第17話 エリートなんてこんなもん

 Eランク試験の模擬戦は観客席のついた闘技場で行われ、一般人が見学できるようになっている。


 控え室でリックを見送ったリーネットは観客席を歩いていた。


「さて、ブロストン様たちは……」


 リーネットの目が観客の中の異様な集団を発見した。


 巨漢のオークと美幼女吸血鬼とニヤケ面ハーフダークエルフの集団である。この組み合わせだけでも十分に目立つが、彼らからそこはかとなく放たれる威圧感のようなものを感じ取って周囲の人間は5席分くらい距離を空けている。きっと、生物としての本能が「関わったらヤバい」と言うことを察知しているのだろう。


 しかし、リーネットは特にためらいなく彼らに近づいていく。


「あ、リーちゃんだ。おーいこっちだよー」


 美幼女吸血鬼、アリスレート・ドラクルが小さな手をブンブンと振る。


「おう、リーネットちゃん。ボクの隣空いとるで座ってええよ?」


 ニヤケ面ハーフダークエルフ、ミゼット・エルドワーフが自分の隣の席を指さして言う。


「セクハラをされるのでお断りします」


「ちぇ、じゃあ来た意味ないやん。帰ろ」


「……アナタはいったい何をしにここに来たのですか」


 そう言ってアリスレートの隣に座るリーネット。


「それで、我らが期待のオールドルーキーの調子はどうだリーネット? 先ほどはよく分からない連中と調整などしていたようだが」


 そう言ったのは巨漢のオーク、ブロストン・アッシュオークである。


「大丈夫ですよ。リック様は何の問題もなく二次試験も突破します」


 リーネットの言葉を聞いてブロストンは鷹揚に頷く。


「うむ。『魔力量』においてどうしても劣る分、他の基礎を徹底して鍛えてきた。特に『体力』については俺が一から徹底的に作り上げたからな。もはや素手で最高危険度のモンスターをねじ伏せられるほどにな」


 ブロストンに続いてミゼットが言う。


「『魔力操作』に関しては僕が丁寧に教えていったからねえ」


「考えてみれば、めんどくさがりのミゼットがよく二年も根気よく教えたものだな」


「いや、だって、さすがに魔法防御ができないと……」


 皆の視線がアリスレートに集まる。


 アリスレートは満面の笑みで言う。


「アリスはリッくんと一緒に魔法でお遊びしてただけだよ!」


「……うむ。ご苦労だったなミゼット」


 ブロストンが大きな手でミゼットの肩を叩く。


「おおきに」


「そして、『身体操作』についてはリーネット。お前が鍛えた。リックはその全てに必死で食らいつき、すでにオレたちと同じSランクの領域にいる。いや、今は使用を禁止しているあの『固有スキル』を使えば瞬間的には俺たちでさえ……やつはそれほどの実力をつけるような訓練と実戦を積んできたのだ」


「どうやら本人には、全くその自覚は無いようですけどね」


「「「え?」」」


 リーネットの言葉に、他のパーティメンバーたちが驚きの声を上げる。


 ブロストンが言う。


「待てリーネットよ。奴には試験に送り出す前にさんざん「お前は本気を出すと危険なくらい強いから、手加減しろ」と、皆で言って聞かせたはずだぞ?」


「あ、もしかして」


 ミゼットが何か思い立ったかのように呟いた。


「あれやない? 確か修行始める前にブロストンあたりが『自分に自信がないゆえに謙虚に学ぶところがリックの長所だ。実力がつくまでは強くなっていることを無理にでも隠しておこう』とか言って、皆で『まだまだだ』とか『普通の冒険者ならこれくらいできる』とか、言い続けてきたからやない?」


「「「……あ」」」


 お互いの顔を見る『オリハルコン・フィスト』のメンバーたち。


「まあなんにせよ。リックくんの中では自分は単なるFランクの冒険者のままなわけやな……大丈夫かいな、あの試験官……」


 ミゼットは闘技場のど真ん中に偉そうに仁王立ちするいかにも貴族の坊ちゃんっぽい男を見てそう呟いた。


   □□□


 控室から闘技場に出た俺を迎えたのは、キタノの驚いた顔とウ〇コの匂いであった。


「ほう、まさか。親衛隊員たちから逃れてくるとは驚いたね。だがまあ、所詮彼らも木っ端な身分と血筋に過ぎない。高貴で天才な僕が同じだと思わないほうが身のためだよ?」


 ああ、分かっているとも。こうして向かい合っただけでもキタノの高い魔力量が溢れだしているのが見て取れる。


 だが、それがどうした。俺は今目の前のコイツが許せないのである。


「一つ聞いてもいいか、お前はなんで冒険者になった?」


 俺の質問に首をかしげるキタノ。


「んー? まあ、才能があったからね。貴族としても元上級冒険者ってのは勇敢な者の証になるしさ。まあ、そろそろ適当なところで辞めようかと思ってるよ」


「そうか……なら、俺はお前には負けたくねえな」


「ハハハ、先輩冒険者には敬語を使いたまえオールドルーキーくん。まあ、もっともいつまで口が利けるか分からないけどね」


 キタノがそう言い終わると同時に、試験開始時間になった。


「それでは、模擬戦開始だ!!」


 その言葉と共に魔力を増大させる杖を構えるキタノ。


「ん?」


 キタノが俺を見て眉をひそめる。


「何をしているんだ? 怖気づいたかい?」


 俺は全身をリラックスさせ、完全に棒立ちの姿勢をとっていた。少しでも押されれば倒れてしまいそうな脱力感である。


 しかし、目だけはしっかりとキタノを捉えていた。


(目の前のやつが憎くても怒りで我を忘れたらだめだ。まずはリーネットが言っていたとおり、開始一分は敵を見ることだけに集中する)


 ただ、相手はAランク。その間に倒されてしまうのではないかと思うが、ここはリーネットを信じる。


 そうだ、俺は今までどんなに苦しくてもパーティの仲間たちの言葉を信じてやってきた。今回だってそれは変わらない。


「なら、こっちから行こうか!! 煉獄の炎、森羅万象灰燼に帰せよ。炎熱第三界綴魔法『フレイム・イリミネート』!!」 


 俺に向かって火球が飛んでくる。一次試験でキタノの弟が出したのと同じ魔法だがサイズは桁違いだった。


 俺はその攻撃をあえて、一切ガードせずに受ける。


 爆風で吹き飛ばされるが、すぐさま立ちあがってキタノの観察を続ける。


 ダメージは全然無かった。スピード重視で軽く撃ったのだろうか?


「ほう。あれを受けてすぐ立ちあがれるなんてなかなか頑丈じゃないか。次はさっきよりも少し痛いよ? 風剣よ、その刃を持って、万物を切り裂け、第四界綴魔法『ハリケーン・カッター』」


 キタノの周囲から8つのかまいたちが発生し、俺の体を切り裂いていく。俺はそれも棒立ちで受けたが、空気の密度が薄かったので僅かに出血する程度だった。


「ははは、ホントに頑丈だねぇ。次行こうかぁ!!」


 棒立ちの俺に対して次々に攻撃を撃ってくるキタノ。その魔法のバラエティはさすがと言うほかないもので、第一から第六までの各系統界綴魔法を多彩に使ってくる。 


「はははは、そうだ、さっきの試験官も、お前も。貴様らのような現実の見えてない出遅れどもはこうやって僕のようなエリートにいたぶられるべきなのさ!!」


 そんな中でも、俺は攻撃を受けながらキタノを観察する。


 力の流れ、重心の動き、視線の移動、魔力の練り方、魔法に込められている魔力の質、全てをじっくりと観察する。


 ……


 ………


 そして、俺はあることに気付く。


 なんだ?


 なんだこれは?


 こんなものがエリートなのか、と。


「次は直接攻撃で行くよ。強化魔法『剛拳・京』『瞬脚・厘』!!」


 キタノの体が加速、俺の懐に飛び込むと杖を横凪に俺の体に叩きつけようとしてくる。


「終わりだぁ」


 バッキィ!!


 と生々しい音と共にラスターの体が宙を舞った。


 俺の放った裏拳がその体を吹き飛ばしたのである。


「い、いったい……何が……」


「ははは、何だよ俺。なにビビってたんだよ馬鹿馬鹿しい」


 リーネットの言っていたことがやっと分かった。


 戦いにおける基礎である4つの要素。『体力』『身体操作』『魔力操作』『魔力量』。キタノは『魔力量』については申し分ないだろう。さすが元天才少年である。


 だが、その他はどれもいい加減もいいところだった。


 『体力』は鍛え上げられておらず、『身体操作』はいい加減、『魔力操作』は器用ではあるのだろうが洗練が全くされていない。


 何よりこれらの要素が本人の中で有機的に繋がっていないのである。


 恐らく恵まれた魔法の才があるために何となくやって十分通じたのだろう。物事を追求する必要など感じずにこれまで冒険者をやってきたに違いない。


 ああ、負けるわけがない。


 こんな程度の相手、あの日から俺がやってきた地獄の特訓や戦ってきた強敵たちに比べたら全然大したことないではないか。


「たった一発まぐれでいいのが入ったからと言って、図に乗るなよ三流以下がぁ!!」


 キタノが杖を俺の方に向けて詠唱を始める。


「煉獄の炎、地上の篝火、天空の聖火、その熱を以って、万象灰燼に帰せよ。第三界綴魔法『フレイム・イリミネート』!!」


 先ほどよりも遥かに巨大な火の球が飛んでくる。


 が。


「ふん」


 俺が魔力をまとった右手で触れると、火球が一瞬で消滅した。


「な、なにい!!!」


「こんな雑に練り上げた魔法、わざわざこっちも魔法使って防ぐまでもない。高い精度で組み上げた魔力をぶつければ、十万分の一の魔力量で相殺できる」


 てか、これくらいできないとアリスレート先輩との「お遊び」で死ぬ。


「くっ、ならば接近戦で、強化魔法『剛拳・京』『瞬脚・厘』!!」


「遅い」


「なっ!!」


 俺は強化魔法を使ったキタノよりも遥かに速い動きで目の前まで接近する。


「くっ『鉄甲体』!!」


 とっさに体の強度を強化する魔法を使うキタノ。


 俺はその上から拳を叩きつける。


「ごあっ!!!」


 体かくの字に折れ曲がり、勢いよく地面を転がっていくキタノ。


「ば、馬鹿な。強化魔法を使った僕がなぜ使っていないお前に……」


「確かに俺が使ってるのは魔法にまで至らない魔力を使った『身体操作』だ。だけど『身体操作』の練度がお前の強化魔法を凌駕するくらい高いんだよ。なにより全ての元になる『体力』をお前よりも遥かに鍛えてる」


 リーネットの優しくも厳しくて厳しい、そして時に厳しい淡々とした指導と、ブロストン先輩の地獄特訓で培ったものである。


 ……ほんとよくついていったよ俺。


「さあ立て。『千の術を操る男』。俺はまだお前をぶっ飛ばし足りないんだよ」

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