第119話 困った話
「心残りになるなら、過去は精算するべきだと私は思いますよ。ミゼット様」
その頃。
ミゼット・エルドワーフは「シルヴィアワークス」の倉庫でリーネットと話していた。
リーネットの言葉にミゼットは呟く。
「心残り……か」
ミゼットの中には確かに、三十年前のあの日から消えない怒りの火がくすぶっている。
イリスの残された最後の時間を削った兄(エドワード)をぶちのめしてやりたい。もっと言えば、そんな兄を生み出したこの国の貴族そのものを壊してやりたいという思いがある。
しかし。
「でもなリーネットちゃん。イリスもオカンも……実際に被害を受けたやつらが許しとるんや。二人ともワイが王族たちとこれ以上対立を深めるのは望んでへん」
「ミゼット様にしては謙虚ですね」
「謙虚も何も、意味がないねん」
「ありますよ。意味は」
リーネットはいつも通りの無表情で、非常に真面目な声で。
「過去の因縁を片付けるのは、心の健康にいいです」
そう言った。
「……」
その言葉にミゼットはポカンとしてしまう。
「引きずったままの過去は重いですよ。ワタシはリック様に過去を受けいれさせてもらいました。それからずっと心が軽いです。心は軽くしておいた方が人生は楽しいですよミゼット様」
そう言って柔らかく笑ったのだった。
その柔らかい笑顔は、リックとの温泉旅行の後、時々見られるようになった、リーネットの年相応の少女のような笑顔である。
男ができたからそうなったのか、という風に考えていたミゼットだったが、どうやらそれだけではなかったらしい。
温泉旅行先でひと悶着あったらしいが、その際にリーネットは過去を清算する機会があったのだろう。
「なるほどなあ。ワイ自身のためか」
「はい。ミゼット様自身が気分よく過ごすためです」
ミゼットは少しの間考えていたが。
「……せやな、大事やな。愉快に気分よく過ごせることは。うん、大事なことや」
ミゼットはそう言うと、スタスタと倉庫の出口に向けて歩いていく。
「ほな、ちょっと行ってくるわ」
背を向けてミゼットはヒラヒラと手を振った。
「……やあ、ミゼット。お出かけかい?」
倉庫を出ると、金色の元婚約者にして現在フレイアの所属する『シルヴィアワークス』のスポンサーである、シルヴィア・クイントが倉庫の壁にもたれかかっていた。
混じった青い髪に、ミゼットと似たニヤついた顔はこの時も健在である。
「そやな。ちょっと忘れ物を取りに」
「そう……」
シルヴィアは少し黙っていたが。
「ねえ、ミゼット。アタシの分も頼めるかしら?」
そんなことを言ってきた。
その表情は普段のにやけ面とは違い、真剣そのものだった。
「ああ、そうやな」
そうだ。
シルヴィアにとっても、エルフォニア王族と魔力血統主義は親友を苦しめて死に追いやった敵である。
できることならシルヴィアも自分で手を下してしまいたい欲求があるだろう。
もちろん、自分自身も貴族であり、当主を継いだ以上はどうしても貴族の中で生きなくてはならないシルヴィアに、それを実現することは不可能だが。
「分かった。元許嫁のよしみや。お前の分も忘れ物を取ってきたる」
「ありがとう」
深々と頭を下げるシルヴィア。
「やめえや、お前に頭下げられると気味悪いわ」
そう言ってミゼットは笑ったのだった。
そして再び歩き出す。
ミゼットは夜空を見上げて言った。
「……すまんなあオカン。我慢のきかない放蕩息子で」
□□□
(……さあ、どう来る?)
リックは姿勢を低くしていつでも動き出せる構えを取る。
金色五芒星の四人は、魔法を発動するために魔力を滾らせる。
まず最初に動いたのは青いの髪をした女のエルフだった。
「第七界綴魔法『キリングウェイブ』!!」
当然のように無詠唱で放たれる第七界綴魔法。
しかも、威力は十分。
魔法によって突如発生した大量の水が、凄まじい勢いでリックに迫ってくる。
下のフロア全体を埋めつくす攻撃である。左右には躱せない。
ならば……。
「よっと」
リックはそれを跳躍することで回避する。
「しかし、水の無いところでこのレベルの水系統魔法か。大したもんだ」
界綴魔法の多くはそうなのだが、周りに使用する自然現象の材料になるものが豊富にあるほど威力があがる。水系統の界綴魔法で言えば、水があるところで戦えばそもそも水を生み出すための魔力を使わなくていい分、水のコントロールに魔力を使えるのだ。
今回アクアマリンは、自らの魔力を使用して水を生成したわけだが、それで一瞬でこれだけの量を生み出せるのは凄まじい魔力量だと言うしかない。
「……俺の魔力量だったら、コップ一杯くらいが限界だろうな」
「あら、それで躱したつもりかしら?」
アクアマリンが手を振ると、一階フロアを浸食した水が間欠泉のごとく吹き上がり、空中のリックに襲いかかる。
「速い!?」
その吹き上がる速度は、先ほどの水の速度を上回る程のモノだった。
リックは二階フロアの手すりを蹴って再びそれを回避するが。
「もう一度言うわ。それで躱したつもり?」
アクアマリンは再び手を振った。
すると凄まじい勢いで吹き上がっていた水が、再び方向を変えてリックに襲いかかってきたのである。
「!?」
水流がリックを直撃し、屋敷の壁ごと突き破ってリックを屋敷の外まで押し流す。
「ちっ」
リックは屋敷の庭の地面を転がったが、素早く立ち上がる。
「あら、これを受けてすぐ立ち上がれるなんて呆れた頑丈さね」
そう言いつつ、壁に空いた穴からアクアマリンが出てくる。
「お前こそ、水の無いところであれだけ大量の水を生み出しただけじゃなく、高速で何度も曲げるなんてなかなか大したもんだな」
少なくともAランク冒険者の中で最強の攻撃魔法の使い手である、アンジェリカの兄でも、これほどの高度な操作は不可能だろう。
「当然じゃない」
アクアマリンは青い艶のある髪をかき上げて言う。
「アタシは水魔法王、アクアマリン・リーンフォード。エルフォニア最高の水系統魔法の使い手よ?」
「……そうかい」
どうやらその看板に偽りは無しといったところか。
「じゃあ、今度はこっちから行くぞ」
リックは地面を蹴ると三十メートルの距離をたった二歩で詰める。
目前にリックが迫っていながら、アクアマリンは余裕の様子だった。
リックが拳を放つ。
が。
「ぬうん!!」
ガシイイイイイイイイイイイ!!
っと。
頑丈な金属を叩いたような音が響き渡った。
横合いから現れた2mを超える大男のエルフが、リックの拳を代わりに受けたのである。
大男はリックの拳をモロに受けながらもニヤリと笑う。
「ふははは、土系統防御用第七界綴魔法、『アイアン・シェルター』。岩石に魔力を混ぜ込んだ鋼鉄に匹敵する強度の鎧だ」
「確かに硬いな」
「俺は土系統魔法王、ノーム・アトランタ!! 金色五芒星最高の防御力をそう簡単に貫けると思わないでもらおうか」
そう言うと、ノームが拳を高く上げて握る。
「第四界綴魔法『ストーンサック』」
ノームがそう唱えると、拳から尖った岩が突き出してきた。
リックは地面を上手く蹴り、素早くその場を離れる。
「ぬん!!」
先ほどまで自分がいた場所に、轟音と共に凄まじい勢いで砂煙が舞い上がる。
リックはそれを見て言う。
「エルフは長距離からの魔法攻撃が基本だと思ってたが、物理攻撃もなかなかの威力だな」
その言葉に答えたのはアクアマリンであった。
「当然ね……『元素五系統』にはそれぞれ特色がある。土系統魔法の特性は『強度』。極めれば、アナタが使ってるグレードの低い身体強化どころか、強化魔法すら上回る物理性能の強化が可能になるわ」
さらにアクアマリンが自分の手を動かすと、水がそこに集まり、形を変えて複雑で精密な水でできた手のひらサイズの龍のオブジェに変化した。
「私の水系統の特徴は『精密操作』。極めれば、こうして複雑な形に留めることも、高速で何度も曲げることも自由自在よ」
その時。
「そしてぇ」
リックの背後から、カエルの潰れたような声が聞こえてきた。
振り返ると、そこにいたのは背の低い小太りのエルフ。
「風系統の特性は『速度』だよお」
(いつの間に!?)
冗談でもなんでもなく、リックは背後に回られていることに全く気づかなかった。
「最速の魔術師。風魔法王、ウィング・アルバートだよお」
ニヤァ、っと気味の悪い笑顔を浮かべるウィング。
リックは反射的に跳躍してその場を離れる。
そこに。
「そして俺様が、炎魔法王、ブラスターク・シトロンハイムだ」
燃えるような赤い髪をした男が、その右手に炎を纏っていた。
「炎系統の特徴は『高出力』……燃え尽きな、第七界綴魔法『バーンドライブ』!!」
その言葉と共に、ブラスタークの右腕に燃え盛っていた炎が凄まじい勢いでリックに向けて放たれた。
現在リックは空中に逃れていた。
魔法を無しに、回避は不可能だが。
「身体操作術『空走り』」
リーネットとブロストンから伝授された身体操作技法の一つ『空走り』。
空気を上手く蹴ることで、体を空中で移動させる技術である。
ドゴオオオオオオオオオオオオオ!!
という轟音と共に、リックが先ほどまでいた場所を一直線に100m以上に渡って大地ごと焼き尽くす。
「ははは、やるじゃねえか不法侵入者!! 魔法を使わないであの状況から躱すとはなあ!!」
ブラスタークはその燃え上がる炎のような髪を爆風にたなびかせながら豪快に笑う。
「……ふう」
リックは着地すると一度息をついた。
(さて、一通りの攻防をやってみたわけだが……)
「お前たち、思ったよりも全然強いな。これは面倒なことになった」
リックの言葉にアクアマリンは不愉快そうに言う。
「あら、舐められたものね。リーダーは別格としても、アタシたちはエルフォニア魔法軍隊の最高戦力よ? 生半可な戦闘能力なわけがないでしょう?」
「いや、別に弱いと見てたわけじゃないんだ。むしろ、かなり強いだろうなと思ってたさ。ただ、それを遥かに上回ってきた。ああ、困ったな」
「今更命乞いしても、残念ながら許されないわよ?」
優越感たっぷりの表情でそう言ってくるアクアマリン。
全く困った話である。
なにせ。
「……これじゃあ、そこそこ本気を出すしかないじゃねえか」
「は?」
リックの言葉に一瞬、ポカンとするアクアマリン。
「ふう」
リックは一つ呼吸を入れると、ゆっくりと拳を握りこむ。
するとビキビキと血管と筋肉が隆起した。
「今はちょっとイラついて気持ちが荒立ってるからな。加減し損ねると困るから、できればあんまり本気でやりたくはなかったんだが」
「さっきから、何を言っているんだお前は……」
アクアマリンがそんなことを言うが、一定以上強くなると実際加減というのは難しくなるものである。
特に今回のように『Sランクの領域』の力を出さなくてはならない中での加減は難しい。
「なあお前ら、一ついいか?」
「あらなにかしら? 命乞い?」
「防御魔法は最大にしておいてくれ。間違えて殺さないようにな」
―――――
新作投稿しました!!
かっこいいオッサンが主人公の作品です!!
「アラフォーになった最強の英雄たち、再び戦場で無双する!!」
https://kakuyomu.jp/works/16816927861170693039
~あらすじ~
大魔族連合軍VS人類の絶滅戦争(ティタノマキア)。
死闘を極めた戦いの末、人類は魔人族を完全に滅ぼした。
それから25年。大戦にて『魔王』を討伐した七英雄の一人「アラン」はもう42歳。辺境の騎士団長として融通の効かない領主やめんどくさい部下たちに挟まれながらも、平和に日々を過ごしていた。
「正直、俺がやったほうが早いんだけど……まあ、今は俺たちの時代じゃないからなあ。見守って自由にやらせるのも大事な仕事だよ、うん」
しかし、事態は急変する。滅んだはずの魔族軍が突如復活し、攻め入ってきたのである。
抵抗虚しくなすすべなくやられていく平和に慣れきってしまった部下たち、互いに責任を押し付け合うだけの貴族たち。だから、アランは再び立ち上がった。もう一度だけ、今度こそ禍根を断ち次の世代に繋ぐために。
それに呼応するように、集結するかつての戦友たち。
今、戦場に7つの伝説が帰還する!!
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