第44話 真っ直ぐに立て!

 リックは深夜の運動場でルームメイトたち3人を前にして言う。


「まずそうだな、強くなるために必要なことは何だと思うガイル君?」


「そうっすねえ……」


 ガイルは腕を組んでしばし唸る。


「分かりました。体力をつけることですっね!!」


 自信満々にそう言ったガイルに対し、ヘンリーは呆れたように言う。


「いくら何でも単純すぎで――」


「正解」


「ええっ!?」


「じゃあ、ヘンリーくん他に何が必要だと思う?」


 ヘンリーは顎に手を当てて少し悩んでから答える。


「え、えーっと。魔力の扱いが上手くなることとか?」


「それも正解だ」


 リックがそう言ったのを聞いて、今まで黙っていたアルクが口を開く。


「これは、いわゆる四大基礎なのか?」


「その通りだ」


 四大基礎とは。


『体力』筋力や心肺機能、骨格、柔軟性といった体そのもの能力。


『身体操作』体の動かし方全般。剣術や格闘術、そして自らの体に魔力を流し身体能力を向上させることもこれに含まれる。魔力によって『単なる身体能力の向上』以外の現象を体にもたらすものは強化魔法に分類される。


『魔力操作』魔力の操作技術全般。魔力による身体の操作という面で身体操作と切り離せない部分もあるが、多くの技術体系では『単なる身体能力の向上』以外をこちらの要素とすることが多い。


『魔力量』魔力の量。主に10歳から20代前半までの間に、特定の条件下でトレーニングを行うことで上昇する。


 この四つである。ガイルとヘンリーが言ったのはこのうち『体力』と『魔力操作』に該当するものだった。


「よく勘違いしている奴もいるが、こういうのは適当にそれっぽいものを4つ並べてるわけじゃない。強くなるために必要不可欠だから基礎なんだよ」


 派手な界綴魔法や強化魔法に目が行く人間は多いが、まずはこの四つを十分に鍛え上げるのが先決である。


「ただ、この基礎というのも奥が深くてな。むしろ、強さの根幹をなす基礎だからこそ奥が深いんだが。少なくとも俺がここ数日授業を受けている限りでは、騎士団学校の授業は決まったカリキュラムを大人数に対して均等に施さないといけないせいか、どうにも『浅い』。実よりも形にこだわってる印象だな」


 いきなり、何十種類もの剣術の型を『単なる動き』として教えている辺りが顕著である。


「剣術の型はいわゆる『身体操作』にあたる部分なわけだが、俺が『身体操作』を教えるなら剣術の型よりも先に教えておくべきだろうと思うことがある。もっと根本的な体を動かすための基本だな」


 ヘンリーが聞く。


「それはなんですか?」


「『地面を真っすぐ踏む』ことだ」


 ヘンリーがきょとんとした顔をして言う。


「はあ? どういうことですか」


「そうだなあ。試しにガイル君。地面を真っすぐ踏んで立ってみてくれ」


「いやいや、兄貴。そう言われても、この通り真っすぐ立ってるんですが」


 その言葉の通りガイルは普通に両足で地面を踏んで立っていた。


「そうか、それが今のガイルが感じる真っすぐか。じゃあ、俺が軽く押すから真っすぐ地面を踏んだ状態を維持して耐えてみてくれ」


 リックはガイルの方に歩み寄ると、その体に人差し指一本で触れる。


「真っすぐ立ててれば耐えられるくらいの力だから安心しろ」


「はい? まあ別に構いませ――」


 ドン。


 ゴロゴロゴロゴロゴロ。


 ゴシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!


 とガイルの体が30メートルほど転がり、備品の山に突っ込んだ。


 魚類のように口をパクパクとさせて驚くヘンリーとアルクに対してリックが平然と言う。


「な?」


「「何が!?」」


 ガイルは備品の山から起き上がりながらリックに言う。


「ゲホゲホ。急に何するんですか兄貴!!」


 普通に起き上がってこれるあたり、ガイルもなかなかに頑丈である。


「このくらい軽く押されてもその場にとどまっていられないわけだ。これを真っすぐ立ってるとは言えないだろ」


 そもそも人間は人差し指一本で軽く押して、100㎏を超える巨体を30メートルも吹っ飛ばしたりしないというツッコミを三人は飲み込んだ。


「いいか、よく見ておけよ。『地面を真っすぐ踏む』というのは……」


 リックは両手を軽く広げると言う。


「こういうことだ!!」


「……」


「……」


「……あの、何も変わってるように見えないんですが」


 ヘンリーの言う通り、リックは普通に立っているようにしか見えなかった。


「そうか? よし、じゃあガイル君。そこから助走して俺に向かって思いっきり体当たりしてみろ」


「え、いいんですかい?」


 リックとの距離は30メートル以上。さすがに仲間にここから助走をつけての体当たりをするのは躊躇われるガイルであった。


 しかし、リックは自分の胸を軽くたたきながら言う。


「絶対に大丈夫だから全力で来い」


「よ、よーし。後悔しても知らねえですからね」


 リックの実力を知っているとはいえ、パワーには自信のあるガイルである。絶対に大丈夫とまで言われるとメラメラと燃え上がってくるものがあった。

 ガイルは一度その場で軽くジャンプすると、着地した反動を利用して走り出す。

 大きなストライドでみるみる加速していき、リックに到達する寸前で最高速になった。

 そして肩を突き出し、一切の加減なく全力全開のぶちかましを繰り出す。


「だらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 バシイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ。

 と言う音と共に、吹っ飛んだ。


「ごはああああああああああああああああああああああ!!」


 ガイルの方が。

 アルクが再び唖然として言う。


「な、なんだ。今のは……」


 外から見ていると明らかにおかしな現象であった。

 全速力で突進した巨漢のガイルが、鍛え上げられた肉体を持っているとはいえ身長としては平均的なリックが棒立ちしているところに突っ込んで、逆に弾き飛ばされたのである。

 リックは自分の足元を指さしながら言う。


「これが真っすぐ地面を踏んでいる状態だ。ガイルの足が地面を擦るようにして力を受けているのに対して、俺の足は地中深くまで根を張るようにして力を受けている。ぶつかればどちらが勝つかなんて考えるまでもないだろ?」


「「「…………」」」


 もはや三人の口からは何の言葉も出てこなかった。 


「そうだな、最終的には」


 リックは足元に神経を集中させる。


「んーと、ああ。30cmくらい堀ったところに大きめの石があるな。形は一部だけ長く横に伸びた楕円に近くて、一番長い部分の直径で50cmってとこかな」


 真面目な顔でそんなことを言うリック。どうやら冗談でもなんでもなく本当に地面に立っているだけで、足元の地面にどんなものが埋まっているか正確に分かるらしい。


「まあ、最初は足元2mくらいを自分の感覚の中に入れられれば上出来じゃないかな」


 最初はということは、リックはいったいどこまで自分の感覚に取り込んでいるのだろうかと思ったが、三人は恐ろしかったので尋ねなかった。


「こんな風に『本当の意味での基礎』を深く身に染み込ませれば、間違いなく強くなれるよ。『地面を真っすぐ踏む』のは人間が地面から力を受ける動きをする生き物である以上、ホントに汎用的な技術だから3人とも徹底的に体に染み込ませてみてくれ。それで、この感覚を掴む練習だけど……」

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