第118話 心置きなくぶっ飛ばせる

 『エルフォニアグランプリ』の会場近くの病院では、一匹のオークに少女が治療を受けていた。


「……よし。これで体の方は普段に近い感覚で動けるようになるだろう」


 人語をしゃべる灰色のオーク、ブロストン・アッシュオークはそう言うと少女の体から手を離した。


「……あ、本当だ。すごい、全然思った通りに魔力が出せるようになった」


 そう言ったのは、パーマのかかったツインテールの少女フレイア・ライザーベルト。

 いつもの明るくて少し生意気な感じは、事故の後すっかりなりを潜めていたが、その表情に少しだけ明るさが戻る。


「ありがとう……えっと、誰だか分からないけどオークの人」


「ブロストンだ。なに大したことはしてない、普通に治せるものを治しただけだ」


「いちおう、ここってこの国で一番のお医者さんなんだけど……」


 父親であるモーガンからそう聞いていたフレイアだが、まあ、オークなのに当たり前のように喋っている時点で何かおかしいし、細かいことは気にしないほうがいいのだろう。

 フレイアはそんな賢明な判断をした。


「だが、まだ完全にとはいかないぞ。肉体の怪我は多少死んでいても治せるが」


「『多少死ぬ』って言葉始めて聞いた」


 当然である。


「魔力の回路……経絡の乱れはそう簡単に直しきれるものではない。エルフ族の経絡は特にな。まあ安静にしていれば、明日には全快に近い状態に戻るだろう」


「そうなんだ、よかった。これで戦え……あ、でも」


 フレイアは父親から聞いた肝心なことを思い出した。


「それでもダメかも、だってわたしの『ディアエーデルワイス』は……」


 そう、フレイアの『ディアエーデルワイス』は現在『アンラの渦』によって魔力制御が上手くできない状態にされてしまっている。

 ギリギリの制御を必要とするディアエーデルワイスにとっては致命的なハンデであった。

  その上相手はあの完全女王である。完璧なコース取りと完璧な走法。絶対的な安定を誇るあの女王に対抗するには少しのミスも許されない。

 今のディアエーデルワイスでそれを実現するのは……ほぼ不可能だろう。

 もちろん戦いから降りる気はないが、それでも現実的に厳しいというのは一人のレーサーとして当然の判断だった。


(もちろん、それでも諦めないけどね)


 ずっとこの日のために頑張ってきたのだ。

 魔力障害者として生まれ、母親から産んだことを謝罪されても、たった一つ見つけた自分の道で頂点に立つために。

 そんな悲痛な覚悟を心の中で固めていると。


「心配はいらんぞ」


「え?」


「ボートの方もリックのやつが何とかする。俺のパーティメンバーはこういう時になかなか頼れる男だ。安心してレースに備えて休んでおくといい」


   □□□


 第一王子領の屋敷にてリック・グラディアートルは一人、魔法使いたちと対峙していた。

 彼らをフレイアが『エルフォニアグランプリ』に出走する前に倒さなくてはならない。


(タイムリミットはあと六時間か……)


 リックを取り囲むのは、『エルフォニア』が誇る最強の魔術兵力と呼ばれる『魔法軍隊』、さらにその中でも最強の精鋭である『金色五芒星』。

 彼らはそれぞれ、自然の力を利用する界綴魔法における五大属性である「風、土、水、火、エーテル」を象徴し、その系統の魔法において圧倒的な力を見せる、まさに一騎当千の怪物たちである。

 そんな中でもリックが最も警戒するのが、自らを彼らのリーダーであると言い、「エーテル魔術王」と名乗った壮年の見た目をした男。

 カエサル・ガーフィールドである。


(あの男は、かなり強い)


 他の四人ももちろんリックや他の一般兵士と比べてしまえば恐ろしいほどの差があるのだが、さらにその四人と比較してもカエサルから感じる圧は異常であった。


「さて、まずはどう攻めるか……」


 現在のリックには二種類の選択肢がある。

 要は、先に最も厄介そうなカエサルを倒すか、他の連中を先に倒してからカエサルと戦うか……。

 この場合は基本的に、先にカエサル以外を倒す方が賢い選択になることが多い。

 単純に一番強い敵を一人倒すよりは他の相手を全員倒す方が楽であり、その一人を倒してしまったらそれ以降その相手からの攻撃はなくなる……つまり戦いが楽になるのである。

 この作戦を実現するためには他の相手の攻撃を搔い潜りながら素早く狙った相手を倒す、すなわちリック自身のスピードの速さが肝である。

 それが果たして可能かと言われれば。


(……いけるな)


 現在のリックは自分の強さを正確に把握している。

 自分には十分にそれを実現するスピードがある。

 問題はあの男がそうやすやすとやられてくれるかどうかというところだが、まあ、何とかするしかない。

 激戦を予感したリックだったが……。


「……ふん、五対一などつまらんな」


 カエサルはリックに背を向けて、歩き出してしまう。


「ぬっ?」


 リックは驚いて変な声を上げる。


「どういうつもりだ?」


 リックの問いかけに、カエサルは言う。


「小賢しい数の優位を使って戦うなど趣味に合わん。ウィング、ノーム、アクアマリン、ブラスターク、お前ら四人で勝手に相手をしておけ」


「おいおい、いいのかよ。エドワードのやつの、軍の最高司令官様の命令なんだろ?」


 どこの国でもそうだが、軍というのは上下関係が厳しい。

 組織の仕事の性質上、上からの命令で命を危険にさらさなければならないため、絶対のトップダウン形式を維持しなければ指揮系統が全く機能しないからである。

 しかし、目の前の男は。


「だからどうした? 俺はカエサル・ガーフィールドだぞ?」


 そう言い切った。

 この権力をなんとも思わない傲岸さは、リックの師匠たちにも通ずるモノである。


「俺と戦いたければ、他の四人を倒してからにするんだな」


「……できないと思うか?」


 リックの言葉に、ガーフィールドは少しリックのほうを振りかえって言う。


「……俺の目は『精霊の瞳(フェアリーグラス)』という特殊な目でな。相手の魔力量やその魔力素質をイメージとして見極めることができるのだ」 


 カエサルの瞳は黒い瞳の上下に、白い四角の紋様が浮かんでいた。


「浮かんでくるイメージは様々だ。魔法軍隊の一般兵なら中型の肉食生物、エドワード王子くらいになれば大きな町を飲み込む濁った濁流、今まで見た中で最高だったのはあの第二王子だったな。遥か遠方まで壮大に聳え立つ山々が見えた……その上で、この瞳に映る貴様のイメージはなんだと思う?」


「小さな子供、ってところか? まあ、そこに病弱属性とかついてるかもな」


 リックは自分の魔力的資質の低さを自虐しつつ言ったつもりだが。


「違う。そのあたりに落ちているパンの食べカスだ」


「予想以上に酷い評価だなおい!!」


「だからこそ不可解ではある。こうして向き合って感じる戦闘能力は明らかにパンくずのそれではない。ここまで目と体感の差が出たのは初めてでな、実は少々期待している。こいつらを倒せたら屋敷の奥までくるがいい、全力で相手をしてやる」


「いや、こいつら倒したら王子を追うが……」


 リックはバトルマニアではない。

 目的は『アンラの渦』の解除である。エドワードさえ捉えられればいいのだ。


「そういうわけにはいかないんだよ。教えてやろう。『アンラの渦』には改良が加えられている」


「……改良?」


 眉を潜めるリック。

 あの第一王子のことだ。きっとロクな改良をしていないだろうということは容易に予想できる。


「『アンラの渦』の発動者は必ずハイエルフ家のものでなければならない。しかし、発動後に使用権限を五人まで分け与えることができるようになったのだ。発動者を含めた六人の内、誰か一人でも無事であれば術式は維持できる」


「それは厄介だな……で、五人ってことは」


「そう。権限は我ら金色五芒星全員に付与されている」


 そう言うと、ガーフィールドは腕をまくって見せた。

 そこには魔力が脈打つ蝶の模様が描かれていた。あれがアンラの渦の発動術式ということだろう。

 見れば他の四人にも体のどこかに蝶の模様があった。


「よって貴様は結局俺を倒さなければならんのさ。せいぜいあがくといい」


 そう言うとガーフィールドは屋敷の奥に行ってしまった。


「……まったく、大事な秘密をバラして。相変わらず勝手な人ねうちのリーダーは。まあ、誰か一人でも紋章の魔力を辿られたら分かることだけど」


 そう言ったのは水色の長髪をなびかせるエルフ、アクアマリンである。


「俺としては、同時に戦う敵が一人減ってくれて、しかも一番強いやつだからラッキーだけどな」


「安心なさい。さっきの一撃で私たち四人は、アナタを一切侮らないことにしたから」


 リックが先ほど攻撃を吹き飛ばすために殴った地面を見て、アクアマリンはそう言った。

 その言葉と同時に、金色五芒星の四人がリックの周囲を取り囲む。


「……なあ、戦う間に一つ聞いていいか?」


「あら? 何かしら?」


「エドワードのやつがやってることは知ってるんだよな? 何の罪もない一人の女の子が必至で夢を掴もうとしてる。それを邪魔することに、お前らは少しでも思うところがあったりするのか?」


 リックの問いに、四人のエルフは顔を見合わせると。

 はははは、と盛大に笑った。


「なにを言い出すかと思えば、そんなこと」


 アクアマリンは言う。


「その子にエルフとしての価値があれば、それは守られるべき栄光だと思うけどねえ。無価値な第六等級の下民のことなんて、心底どうでもいいわ」


 当然だというようなアクアマリンの口調。

 他の三人も同じ考えなのだろう。

 まあ、これだけの魔力を持っている以上は『魔力血統至上主義』における、最上位の立場で生きてきた者たちなのだろう。


「そうか……まあそれなら、心置きなくぶっ飛ばせるな」


「生意気ね。しっかりと丁寧に始末して上げるわ。短命ザル」

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