第117話 集結
そして、こちらはシルヴィア邸の倉庫の中。
「……イリス」
ミゼットは『ディアエーデルワイス』を見てそう呟いた。
次々に思い出される彼女との思い出に思わず険しい顔になってしまう。
あれから三十年近く経った。
それでも、今でも、後悔をしている。
この機体を作ってしまい、大切な人を死地に向かわせてしまったことを。
どうしても、フレイアを見ていると思い出してしまうのだイリスのことを。
「……ミゼットさん」
そんな様子を、複雑な表情で見るモーガン。
その時。
一人の男が倉庫の中に入ってきた。
「おお、これはこれはちょうどよかった」
大会運営委員での制服を着た、ヒゲの濃い人間で言うところの初老くらいの見た目のエルフだった。
確か、今日の試合で審判を務めていた人間の一人だったはずである。
「おや、これは審判員の方。こんな時間にどうされましたか?」
モーガンがビジネスマンぜんとした丁寧な態度で、挨拶をする。
しかしその目は相手の様子をつぶさに観察している。もしかしたら、エドワードの手先で直接機体を壊しに来たのではないかと疑っているのだ。すでに『アンラの渦』によって、機体の加速機能には欠陥が生じているが、あの用心深い男だ。
そういう仕掛けも用意していて不思議はないだろう。
しかし。
「あーいや、一応明日のレースにフレイア選手の参加が可能かを聞きに来まして。本人の意思はさっき確認してきたのですが、コーズアウトの直前にどうやらボートの方にも異常があったように見えましたから」
人が良さそうに頭を下げながらそんなことを言う初老の審判員。
「……なるほど。そうでしたか。コレはご丁寧にどうもありがとうございます」
モーガンはソレを見て、商売を通して身につけた観察眼から敵ではないと判断した。
相手を油断させるために、あえて卑屈な態度を取る輩は多いが、この審判員は純粋に謙虚なタイプである。
「それで……機体の方はどうですか? メカニックの方」
「ん? ああ」
初老の審判員はミゼットが脱走した第二王子だと気づかずに話しかけてくる。実は、ミゼットは本当に必要最低限の行事以外は、一切王族としても行事に参加していなかったため、顔を知っている者はかなりの上級貴族を除けば、城下をフラフラしていた時に直接会ったことのある人だけである。
「そうやな……なぜか、速度調整が利かんくなってるな」
『アンラの渦』ついてこの場で説明しても意味はないだろうと、ミゼットは結果だけ伝える。
「そうですか……では、明日は?」
「ソレはレーサーが決めることやろ。レーサーが出るゆうなら、ワイらの仕事はできる限り機体を最高の状態に持っていくことだけや」
「なるほど、ソレは間違いありませんね……」
審判員は深く頷いてそう言った。
「しかし、またですが。三十年前と同じ……この機体も数奇なものです」
――ん?
今何か聞き捨てならないことを聞いた気がする。
「待て、三十年前ゆうのはどういうことや?」
ミゼットは審判員にそう尋ねた。
「え? はい。実は私はこの仕事に五十年ほど携わってまして。三十年前のあの大会ではゴール直前の位置を担当していたんです」
なんと審判員は、三十年前のあの大会でちょうどホームストレートの後半を見る担当だったのである。
「あの時も、あの赤い髪のチャンピオンは魔力の注入をやめて、ブレーキを駆けていたのですが、減速が効かなかったようで……それであの痛ましい事態に」
「……」
ミゼットはそれを聞いただけで全てが分かってしまい、言葉を失った。
あの時、ホームストレートで気絶して減速ができなかったと思っていた。しかし、どうやらイリスはブレーキはかけていたという。なのにボートの出力は落ちなかった。
ちょうどその時にブレーキがたまたま調子が悪くなった?
いや、それは無いだろう。いくらなんでもタイミングが良すぎる。
ソレよりも、もっと必然性のある理由が思いつく。
確かあの大会は、エドワードも見に来ていたのだから。
今回のフレイアと同じことが起こったというのだから、同じことをしたと考えるのが自然ではなかろうか?
「……あの、どうかしましたか?」
審判員が恐れ多そうにそう声をかけてくる。
たぶん、今ミゼットは凄まじく怖い顔をしているだろう。
ミゼットは医者に言われたことを思い出していた。
イリスの生命力に対するトドメになったのが、ブレーキを損ねた事によるクラッシュだった。ただでさえ緊急を要する壊れた経絡の修復が体の修復の後に回さなければならす大きく遅れたのである。アレさえ無ければ、三年は生きられたとのことだ。
ミゼットのように長寿のエルフからすればたった三年。
されど、あの後二人で過ごしたあの穏やかな時間はミゼットにとって一分一秒すらかけがえのないものだった……。
「……くっ」
唇を噛み、強く拳を握りしめるミゼット。
しかし、頭に浮かぶのは母親とイリスたちの穏やかな表情だった。
「……オカン……イリス……ワイは」
その時。
「心残りになるなら、過去は精算するべきだと私は思いますよ。ミゼット様」
背後から聞き慣れた声が聞こえてきた。
「……リーネットちゃん?」
「はい。『オリハルコン・フィスト』家事担当のリーネット・エルフェルトです。そちらの方、失礼ながら無断で入らせていただきました」
そう言ってリーネットはモーガンに頭を下げたのだった。
□□□
「……?」
フレイアは病室の外から、なにやら話し声がするのを聞いた。
今外には、スポンサーのシルヴィアから派遣された警備兵たちがいるはずである。
暇になったて世間話でも初めてのだろうかと、聞き耳を立ててみるが。
――な、なんだ、お前は?
――お、オークが喋ってやがるぞ!?
「……?」
どうやらな誰か訪ねてきたようである。
しかし、喋るオーク?
――よ、用事があるから通せだと。
――そうだ。そんなわけにはいくものか。我々はシルヴィア様から、選手に不審なものが近づかないように命令されているんだ。さっさと去らないようなら実力で……。
ガス!!
ボキャ!!
ミシィ!!
「……夜分に失礼する」
低く肺まで響き渡りそうな声とともに現れたのは、灰色のオークだった。
というか本当にオークである。しかも、喋っていた。
「病院で騒がれると迷惑がかかるので少し眠ってもらった。彼らは後で治療しておく。さて……」
オークはズンズンという足音をさせながら、目の前にやってくる。
「お前が、フレイア・ライザーベルトだな」
「う、うん。そうだけど?}
「事情は把握している。経絡の治療は肉体のようにすぐに完治というわけにはいかないが、明日までに十分に戦えるように仕上げてやろう」
□□□
……そして。
『オリハルコンフィスト』のいつものメンツの残り一人は。
「ふふふふーん、ふふふふふふん、ふーふふ、ふふふふふふふ、ふふふっふふーん♪♪」
名産品の海鮮パエリアを鍋ごと抱えて食べながら、夜の貴族街を第一王子領に向けて歩いていたのだった。
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