第88話 非人道的

「さーて、通り魔諸君」


 ミゼットは両手足を縛り上げた襲撃者四人を前にして言う。


「アンタら誰の差し金や?」


「……」


 襲撃者たちは皆口を噤んで答えない。


「ふむ。全員だんまりかいな」


「まあ、見るからにただのチンピラじゃないですからね」


 リックはそう言った。

 後ろにいるモーガンとフレイアも頷く。

 隠蔽魔法の洗練のされ方は明らかに盗賊のそれではない。それにこうして捕まっているのにワザワザ雇い主のことを黙っているのはあまり意味がないだろう。よほどのお得意様ではないかぎり自分たちの拘束を解くのを条件に、情報を与えてしまったほうが得である。


「……ふん。まあ、ええわ。アンタら魔法軍隊(マジックフォース)の隠密行動部隊やろ」


 ミゼットの言葉に襲撃者たちが驚いて目を見開く。


「……なんのことだかな」


「誤魔化さんでもええで。ついさっき仲間に使ってたハンドサインの意味は『沈黙せよ』やろ」


「貴様……なぜ知っている?」


「まあ、細かいことはええやろ。それで、雇い主の情報を話す気は無いわけやな?」


 ミゼットの再度の問に、襲撃者の一人、女のエルフが言う。


「ふん。当然だ。好きなようになぶるがいい、誇り高き魔法軍隊の忠誠心の高さを見せてやる」


 挑発するようなその発言に、ミゼットは特に気にした様子もなさそうに。


「ほーん。まあ、魔法軍隊を私用で動かせるとなればある程度相手は絞れるから手当り次第爆撃してやってもええんやけど」


「できるんでしょうけど、やめてくださいね」


 リックがそう言った。


「冗談や、冗談」


 ヘラヘラしてそう言うが、普段の振る舞いを見ているとまるで冗談に聞こえないリックだった。


「……じゃあ、しゃあない。少々、キツめの拷問をやらせてもらおうかな。リックくんちょっとこっち来てや」


 ミゼットは女エルフの前に行くと、リックを手招きする。


「隣座ってくれ」


「……はあ?」


 リックは言われたとおり、女エルフの近くに座る。

 女エルフがキッとした目つきでリックの方を睨みつける。

 その瞳には生半可なことでは折れないであろう強い意思が感じられた。

 ミゼットは詠唱を開始した。


「聖なる泉の優しき光よ、諸人を繋ぐ架け橋に。『メモリーアーチ』」


「……そんなもので、何をする気だ?」


 女のエルフが訝しげな目をした。

 それはリックも同じだった。

 ミゼットが使ったのは神聖魔法『メモリーアーチ』。術者を介して右手で触った相手から左手で触った相手に記憶を共有するだけの魔法である。もちろん、戦場においては情報伝達において重宝されるが、今この場で何に使うのかサッパリである。


「ふん、貴様。もしかしてその魔法を使ったことがないのか? それは相手が伝えようとしたイメージしか引き出せないぞ」


(そう。この魔法は別に情報を引き出すのに使えるわけじゃ)


「ああ、ちゃうちゃう」


 ミゼットはそう言って女エルフに左手を乗せ、リックの頭に右手をのせた。


「?」


 余計に分からなくなるリック。コレではリックの記憶を相手に体感させることになってしまうが。

 すると、ミゼットはニヤリと邪悪な笑みを浮かべて言う。


「さあ、リックくん。二年間の修業のことをイメージするんや」


「あっ(察し)」


「貴様らさっきから何をやって……」


 ――十秒後。



「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!!」



 地獄の底から響き渡るような絶叫が響いた。

 彼女が今体感しているのは、修業中のリックの記憶である。


「……」


 リックはそれをなんとも言えない無表情で見つめていた。


(……俺、よくコレ耐えたな)


 などと、今更すぎることを思う。

 二年間の修業のうちの一部なのだが、女エルフはそれだけで全身の穴という穴から汁を出しながらのたうち回っていた。

 仲間のあまりの苦しみっぷりに、他の襲撃者たちは言葉を失っていた。


「……これだけはやりたくなかったんやがな。非人道的やし」


「非人道的な自覚あったんかい!!」


「お、おお……」


 ひとまず記憶の共有が中断され、その場に倒れ込む女エルフ。


「ははは、どうやった? リックくんのやってきた修業の記憶は?」


「……しゅ、修業……だと? 嘘を吐くな、今のは何かの拷問か処刑だろう」


「ごもっともです」


 リックは心の底からそう言った。


「よしよし、まだ気絶しとらへんな。では、もう一回。安心せえ。一度共有した記憶はまた共有させられへん。今ので一週間分やから、あとたった103回耐えれば終わりや」


「……」


 それを聞いて女エルフは白目を剥いた。


「それじゃあ、いってみようか」


「……わ、我々の雇い主はディーン・ヘンストリッジ伯爵だ!!」


 女エルフは半泣きになりながらそう言ったのである。


「ああ、なるほど。あの小悪党か」


 ミゼットはそう言いながら襲撃者たちの縄を解き始める。


「……どういうつもりだ?」


「解放したるから。雇い主に伝えといたってくれや」


 ミゼットはいつもより低い声で言う。


「ミゼット・エルドワーフが『次はないぞ』と言っているとな」


「……ひいっ!!」


 縄が解けると同時に、四人の襲撃者たちは一目散に逃げていった。


「よかったんですかミゼットさん?」


「ああ、まあな。リックくんの言うようになるべく派手な戦闘はせんに越したことはないし、一応あの脅し文句でまだ手を出してこれるような気合の入った貴族は、まずおらんと思うからな。少なくともディーンのやつには無理やろ。まあ、悪名も使い方次第ってことやねえ」


「ミゼットさん、いったいこの国出る前に何やらかしたんですか……」


 ヘラヘラと笑うミゼットにリックはそう言った。

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