第16話 私の信じるアナタを
試験会場前の廊下に戻ると、リーネットが占い師の胸倉を掴み上げていた。俺の目にローブの下に隠れていた金髪碧眼が映る。
あー、あの占い師、やっぱり神童(虚)だったか。えーと、名前はフリード・ディルムットだったかな。
リーネットがフリードに言う。
「もう一度聞きますわ、リック様をどこに送ったんですの?」
リーネットの問いに、フリードは笑いながら答える。
「ふふふ、行っても無駄ですよぉ。ははは、なぜかってぇ? いいですよぉ、教えてあげますぅ。確かに転送したのはこのすぐ近くですが転送先にはなんとぉ……」
フリードはたっぷりタメを作った後ドヤ顔で言う。
「我がディルムット家が誇る親衛隊が待ち構えているのですぅ!!」
……スマンがその誇りの親衛隊、さっき光の柱と一緒にお空に向かって飛んでいったぞ。
「その構成員は20名、最低でもBランク以上の実力を持ち、中にはAランク相当の実力者も何人かいるんですよねぇ。っと、おっと、ここまでは言う必要なかったですかねえ。レディを下手に絶望させるのは心ぐるしいからねぇ(キリッ)」
フリードのキメ顔があまりにも痛々しいので、俺は悲しい事実を告げてあげることにした。
俺の接近に気付かずドヤ顔で話を続けるフリード。
「確かにあのオッサンは見かけによらず手練れですけどぉ、いくらあの男でもアレだけの戦力を倒せるわけがない。奇跡的に倒せたとしても満身創痍でしょうし時間に」
「おう」
「間に合う可能性は万に一つも……って、ええええええええ!?」
「あー、なんか普通に間に合って戻ってきちゃってスマンな」
目玉が飛び出るのではないかと言うくらい思いっきり目を見開いて俺を見るフリード。よっぽど信じられないのだろう。
「ええっ、てか無傷ええ!? いったいどうやって?」
「どうやってと言うか……うん、不幸な事故がな……転送先に救護班を呼んでおいた方がいいと思うぞ、できるだけたくさん」
「いや、意味わからないよ。何がどうなって」
バコン。
とフリードの言葉を遮るようにして、リーネットが鬱陶しいドヤ顔を壁に叩きつけた。
「ガボッ……」
少し呻いて気を失うフリード。
「お帰りなさいませ、リック様」
リーネットはまるで何事もなかったかのように、リックに声をかける。
「お、おう、ただいま」
見事に壁にめり込んだフリードの姿を見て、リーネットもあの人たちと同じSランク冒険者なんだなと改めて思った。
□□□
控室に戻った俺はため息をついた。
「はあ、しかし結局あのラスターって奴と戦うのは変わらないんだよなあ」
今は俺の前の番号の受験生が試験を受けている。つまり次は俺の番ということである。
リーネットがそんな俺に対して言う。
「大きなため息ですねリック様」
「そりゃなあ」
その時、俺とリーネットの横を医療班たちが横切っていった。
「ハイハイ、道を空けてー」
前の時と同じように試験で負傷した人間が運ばれている。今度は女性の冒険者だった。
「いたい……いたいわ……」
「しっかりしてください、すぐに医務室に着きますからね」
「なんなのよ、あの試験官。私の母親が元奴隷だったってだけで……Eランク昇格試験であんな強力な魔法たくさん使うなんてどうかしてるわ……あと、香水がう〇こ臭かった……」
そう言ってガクリと気を失う女冒険者。
俺はその姿を見て、もう一度大きなため息をつく。
「はあ、メチャクチャやってるな。うんk……じゃなかった、キタノのやつ」
「あら、リック様。意外に落ち着いていますわね。先ほどは同じ状況で動転して叫び声を上げていたのに」
「ああ、もうこうなったらやるしかないからな。こちとら二年前に一大決心して冒険者になったんだ。腹くくって思いっきり挑んでくるさ」
俺は神童(仮)バリのキメ顔を作ってそう言った。
「そうですか」
リーネットは視線を下に向ける。
ガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガクガク
思いっきり震えていた。
俺の足が釣り上げたばかりの魚のごとく豪快に震えていた。
「……」
「……」
リーネットの無表情と沈黙が辛い。
「いや、だって、しょうがないじゃん!! 相手Aランク最高の魔術師なんだし『千の術を持つ男』とか言われてるんだろ。俺とかアレだぞ。覚えてるの第一界綴の攻撃魔法と防御魔法が一個ずつよ?」
「何度も申し上げてますけどリック様。アナタならその程度の相手恐れるに足りません。それよりもちゃんと手加減をお願いしますね」
「いやいや、さすがに今回ばっかりは無理だろ。相手が相手だし」
ブルンブルンと衝撃波を起こしそうな勢いで首を振る。
するとリーネットは俺に顔を近づけて、目を覗き込んできた。
芸術品のような綺麗な顔立ちが目の前に迫り、女日照りの非モテ系オヤジな俺は目をそらす。
「ど……どうしたんだよ」
「自信は持てませんか?」
俺は再びリーネットを見た。いつもと変わらぬ無表情。しかし、その目はどこまでも真っ直ぐに俺を見ている。
正直に答えることにした。
「そりゃな。だって、俺は30から冒険者始めた出遅れなんだぞ……確かにパーティの皆と鍛えて強くはなったと自分でも思うけどさ。それでも、自信なんか持てないって。おっかしいよな、ギルドの受付辞めてさ、覚悟決めたつもりなのに。人から『お前には無理だ』とか言われるとすぐに不安になってくるしさー」
「では、逆はどうですか?」
「逆?」
不意に俺の体が柔らかいものに包まれた。リーネットが俺を抱きしめているのである。
「他人の言葉ですぐに自信が揺らぐというなら、逆に他人の言葉で自信が湧いてくることもある。違いますか?」
「リーネット……」
突然のことに驚きつつも俺は優しい匂いと体温に抵抗する気は全く起きなかった。
「聞いてくださいリック様。私はアナタを信じています。アナタは強いです。アナタはこの試験に受かりますし、あの不愉快な男など相手ではありません。あの日から、アナタが冒険者になると決めたあの日から、いつだって私はアナタの味方ですから。自分で自分のことを信じることはできなくても、アナタを信じる私のことは信じてくれますか?」
リーネットの言葉の一つ一つが俺の中に染み込んできた。
「……ありがとう、リーネット。うん、そう言ってくれるお前がいるって思うと自信がわいてくる」
俺がそう言うと、リーネットは優しく微笑んだ。
ああ、いい女だよホント。なんか間違って嫁になってくれないかものか。
リーネットは俺にそっと耳打ちした。
「一つだけアドバイスをします。開始してから一分間、ただひたすら心を落ち着けて相手を見ることに集中してください」
「え? それってどういう……」
その時。
「り、リック……くん」
「ローロットさん!? どうしたんですか!?」
「ははは、お邪魔だったかな!?」
ローロットさんがなぜかそこにいた。急遽体調不良で試験官をできなくなったはずなんじゃ?
その様子は酷いものだった、着ている服もボロボロで全身怪我だらけである。先の欠けた剣を杖代わりにしてようやく歩いていた。これでは体調不良と言うより……
「奴に……ラスター・ディルムットにやられてしまってねぇ。歯が立たなかったよ」
「あいつ、なんてことを……」
キタノのやつはどうしても俺はいたぶりたいらしい。
「その時にさ、彼が僕の夢の話をしてきてさ」
「夢? 故郷に冒険者の学校を建てるっていう?」
「うん。僕と君が話していたのを聞いてたんだろうね。それで、彼に言われちゃったよ。『お前みたいな出遅れには無理だ』ってさ。だいたい、三流に教えてもらって嬉しい奴なんかいるわけない、三流は三流しか育てられないって……ハハハ、言い返したかったんだけどなあ。悔しかったなあ。ねえリックくん。やっぱり無謀だったかな。僕みたいな決断するのが遅かった人間が夢を持とうなんて、大人しく田舎で畑を耕して一生を過ごしたほうが良かったのかな」
ローロットがうつむいたまま、自嘲気味に小さく笑った。
「リックくん、悪いことは言わない……棄権するんだ。彼はきっと僕にした以上の仕打ちを君にしてくる……」
「……ローロットさん」
俺はその肩に手を乗せる。
「少なくとも俺はこう言いますよ。人間いつから何始めたっていいんだ……って」
「リックくん……」
『次、受験番号4242番。リック・グラディアートルさん。試験会場へお願いします』
ちょうど、受験カードから共感音声が聞こえてきた。
「リーネット、行ってくるよ」
「さっきとは別人みたいな顔してますわね。行ってらっしゃいませリック様」
俺は確かな足取りで試験会場へと進んでいった。
……あのウンコ野郎、ぶっ飛ばす!!
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