第87話 魔力操作

「ん?」


 食事を終えて外に出たリックは、周囲からある気配を感じ取った。


「どうしました? リックさん」


 隣にいるモーガンがそう尋ねてきた。


「……ああ、リックくんも気づいたか?」


 ミゼットがそう言いながらこちらにアイコンタクトしてくる。

 リックは小さく頷いた。

 姿が見えないので、おそらく迷彩魔法を使っているのだろうし魔力を感じない辺りは大した隠形技術である。しかし、頭隠して尻隠さずというか、これだけ露骨に殺気を放っていればバレバレである。


「モーガンさん、フレイアちゃん、ちょっと顔を動かさずに聞いてくれ」


 二人共リックの真剣な声音からなにか感じ取ったのか、黙って首の向きと表情を変えないまま話を聞く。


「誰かにつけられています。数は四人。明らかに二人を狙ってます。ですからこの後……」


 リックはそう言って、二人にこれから取る行動を伝えた。


(……では、お願いしますね)


 モーガンとフレイアはうなずきもせず、表情も変えず自分の頭を触った。

 理解した。ということだろう。

 モーガンは経験豊富な商人だから分かるのだが、まだ若いフレイアも見事な落ち着きだった。さすがは人気レーサー、肝が座っている。


「ああ、じゃあモーガンさんたち、俺とミゼットさんはここで」


「はい、楽しくお食事ができました。ありがとうございます」


「またねー、リッくん、ミゼットくん!!」


 そう言って二人と別れた後。


「……こっちについてきているのは、いないみたいですね」


「せやな。ほな、いこか」


「はい。俺はじゃあ上で」


 リックは軽く地面を蹴る、

 すると、たった一歩で5m近くある近くの建物にスタンと小さな足音を立てて飛び乗った。


「リーネットみたいに無音で着地は難しいなあ」


 そんなことを思いながら次々に建物に飛び乗っていくリック。

 すると、すぐにその姿は見つかった。

 フレイアとモーガンである。フレイアの赤く染めた髪は遠くからでもよく目立つ。

 そして……。


「ああ、あそこだな」


 リックはフレイアたちが進行する方向の建物の屋上に飛び乗る。

 そして、リックはその屋上の一角の何もないところに両手を伸ばし、ガシッと何かを掴み上げた。


「なっ!!」

「なんだ!?」


 何もない空間からそんな声が聞こえる。


「魔力相殺」


 パシュン。

 という音とともに、杖を手に持ったエルフ族の男が二人現れた。


「よお。その攻撃魔法用の杖で何するつもりだったんだ?」


 リックがそう言うと、エルフの男はありえないという顔をする。


「な、なぜだ!! 我々の隠形魔法は完璧に機能していたはず!?」


「殺気がだだ漏れだったぞ。それで大体のアタリはつく。あと、無駄に動きすぎて空気が乱れてたぞ。風系統魔法のコントロールの応用で、それくらいなら肌感で感じ取れるだろ?」


 全く不用心にもほどがある。まあ、風系統魔法は専門外なのかもしれないが、他の部門でも基礎くらいは頭に入れておくものだろう。

 しかし。


「ふ、ふざけるな。俺も風系統を使うが、そんな話聞いたことないぞ!!」


 リックに胸ぐらを掴まれたまま持ち上げられた男がそう言った。


「……え? マジで。30mくらいの高台から色んな角度や姿勢で飛び降りて全身で周囲の風の動き感じ取る練習とかしなかったの?」


 そうすることで、風に触れる感覚や風を見る感覚を養うのである。ブロストンに『エア・ショット』を習った時に、教わった風系統魔法の基礎中の基礎である。

 正直ションベンを漏らすレベルで怖かったが、「コレは風系統魔法を使うものなら基礎中の基礎だからな。当然のごとく乗り越えてもらわんと困るぞ」とブロストンに言われ嫌々ながらに恐怖を抑えながらやったものだ。


 しかし。


「しねえよ!! 普通に風の強いところに立って半年くらいかけて感覚身に付けるわ!!」


 男はそう断言した。


「……そんな平和的な訓練があったのか」


 確かにリックのやったやつのほうが死を感じながら行う分鋭敏な感覚が身につくのだろうが、できればそっちでやってほしかったと心の底から思った。


「てめえ、いつまで胸ぐら掴んでるんだ、さっさと放せ!!」


 エルフの男が、そう叫んでリックを蹴り飛ばすが。


「いってえ!!」


 逆にリックの腹筋に弾き返され苦痛の叫びを上げる。

 もう一人も自分を掴み上げている手を解こうとしているのだが、どうやってもビクともしなかった。


「逃がすわけないだろ。お前らには雇い主のことを吐いてもらわないとなんだから」


「……クソッ、化け物が!!」


 そう毒づく、エルフの男だったが。

 その顔がニヤリと歪む。


「まあ、いいさ。問題なく任務は達成される」


 そう言って、別の建物の方を見るエルフの男。

 すると、何もない空間から二人の杖を持った魔術師が現れた。

 今まさに隠形を解除し、中距離攻撃魔法でフレイアたちを狙っていた。


「残念だったなあ!! 俺たちは二組に分かれて」


「ああ、知ってるよ。大義名分が欲しいから残しといたんだ」


 別の建物の魔術師の攻撃魔法用の杖から、火炎弾が放たれた。

 おそらくかなりの魔力量と魔力操作技術をもった二人なのだろう。放たれた火球は第四界綴魔法。しかも、距離が空いているのにほとんど威力が減衰しない。

 が、しかし。今回ばかりは相手が悪い。


「第七界綴魔法『エアブレイク・ウォール』」


 その声と共に現れた空気の城壁が、フレイアたちに襲いかかる火球を容易く弾いた。


「なん……だと……!?」


 エルフの男が目を見開いて驚愕する。

 使ったのは、離れた建物の陰にいるミゼットである。


「相変わらず、ミゼットさんの魔力操作はエゲツないな」


 当たり前のようにサラッとやったが、第七界綴魔法の略式詠唱などAランク冒険者でもほとんどできるものはいない。しかも、恐ろしいのがミゼットと風の結界を展開した位置がかなり離れていることである。

 魔法というのは、魔法を発生させる位置が遠いほど難しい。リックなどはこの遠隔発動がかなり苦手で、使用できる二つの魔法も自らの体に密着させて発動するものである。

 それを略式詠唱で、あの防御力だ。

 あの懐かしいEランク試験で戦ったキタノも、同じようなことを『フォレスト・ロープ』でやっていたが、拘束力はかなり弱くなっていた。


「さて。通り魔攻撃魔法の現行犯やな。市民逮捕やでリックくん」


 教会魔道士たちが見たら目が飛び出しかねない超絶技巧を披露しながら、ヘラヘラと笑うミゼット。兵器の開発能力に隠れがちであるが、紛れもなくリックの知る限り最高の魔力操作能力を持つ男である。


「了解ですよミゼットさん!!」


 リックはそう言いながら、両手に持った暴漢二人を放り投げた。

 まるで投石機から放たれたかのような勢いで魔術師たちに飛来すると。


「げふ!!」

「ごば!!」

「がぼ!!」

「ぐべ!!」


 と見事に命中し、四人とも仲良く気を失った。

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