第19話 昔を思い出す

 模擬戦を終えた俺は一人休憩所にいた。


 今は一次試験と同じように広場で二次試験の結果発表を待っているところである。


――おい、あれ見ろよ。あのラスター・ディルムットを倒したっていう。

――普通のオッサンに見えるのにな、すげえよ。

――俺、模擬戦見てたけど凄かったわ。第一界綴魔法ってあんな威力出せるのね。

――なんていうか、さ。あの年から冒険者とか最初はバカにしてたけど

――うん。

――かっこいいよね。


 通りすがりの若い冒険者たちから浴びせられる称賛の言葉がどうにもこそばゆい。


 不意に声がかかる。


「お疲れ様です。いい戦いでしたよリック様」


 リーネットだった。


「よき一撃だったぞ、リック」


「リッくんおめでとー!!」


「いや、アリスレートちゃん。まだ結果出てへんて」


 オークに吸血鬼にハーフドワーフ。他の『オリハルコン・フィスト』のメンバーも一緒である。


「ああ、ありがとうございます。しかし、俺ってかなり強くなってたんだな……っていうか」


 普通に考えてそうだよな?


 俺、レッドドラゴンを素手で倒したことだってあるんだぞ?


 ドラゴン討伐ってAランク冒険者5名以下のパーティは受けられなかったはずだ。


 どう考えたって、だいぶ強いだろ俺。


「なんで今まで勘違いしていたんだよ……いくら何でも二年間で常識ズレ過ぎだろ……」


 俺はそんなことを呟きながら顔を上げる。目の前にいるのは「オリハルコン・フィスト」の先輩たち。


 彼らを見ていると、この二年間のことが次々に思い出される。


   ■■■


~修行開始1日目~(ビークハイル城裏手の森の中)


 これからどんな特訓が始まるのかと期待と不安を胸に抱いた俺に、ブロストンさんが言う。


「いいか、リックよ。あらゆる戦いにおける根本的な基礎、それは体力だ。魔力を使った『身体強化』を使うにしても、元の体の強さがなくてはたかが知れるというもの。武器も常に手元にあるとも限らんしな。『己が最後に身を預けられるのは、自分の肉体である』これを忘れてはならない」


「は、はい!! えーと『己が最後に身を預けられるのは、自分の肉体である』ですね」


「よろしい。では、まず手始めにここから隣の村まで行ってみようか」


「はい!! って……あの、ここから村まで20km以上あるんですが……さすがに走るというのは」


「まさか初日から走れるとは思っておらん、歩いて俺の後についてくればいい」


「なーんだ、よかっ」


「これをつけてな」


 ガシャガシャガシャ←(重り約100㎏)


「……え?」


「さて行くか」


「え、いや、待ってください!! こんな重いの動くわけないですって!!」


「いずれは、その10倍の重さは付けて村までダッシュできないとな。冒険者ならそれぐらい『常識』だ」


「嘘つけええええい!!! 元ギルドの事務員なめんな!!! そんな冒険者の『常識』あってたまるか!! あ、ちょっとホントに行かないで!!!」


「俺を見失わんようにちゃんとついてくるんだぞ、何せこの森は危険度8以上の強力な肉食モンスターの巣があるからな」


「ぬおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!」


~修行開始1週間目~(ビークハイル城の庭)


「よーし、今日は私が教えちゃうよー」


 アリスレートさんがその細い手足をブンブンと楽しそうに振り回しながらそう言った。


「……って、おーい、リッくん。どうしたのー?」


「……」


 チーン


 俺は地面に倒れ伏していた。理由はもちろんこの一週間続いたブロストンさんの拷問(特訓)のせいである。


 地獄であった。地獄という名の地獄であった。あまりの過酷さに体が魂を手放しても、強力なヒーリング使いのブロストンさんに強引にその魂を元に戻され、再び地獄が始まるのである。


「そうかあ、大変だったんだねえリッくん。よしよし」


 そう言って俺の前に屈み頭を撫でてくるアリスレートさん。


 うう、涙が。ロリコンに目覚めてしまいそうだ……


「安心して、リッくん。わたしのは教えるって言ってもリッくんとお遊びするだけだから!!」


「そうなんですか?」


「うん。ブロストンくんがそれでいいって。だからわたしとの時はリッくんもひと休みだー」


「おお、女神様……」


 後光が見える……ロリコン教へ入信せねば……


「じゃあ、まずは『魔力玉雪合戦』だー!! ルールはこうやって手に魔力を集中させて」


 アリスレートさんの手に球体状の魔力が宿る。


「これを投げっこするの!! ちゃんと力は加減しないと危ないからダメだよ!!」


「へー、遊びながら魔力を鍛える感じかあ。いいですねそういうの。よし俺もやるぞー」


「あ、そうそう。ブロストンくんから一個伝言があって」


「ん、なんです?」


「『無理だと思うが、なるべく死ぬな』だって」


「え?」


「じゃあ、はじめー。えいっ!!」


 アリスレートさんの投げた魔力球が、俺の頬のすぐ横を通って後ろの地面に命中する。


 次の瞬間。


 ゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオン!!


 と、凄まじい轟音と共に大爆発が巻き起こった。


「ごばああああああああああああああああ!!」


 爆風に巻き込まれ、地面を転がる俺。


 見ると地面に直径30mはあろうかという巨大なクレーターが広がっていた。


「さあ、リッくんも反撃してくるんだー」


 そう言って歩み寄ってくるアリスレートの手には、また新たな魔力球が生成されていた。


「……し」


「ん?」


「……死にたくない……」


「じゃあ、避けるか打ち消そう!! 冒険者なら皆これぐらいできるよ(ニッコリ)」


「嘘じゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!」


 そしてロリコン教への入信は見送られた。


~修行開始1か月目~(ビークハイル城、教練室)


「えー、今日はワイが教えるわけやけど」


 ミゼット先輩はいくつもの四角い物体を抱えながらそう言ってくる。


「ってか、だいじょぶか? いろんな意味で」


 不安げにそう聞いてくるミゼット先輩。それに対して俺は……


「は」


「ん、どしたんや?」


「はははははははははははははははは」


 笑った。


「お、おい、リックくん?」


 どうしてこれが笑わずにいられようか。すでに時間の感覚がなくなるほどに体を鍛え続け、襲いかかる魔力攻撃をよけ続けた俺はこんなに元気で力が満ち溢れているというのに!!!


 もちろん体は80年以上使い古した雑巾のようにボロボロだが。心は躍っている!!!


「さあ、始めてください。すぐに始めてくださいっ!!!!」


「お、おう。目のギラ付きが野生動物じみてきたなあ。じゃあ、これ。今から自動で動き回って魔力光線を出す機械を4個同時に動かすから、攻撃を避けて反撃するんやで」


「カモン!! カモン!! カモン!!」


「……テンションおかしいな、リックくん。まあ、ええわ。スタートや!!」


 そう言って、ミゼットさんが機械を飛ばした。


 次の瞬間。俺はそのうちの一つに飛びかかり飛び蹴りで粉砕。体を回転させて右ひじと左拳を放ち二つを破壊、最後に目の前にあったものを頭突きで木っ端みじんにした。


「お、おう……」


「しゃらあああああああ!! はははははは、見ましたかあ。これで俺も『一人前の冒険者』ってやつに近づいてきた感じですかねええええええええええええ!!!!」


「え、えーと。あれや(強くなりすぎてる気もするけどとりあえずまだ弱いと思わせとかな)。あーと、ま、まだまだやなあ。そ、それくらいじゃあ『普通』の冒険者に瞬殺されてまうで」


「チクショーめぇえええええええええええええええええ。もっとだあああああああ。もっと力をよこせえええええええええええええ!!」


~修行開始1年後~(ビークハイル城、庭園)


「えーと、今日から私がリック様を教えるわけですが」


「ボクハ、マダヨワイ。モットツヨクナライト、ボウケンシャニハ、ナレナイ」


「……とりあえず、崩壊した精神が戻るまでは休養にしましょう」


 そう言ってリーネットはゼンマイの壊れた人形のようになった俺を寝室に運んだ。


   ■■■


 理由探すまでもなかったじゃねえか!!


 俺は自分のぶっ壊れていた常識感覚を取り戻すと同時に、頭を抱えた。


 いや、2年間付きっきりで鍛えてくれたことには感謝してるんだが。


 おかげで強くなれたし。


 でも、あれでしょ。限度があったでしょやっぱり!!!


「おい、リック。結果が出たぞ」


 ブロストンさんの指さした掲示板に、合格者の番号が貼り出された。


 俺はゆっくりとその紙に書かれた番号を見ていく。


 4239 なし

 4240 あり

 4241 あり


 そして、不吉極まりない4242……あった!


「ああ」


 ため息とも感嘆ともつかない息が漏れる。まあ、自分の実力を自覚した今、そこまで驚きはないのだが。


「あったぞ」


 俺はベンチの前に立つリーネットの方にゆっくりと歩きながらそう言った。


「そうですか、Eランク昇級おめでとうございます。これでリック様も『見習い』から一人前の『冒険者』になりましたね」


「そうだな……うん、『冒険者』なんだよな」


 俺は目を瞑って、リーネットの言った『冒険者』という言葉を強く噛みしめるのだった。

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