第150話 貴族のお家事情

本日は岸馬の個人的な重大発表があります


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 アンジェリカがその後リックに話した内容は、なんというかまさに貴族らしいというか、名門貴族のお嬢様なんだなと改めて思い知るお家事情だった。

 まず、現在のディルムット家の当主を四人兄弟の長男であるキタノ(ラスター・ディルムット)が務めていることからも想像がついていたことだが、アンジェリカの両親は数年前に亡くなっている。

 アンジェリカは両親の訃報を聞いた時、当然ひどく悲しんだが、そこは悲しみに暮れてばかりいられないのが貴族である。

 父親から受け継いだ領地をなんとかして運営していかなくてはならないのだ。

 なにせ、当主である兄のラスターは冒険者や魔法使いとしては一流だが、楽観的で仕事はあまり熱心というわけではなく、放っておけば下のものに完全に仕事を投げっぱなしにするようなタイプである。弟のフリードも可愛い弟ではあるが同じタイプだ。流石にそこは上から目を光らせなければ、下の者がどんな野心を持ち始めるかわかったものではない。

 アンジェリカは仕方なく、騎士団に無理を言って長期の休みをもらい、末っ子である妹となんとか領地の運営をしようとしたのである。

 しかし、運が悪いというかなんというか。

 その年、新種の病害によりディルムット領の主要作物である葡萄に深刻な被害が出てしまったのである。どのくらい深刻だったかと言うと、その年の予定されていた生産量の五%を下回っていた。つまり、ほぼ全滅である。大打撃とかいうレベルを超えている。

 こうなると、被害にあった生産者への保証やら、税の調整やら、病害への対策を検討する委員会やらと、初めて実際に領地運営をするアンジェリカと妹にとってはまさに目が回るような状況であった。努力のかいもあって暴動が起きるような事態はなんとか避けられたが、非常に困った問題が残ることになった。

 財政難である。

 もう少し領地の運営に慣れていて財務担当の者たちとも連携ができれば、財源の上手い使い方ができたのかもしれない。しかし、アンジェリカたちが事態を収集させるためにできたのは、ほとんどばら撒きに近い政策だったのである(それでも妹は、最大限効果的にばら撒いたと言っていた)。

 そんなこともあり、ほとんどすっからかんになった金庫の中身をどうするかと、対策を考えている時に声を上げる者があった。

 アンジェリカたちの祖父、シモン・ディルムットである。

 この祖父がアンジェリカを始めとするディルムット兄弟はどうにも昔から好きになれなかった。シモンはとっくに当主の座を降りて、現在は顧問会という、まあ、いってみれば一線を退いた老人たちがアレコレと今の政策に口出しをする会の会長を務めている。

 それだけでも鬱陶しいのだが、自分の私有地に怪しい連中に出入りさせており、噂によれば何かの取引で一財産を築き上げているとのことである。アンジェリカは私有地にあるものが尋ねるたびに豪華になっていったのを見ているので、間違いなくなにかしらやっているというのは確信している。

 ここで「今こそ国の危機である。自分の財産を使ってくれ」というのであれば、アンジェリカたちの評価は見事なまでにひっくり返るところであったが、そこは期待を裏切らない男、守銭奴に定評のあるシモンである。


「喜べアンジェリカ。お前の嫁ぎ先が決まったぞ。『ヘラクトピア』の富豪、スネイプ・リザレクト氏と話をつけてきた。いやはや、まだまだワシが安心して引退するのは遠いようじゃなあ」


 などとものすごく嬉しそうに、誇らしげに、そして恩着せがましくシモンはそう言った。

 アンジェリカ危うくは腰に差してあった剣を抜いて切りかかりそうになかったが、なんとか抑えた。あの時の自分の冷静さを今でも誇りに思っている。

 アンジェリカはディルムット家に誇りと愛着を持っている。騎士団に入ったのも、騎士として国のために活躍することで、少しでも貢献できればと思ってのことである。実際に、若くしていくつかの勲章を授与されており、他の貴族や騎士団の上層部からの覚えは良くなったという手応えもあった。いざという時に、多少の無理をお願いできる程度のパイプはできつつあったのだ。当然、領地の運営が一段落したら騎士団に戻るつもりだったのである。

 それをこの男は、急に全部捨てて嫁げとぬかしてきたのだ。


「なんだ、アンジェリカ。これで財源もなんとかなるんだぞ。まさかディルムットの女ともあろうものが、相手は自分で選びたいなどとワガママを言うなどということはあるまいな? 良くない、良くないぞ。我々がなぜ貴族と呼ばれ豊かな暮らしをできるのかを考えねばな。不服だったとしても身を切るべきときには身を切らねばならん」


 ふざけるなこの老害が。お前の蓄えを出せばすぐに解決するだろうが。

 得意の『瞬脚』を発動し、不愉快な狂言を垂れ流す皺だらけの割れた口に剣を突き立てかけたが、精神力を総動員しなんとか堪えた。そんな自分の強靭な忍耐力は美点である、とアンジェリカはそれ以降、毎朝鏡の前で自画自賛している。

 全くもってふざけた話である。

 もっと言えば、勝手に決められたことももちろん心底気に食わないが、何よりあのシモンの連れてくる男である。金銭的な援助はありがたいが、見返りに何を要求されるか分かったものではない。

 それでも、アンジェリカは背に腹は変えられぬと断腸の思いで承諾した。

 しかし、その後すぐに財源をなんとかする目処が立ったのだ。

 詳しくは言わないが、これがもう、なるほどと唸るような妹のアイディアだった。優秀な妹にアンジェリカは小躍りしながらキスをしたものである。キモいとピンタをかまされたが喜びのあまり痛みはどこかに吹っ飛んでいた。

 そうとなれば、さっそく断腸の思いで(本当に断腸するんじゃないかというくらい腹に力を込めて怒りを堪えながら)承諾せざるをえなかった婚約を解消するしかない。

 が、シモンは。


「何を言ってるんだ? もう式の日取りも決まってるし、国王や諸侯への招待状も出してしまったぞ。取り消せるわけ無いだろう」


 コイツを断腸させてやろうかと鞘から剣を抜き放つまでいったが、グッとこらえて左右三発ずつのピンタをかますだけに留めることにした。

 そんなあまりに慈悲深い自らの行いにアンジェリカはその晩『偉いアンジェリカ、偉すぎる。世界一偉い』と藁半紙五十枚にびっしり自分を褒める言葉を書き綴った。

 ともあれ、確かにここまで大々的に発表してしまっては今更解消というのは流石に難しい。なんとかならないかと、アンジェリカは騎士団で作ったツテを頼って、スネイプとシモンを調べることにした。

 すると、どうやらこの縁談はスネイプの方から持ちかけたらしく、婚約を取り付けるためにかなりの額の受け渡しをシモンに約束しているとの情報が入ってきた。その額というのがアンジェリカもぶったまげるほどのもので、いくらスネイプが『闘技会』の利権で稼いでいると言っても、これは少し厳しいのではなかろうか、というような大金だった。

 と、同時に今年の『拳王トーナメント』のスポンサー出場枠をスネイプの父親が代表を務める『ドラゴノート商会』が獲得した、という情報も入ってきた。スポンサー出場枠というのは、大会の大口出資者がトーナメントに自分の用意した選手を出場させることができるという制度であり、毎年二枠用意されている。西部リーグを勝ち上がり、上位に上りつめたりぜずとも出場できるということだ。

 確か五年ほど前から始まったこの制度だが、今の所、この枠から出場した選手はやはり本場で日夜戦う『拳闘士』たちには一勝もできていない。まあ、それでも出場するだけで宣伝になるため、毎年出資する側もこの枠の獲得を目指して羽振りよく金を出すのである。


 この二つの情報を知ったアンジェリカは、ピンときた。


 スネイプは恐らく、相当強力な選手を用意した八百長を狙っていると。

 『拳王トーナメント』の勝敗は、当然賭けの対象になっている。圧倒的な強さをそれまで見せつけたスポンサー出場枠の選手が、決勝、準決勝あたりでポロッと負けるようなことがあれば。そして、スネイプが相手の方に莫大な金をかけていたら(本来関係者は賭けに参加できないが、そんなものはスネイプくらいの地位や財力があればどうとでもなる)。スネイプは出資した元手を軽く上回る配当金を手に入れることになるだろう。

 狙いは分かった。しかし、ここからが問題である。シモンもスネイプもリークしたところで足を出すような相手ではないだろう。

 ならばかなり厳しい道のりだが自分にできることは一つだった。

 自分が『拳王トーナメント』に出場して、スポンサー出場枠の選手を倒してスネイプの計画を狂わせる。さすがに結婚相手が無一文に近いとなったら婚約取り消しも大義名分も立つというものである。

 まさか、これまで騎士団で磨いてきた戦闘技術がこんなところでも役に立つとは思わなかった。そう思いつつ、アンジェリカは『ヘラクトピア』にやってきたのだった。


   □□□


「なるほどなあ」


 アンジェリカの話をしばらく黙って聞いていたリックだったが、一段落したところでそう言った。


「スネイプさんがそんな計画を立てていたとはな。目的は『王国』の貴族とのパイプってところかね」

「だと思いますわ。何が目的かまでは分からないですけどね。でも、あまりいいこととは思えませんわ。必ずワタクシがこの手で阻止してみせますわ。そのためにはなんとしても『拳王トーナメント』出場しなくては」


 そう決意を口にしもののアンジェリカの表情は暗い。


「ただ、たとえ『拳王トーナメント』に出られたとしても、今のワタクシでは……」


 恐らく先程ギースを見てしまったからだろう。


「スネイプの反応とか見てると、たぶん、あのギースってやつがそのスポンサー枠から出るやつだよな」


 押し黙ってしまうアンジェリカ。

 あの残虐性とアーロンを容易く叩きのめした戦闘能力。本人が一番分かっていることだが、今のアンジェリカが勝つのは厳しいだろう。

 アンジェリカは悔しそうに唇を噛みしめる。


「ワタクシもアナタのように強ければ良かったのですが……」


 その様子を見たリックが言う。


「なあ、アンジェリカ。俺が戦い方教えようか?」



ーー

重大発表


実は今日発売の週刊少年ジャンプ本誌にで、集英社の新しく始まるウェブトゥーンアプリにて始まる岸馬の新作「ラスボス少女」の広告が乗ります!!

「週刊少年ジャンプ本誌で連載が始まります!!」とかだったらもっと「おお!!」と言う感じなのですが、漫画を描いてる人皆んなの憧れ週刊少年ジャンプということで、自分の作品の情報が乗るだけでも嬉しい限りです。

コンビニなどで見かけましたら、是非確認してみてください!!


こちら公式の新作発表ツイートとなります

   ↓

https://x.com/jumptoon_offl/status/1792163297245970700

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