中から時速327kmで射出された弾丸が襲いかかる。

 エドワードを守る魔力の壁に着弾。

 その衝撃を見事に魔力の壁は受け止めるが、発射されたのは起爆性の薬剤をたっぷり詰め込んだ弾頭である。

 ドォン!!

 と凄まじい爆発が巻き起こった。

 凄まじい威力に爆炎がエントランス全体に広がる。

 ……しかし。


「ははは!! 無駄無駄無駄ぁ!!」


 爆炎が晴れると、全く無傷のエドワードは心底愉快そうにそう言った。


「……次」


 ガシャン、と。

 ミゼットの麻袋の中から、明らかに袋の中には入らないであろうサイズのものが飛び出した。

 先ほどのものよりも遥かに大きく鉄の筒であった。

 ミゼットが騎士団本部を襲撃したときの鉄のネズミについていた、騎士団本部の防壁を破壊した大砲である。


「さっきの連射銃の口径が7.6mm。んでこっちは88mm口径ライフル砲や」


 そんな詳しい数字を説明されなくても、黒光りする全長5mの鉄の塊は、合理的で物理的な殺意に満ち溢れた威容を誇っていた。


「……ミゼット貴様、相変わらず無粋な物を作るね」


 さすがに冷や汗を流すエドワード。


「時速2880kmの鉄の塊を食らえ」


 ズン!!

 という発砲音が響いた。

 もはや音というよりは空気を叩く重い振動といったほうがいいほどの重低音である。

 ドゴオオオオオオオオオオオオオオ!!

 という凄まじい着弾音が響き、屋敷全体がミシミシと音を立てる。

 しかし……。


「くくく、ははははははは!!」


 それでも、エドワードの魔法防御は砕けない。


「やはり無粋な鉄の塊では、この魔法を砕くことはできなかったみたいだねえ」


「ずいぶんと、防御魔法の精度上がったやんけ」


 ミゼットの記憶にあるエドワードの防御魔法は、今のを真っ向から受けきるのは無理だったはずである


「……ふふ、それ程でもあるかな」


「いや……ちゃうな。お前の魔法の腕が上がっただけが理由やないわ。この屋敷自体が術式か」


「ほう……気が付いたか」


 魔力察知の感度を最大限に上げるとそれは見えた。

 エドワードの体と屋敷全体が魔術的に繋がり、魔力のやり取りをしているのである。


「秘匿術式第二番、『アールマティの礼拝堂』」


 エドワードは両手を広げて言う。


「ハイエルフ家の男児のみが習得を許される秘匿術式の中でも、長男のみに伝承される崇高な魔法さ。魔術的な装飾を施すことで、建築物全体を自らの魔力回路に変換する」


 なるほど、それならばミゼットの大砲を防げたのも説明がつく。

 巨大な補助装置をつけることでエドワードは、魔力の出力も操作能力も桁違いに跳ね上がっていたということだろう。


「この建物に入った時点で、お前はもう僕の胃袋の中というわけさ。『アールマティの礼拝堂』の効果は僕の魔力を増強させるだけじゃない……もう気づいているだろう?」


「……ああ。さっきから鬱陶しい思ってたが、やっぱりお前の仕業か」


 それは屋敷に足を踏み入れ、エドワードが目の前に現れてから感じていた。

 ミゼットの体から魔力が建物に吸い取られているのである。

 ミゼットの持つ魔力自体が膨大だからまだ余裕だが、長時間いれば魔力欠乏を起こすだろう。


「逃がしはしないよ、混ざりもの。このまま死ぬまで魔力を吸い取ってあげるさ」


 エドワードが指をパチンと鳴らすと、ミゼットが入ってくるときに破壊した門の代わりに、白い壁が出現する。

 エントランスは完全に封鎖された空間となった。


「ははははは!! ミゼット、確かに君が強いのは認めるが、ここに踏み入った時点で勝負ありだったねえ」


 建物全体を魔力回路にしてしまうことによる防御魔法の超強化。さらに、その空間内にいる相手の魔力を吸収し自分のものにするという防御不可能の攻撃。

 それこそがハイエルフ王家の誇る、超高等魔法『アールマティの礼拝堂』の必殺の効果であった。


「……ちっ、お前らしい性格の悪い魔法やな」


 舌打ちしたミゼットの顔を見て、エドワードは言う。


「その目……憎いかいミゼット? 君の母親と彼女を傷つけた、僕や父上、そしてこの国の根幹である『魔力血統至上主義』が。だがね。正義はどちらにあるか考えてみたまえ」


 まるでデキの悪い子供に言い聞かせるように、ゆっくりと。


「混じりモノのお前がどれだけ気に食わなかろうと、この国は魔力血統貴族制によって支えられている。これはまぎれもない事実だ。確かにお前の母親やあのレーサーの少女は苦しい思いをしただろう。だが、国家の安寧と一個人の苦痛では比べるまでもない。彼女たちの存在は国の統治の象徴を揺るがすモノだったから、排除せねばならなかった。好きか嫌いかの問題ではない。国を統治するというのはそういうことさ」


「……」


 ミゼットは黙って聞いている。


「この残酷な判断こそが国を維持することであり、我々貴族が大衆どもとは違う特権を持っている意義なのだ」


「……そうかい」


 ミゼットは口を開いた。


「演説は終わりか? いい加減魔力吸われるのも不愉快やから、さっさとぶっ飛ばそうと思うんやけど」


「……はぁ。血が半分腐っているから、脳みその性能も低いのかねえ」


 エドワードは心底不愉快だと肩をすくめる。


「まあだが状況は変わらんさ。ミゼット、お前はこの屋敷に入った時点で積んでいる」


「……『アールマティの礼拝堂』は確かに強力な魔法やが、一つ大きな弱点があるやろ」


 エドワードが眉をひそめる。


「なに?」


「建物全体を自分の魔力回路にする性質上、どこに攻撃を打っても攻撃が当たるってことや。つまり、敵の攻撃は躱さずに防御魔法で受けきるしかない……やろ?」


「……そういうところを理解できる頭があるなら、さっきの僕の話も理解してもらえると早いんだけどねえ」


 先ほどエドワードは、建物の中に入ったミゼットに対して「お前はもう僕の胃袋の中というわけさ」と言ったが、まさにその通りである。

 胃袋の中では周囲が壁に囲まれて逃げ場はないが、逆に周囲の壁のどこを攻撃しても持ち主にダメージが入るのは当然のことだろう。

 それは、その通りなのだが……。


「まあ、貫けるものならだけどね」


 そう。

 そこが問題であった。

 疑似的に凄まじいサイズに増強されたエドワードの防御魔法は、すでにミゼットの戦車砲を真っ向から防いでしまっている。

 しかし、ミゼットは当然のように。


「ああ、そうするわ」


 そう言って麻袋から出したのは。


 ズドン。

 とソレは取り出されただけで床が重みに耐えきれずに沈み込む音がした。


「……なん、だと?」


 先ほどまで余裕の様子だったエドワードが唖然とする。

 現れたのは、砲塔が三つ取り付けられた鉄の塊である。

 問題はそのサイズ。

 先ほどまでの武器はまだ、武器らしいサイズ感をしていたと言ってもよかった。

 しかし、今回のものはもはや一つの建物と言ってもいいほどに単純に馬鹿デカい。


「超大型船搭載用457mm口径ライフル砲や」


「よ、よんひゃく……」


 先ほどの88mm砲の五倍以上である。

 エドワードは弟の武器開発の異次元さは重々知ってるつもりだった。

 しかし、これほどまで巨大なものを作成できるようになっているのは想定外である。

 エドワードの頭を恐ろしい想像がよぎる。

 もし。

 もしも、このいかれたサイズの大砲ですらミゼットの開発した武器の通過点に過ぎないとしたら……。


「ミゼット、貴様は……いったいどこまで先の武器を作っているんだ?」


「さあ? まあ『存在は知られないほうが世のため』なモノまでは作っとるかな」


 ミゼットは平然とそう言ってのけた。


「……さて、攻撃は真正面から受けきるしかないんやったな?」


 ミゼットは邪悪な笑みを浮かべる。


「……くっ」


 エドワードは眉間に皺を寄せる。


「待てミゼット。いいか聞け、貴族制は必要なんだ」


「そうかい」


「あのモーガンとか言う男の言う通りに、愚民どもが自分たちで代表を選ぶ制度を導入して見ろ。あっという間に国政に関わる連中は、国よりも自分たちに票を集めるためにしか動かないクズどもの集まりになるぞ。そうなれば国は腐っていく」


「そうかい」


「僕は、うつけ者のお前が放棄した王族としての責務を全うしただけのことだ。それを責任を放棄した側のお前が咎めるのはおかしいとは思わないのか!?」


 エドワードの熱のこもった弁に、ミゼットは。


「……うっさいわ、ボケ」


 一言そう言い放った。


「勘違いしとるな。ワイはこの国のあり方を糾弾しに来たわけやない……そういうのは、リック君に任せるわ」


 そうだ。

 ミゼットは馬鹿ではない。むしろ、ブロストンの会話についていけるくらいには知識も教養もある。

 エドワードの言うことも当然理解している。

 貴族制だからこそ守れる国の形というものもあるのだろう。

 だが。

 そこじゃない。


「……泣いたんや」


「なに?」


「……オカンが泣いたんや」


 今でも瞼の奥に焼き付いている、母親の今際の際の姿。

 いつも穏やかに全てを受け入れていた母親は愛する人が最後の時にそこにいないことに涙を流していた。

 それだけでミゼットにとっては十分だった。

 イリスのこともそうだ。

 本人はもういいと言ったが、ミゼットが自分勝手に許せないと思っているのだ。

 そう、これは私闘だ。

 正当性などどうでもいい。


「ワイは、ご自慢の魔法が無粋な物理兵器にぶっ飛ばされて、吠え面かくお前が見たいだけや、このクソボケ」


 次の瞬間。


 三門の457mm口径ライフル砲が火を噴いた。

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