第151話 死ぬんじゃないか?

今回は皆様に特別お伝えしたいことがあるので、投稿させていただきました。

何はともあれまずは本編をお楽しみください!!


ーー


 翌朝。

 リックは『ヘラクトピア』滞在中に利用している宿、『マタタビ屋』のベッドで目を覚ました。

 ヘラクトピアには金持ち向けの高級宿が多いが、『マタタビ屋』は庶民向けのお手頃な値段の宿であった。だが、日当たりがよく建物の作り自体はしっかりしており、何より一階の食堂で宿泊客に朝晩出される食事が非常に絶品である。

 オーナーが自ら足を運んで厳選した食材を調理しているらしく、リックもひとくち食べた時にその素材を活かした味に唸ったものである。リーネットがオーナーに色々と話を聞いていたので、そのうちビークハイル城でも振る舞わられるかもしれないと思うと楽しみでしかたない。

 今日もその美味しい朝食を食べようと、リックが階段を降りていくと。


「あ、リックさん。おはようございます」


 料理の皿を運びながら元気な声でそう言ってきたのは、猫人族の少女ミリシア。リックたちが『ヘラクトピア』に来た日に、ゴルドに絡まれていたのを助けた少女である。

 たまたまミリシアの親がここのオーナーだったということで、リックたちは『ヘラクトピア』滞在中の宿をここに決めたわけである。

 成り行きで決めたのだが大当たりであった。


「おはようミリシア。今日の朝食は?」

「豆をいっぱい入れた野菜ポタージュと、自家製の大麦パンですね」

「それは楽しみだな。ここの料理はシンプルで庶民的なやつほど美味いからな」

「あのー、リックさん。ちょっと、お助けいただきたいことがあるんですけど」

「ん、なんだ? スープおかわりさせてくれたら大概のことは聞いちゃうぞ」

「ありがとうございます。入り口のところにいる人なんですけど、凄い表情でずっと中を睨んでて怖くて」


 なるほど、確かに宿泊客でもない人間に入口近くに長時間居座られたら、気になる客もいるだろう。

 そんな事を思いながら、リックがミリシアの指さした方を見ると。


「遅いですわよ!!」


 入り口のところで仁王立ちするアンジェリカがいた。


「ああ。アンジェリカか……ミリシア悪いけど俺の分の朝食取っておいてくれるか?」

「え? はい、構いませんけどどうかされたんですか?」

「ん? ああ、ちょっと約束をな」


  □□□


 リックはアンジェリカを連れて町の外れにある砂丘にやってきた。


「そう言えば、アンジェリカ。訓練をするのはいいけど、その間の試合の方は大丈夫なのか?」


 そう言ったリックに対してアンジェリカは答える。


「ええ、私はあまり試合は残っていませんし、最終日にランキング三位の『狂犬』ヘルガントとあたる以外は楽な相手です」


 リックが首をかしげる。


「アンジェリカ。確か三日後に俺と試合だったはずじゃ」

「その試合は棄権しますわ」


 即答である。


「ですが、それ以外の試合は全勝しなくては、おそらく私はランキング六位以内に入れませんわ」


 リックは神妙に頷いた。


「そうだな。アンジェリカには少々キツイ思いをしてもらうことになると思う」

「覚悟はできていますわ」


 真剣な眼差しを向けそう言ってくるアンジェリカ。

 とはいえ、リックがやってきたような訓練(処刑)をアンジェリカにそのままやるわけにもいかない。まずは、軽いメニューからだろう。


「今更ですが、不躾な頼みを聞いていただきありがとうございますわ」


 深々と頭を下げるアンジェリカ。貴族らしい傲慢なところがあるかと思えば、こういうところは律儀である。


「じゃあ、始めるか」


 いよいよ来るかと身構えるアンジェリカ。

 アンジェリカとて騎士団でも『闘技会』でも日々己を鍛錬してきた人間だ。リックほどの化け物を生み出すトレーニングが尋常なものではないことくらいは想像がつく。


「それでも、覚悟はできていますわ。自分の道を自分で切り開くためには血のにじむような思いも必要で」


 ガシャン。


「……なんですのこれは?」


 アンジェリカはいつの間にか背後にいたリックによって、両手足に着けられた厳つい金属を指さして言った。


「見ての通り、重りだな」

「『30kg』とか書いてありますけど」

「その通りの重さだけど?」

「……え、いやそういうことでは」

「?」


 首をかしげるリックを見て、アンジェリカの背筋を冷たいものがはしる。もしかしたら自分は何かをはやまったのだろうか?


「さてと」


 リックはそう言うと、アンジェリカの体と自分の体をぶっとい鎖で結んだ。


   □□□


 二時間後。


「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!!!!!!!!」


 アンジェリカの絶叫が砂丘に木霊していた。

 何だこれは? 何が起きていると言うんだ?

 アンジェリカの脳内はその感情に支配されていた。

 アンジェリカは現在、果てしなく広がる砂丘を凄まじいスピードで疾走していた。リックがアンジェリカの前を走り、鎖で繋がれたアンジェリカもそれに引っ張られてものすごい速度で走っているのである。

 そして、問題なのはその速度であった。

 端的に言って命の危険しか感じない。おそらくだが時速にして100kmは軽く超えているだろう。景色がまともに視界でとらえる前に一瞬で過ぎ去っていく、風を切る音は嵐の如き轟音である。しかも、それをすでに二時間以上続けているのである。

 身体強化と『強化魔法』を惜しみなく使い何とかこれまでついてきているが、既に足は限界を迎え千切れ跳びそうである。

 そして、もしスピードについていけなくなり足を踏み外せばその瞬間に、この速度のまま地面を転がることになるのだ。


「何ですの!! これはいったいなんですの!?」


 アンジェリカの悲鳴のような叫びに、リックが答える。


「ん? これは『雛鳥マラソン』ってメニューで、自分より早い人に引っ張られながら走ることで、体に速い動きを覚えさせる基礎メニューだな。アンジェリカは加速するまでの身体操作や身体強化の使い方はいいけど、加速してから上手く動けないことが多いからな。これで、全身を鍛えながら加速した中での動きも自然と覚えられる。オレもリーネットに引っ張られてよくやってたなあ」


 懐かし気に遠い目をするリック。そうしながらも、全くペースは落ちないし息一つ乱さない。

 この化け物、人でなしめ!!

 とアンジェリカは心中で罵詈雑言を叫ぶ。

 アンジェリカのその様子を見てリックは言う。


「あ、もしかしてキツイか? まあ、初日だしな」


 その言葉を聞いてアンジェリカの表情が和らぐ。これで、休憩なりもっとペースを落とすなりして……。


「軽めにあと六時間くらいにしとくよ」


 実質、死刑宣告である。


「ちょっ!! マジで言ってますの!!!!」

「え? やっぱり最初の予定通り十時間やったほうがいい?」

「じゅ、十時間!?」

「まあ、物足りないならもう少しペース上げるかな。えい!!」

「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」

「転んだら、バランスとって走り直すんだぞー。受け身とかも上手くとるのも全身をまんべんなく鍛える訓練になるから一石二鳥だ」


 三秒後、アンジェリカは凄まじい速度のまま地面に叩きつけられ、数時間に渡って何十キロも砂漠の上を引きずり回される羽目になった。


 ――六間後。

 訓練開始から八時間。


「さて、今日はここまでだな。ん? どうしたアンジェリカ。さっきからうつ伏せで倒れたまま黙りこくって」


 数時間に渡って砂漠の上を引きずり回されたアンジェリカは、ボロ雑巾のような有様でうつ伏せに倒れ伏していた。


「……この様を見て分かりませんの?」

「元気そうだな。まだ息してるし。さすが二等騎士は鍛え方が違うなあ」


 この狂人にとっては、息をしていることが元気の証拠らしい。


「……死にますわ。こんなのただの処刑ですわ」

「ははは、まさかこんなアップみたいなメニューで御冗談を。ブロストンさんの修行じゃあるまいし」

「本気ですわよ!! 何度か他界した両親が川の向こうで手招きしているのが何十回も見えましたわよ!!」

「あー、いや、でもそうか。普通の人間てこんなに速く長く走らないよな。いかんなあ。ブロストンさんたちの常識に毒されたのがなかなか抜けねえや」


 世界一恐ろしい毒の存在を思い知った気分であった。あとアンジェリカとしては、走る時間よりも引きずり回されている時間の方が長かったと声を大にして言いたいところである。


「とりあえす、今日はお雇いの回復術士に回復してもらって、明日に備えて早く寝るようにな」


 リックの言葉にガバっと顔を上げるアンジェリカ。


「明日!! また明日もこのイカれたトレーニングをするんですの!?」


 アンジェリカは半泣きになりながら勘弁してくれと訴える。

 が、リックは。


「え、当然だろ? 訓練は継続しないと。一日で強くなれる方法とか言ってくる人間は全員詐欺師以外の何者でもないだろ?」


 などと、平然と返してきた。

 その返答に、アンジェリカは白目をむいてがっくりと項垂れた。


「でもなあ。アンジェリカの弱点と一ヶ月弱っていう時間を考えれば、このトレーニングがベストだと思うぞ。それに、お前の体力でも無理なトレーニングというわけでもない。現に今日はやりきったわけだしな。まあちょっと『あ。これ死ぬんじゃないか?』みたいな痛みが十時間続くのが難点だが……どこに不満があるんだ?」


「『あ、これ死ぬんじゃないか?』みたいな痛みが10時間続くところですわ!!!!」


ーー

というわけで。

今回は、岸馬の新作「ラスボス少女」が、集英社の新しいプラットフォームにて本日公開されましたのでご報告させていただきます!!

 ↓

https://jumptoon.com/series/JT00009


内容は『オリハルコンフィスト』にいても良さそうな最強ラスボス魔王が、自分を倒してくれる相手を求めて現代のいじめらて自殺した女子高生に転生する話になります!!

はい、つまりつええ系です。もはやつええ系以外の何者でもないドストレートなつええ系となっております。

気になった方は是非!!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る