第86話 国民議会
「『魔力血統至上主義』については……まあ、ワザワザ細かく説明しなくてもリックさんは、もう実感があるかもしれませんね」
「あー、心当たりは結構」
モーガンの言葉に、リックは納得する。
思い出すのは、先ほどの門番とのやりとりである。
ここから先は貴族しか入れない区画だと言っていた。まあ、そういうものがある国もあるのだろうが、その理由が身分ではなく魔力等級というのは意味不明である。
それだけでなく、この国に来てから何度か魔力量第六等級のミサンガを見た相手から理不尽な差別に遭遇している。
「この思想の元になっているのは、初代『エルフォニア』国王がその凄まじい魔力的素質により二千年間国を治めたことによります。国王自身にはそういう差別的な思想は無かったのですが、周囲がその存在を神聖視するようになってしまいましてね」
「あー……それは、まあ、仕方ないことかもですね。そんな化け物がずっとトップに居座ってたら周りの貴族連中も感覚狂う」
リックはやや苦笑交じりにそう言った。
エルフ族は特に魔力量が多いほど長く生きることができ、平均して人間の二倍ほどの寿命がある。しかし、余程長生きのものでもせいぜい五百年が限度だ。それを二千年も生きたというのだから初代国王の魔力的素質の高さは群を抜いていただろう。
そしてなによりも、国家運営を二千年も続けたことがとんでもないことである。王というのは美女を侍らせながら適当に指示を出して承認のハンコを押せばいいというものではない。
他国との関係の調整。
国内の整備と管理。
側近たちの腐敗の抑制。
内にも外にも一緒に働く味方ですらも、細心の注意を払いながら進めていかなければあっという間に崩壊してしまうものである。そんな胃が痛くなるような仕事を二千年、つつがなくやり抜いたというのだ。
なるほど、初代国王はそれこそ数千年に一度の傑物だったのだろう。
それこそ「魔力量が多くて長寿である」という初代の分かりやすい特徴を「あれこそが絶対の理想像である」と皆が信じてしまうような……。
「そうして、初代国王の死後。我が国ではある法律が制定されました。それが『第三等級以上の魔力を持たないものは、国を治めるべき存在である貴族の資格を有しない』というものです」
「……凄いな、なんの根拠も無い」
「『魔力量』が多いエルフは長生きであることは確かなのですがね。とはいえ、長く生きられるのと国を統治する手腕が無関係なのは分かるでしょう?」
「はい。というか、基本同じ人間が長く続けすぎると腐りますからね」
長生きするほどしがらみは増える。利権的な繋がりも必然的に大きくなっていく。それに本人の心の疲労もあるだろう。
あまり上がコロコロと変わるのも考え物だが、適度な血の入れ替えは大切である。
そのサイクルで考えるとエルフの寿命は長すぎる。初代が明らかな例外であるだけで、そんな永久不変の理想の統治者像を万人に求めてもしょうがない。
「そうして、魔力的な素質があるものは優性でないものは劣性、という考え方がこの国では醸成されてきました……ホントにバカバカしい話ですがね。ですから国の要職に就けるのも、設備の整った学校に入れるのも、魔力的素質の高い貴族の子息たちだけです。貴族は魔力的素質を高めるために、魔力的素質の高いモノ同士で子供を作らせる……いわゆる品種改良を繰り返しています。逆に、魔力量の少ない子供は家を追放されることも珍しくありません」
「……徹底してますね。まあ、気持ちは分からないでもないですが」
貴族たちも自分の一族を次の代でもなるべく有利な環境に置きたいだろう。
「しかし、エルフ族の魔力量は他の種族と違い生来決まっています。つまり、生まれた瞬間にこの国では優劣が決められてしまうんです。そして恐ろしいことに、この国の国民は皆なんとなくそのことを受け入れてしまっている」
そして、モーガンは昔を思い出すように遠い目をして言う。
「私も、生まれつき魔力が低い方でした。それだけで国民学校では笑いの対象です。自慢話になりますが、努力は得意で勉学ではトップを取っていたんですがね。そもそも進学させてくれる学校がありませんでしたよ……頑張ればどこか認めてくれるところがあると思ってんですがね、あの時は応えました」
モーガンはしみじみとそう言った。その手首には第五等級を示す茶色いミサンガがはめられていた。
リックは今更ながらに気が付く。
なるほど。入国のときに、このミサンガは災害時の救出の優先順位などと言っていたが違う。
これは、優劣の目印だ。
貶めてもいい相手を選別するための指標なのだ。
「エルフにとって魔力的な素質が大事なのは認めますとも。魔法戦闘に有利ですし、長生きできるのも素晴らしいことです。だからと言って、それ以外のことで補えないとは私は全く思えませんでした。だから、商人として海外に飛び出しました。色々の国を巡り、こうして一財産を築いて思うのは、やはり魔力的な素質だけでエルフの価値は決まらないということです」
その言葉にリックも深く頷く。
確かに生まれ持った才能は大事だ。リック自身、生来の魔力量が飛びぬけて低いタイプである。鍛え始めるのが遅かったとはいえさすがにもう少し元々の魔力量があれば、と思ったことは少なくない。
だが……。
「世の中素質だけでなんとかなるほど甘くはないですからね」
「はい、やはり大事なのは勤勉さや行動力、つまりは努力できることですから……でも、この国はそんな当たり前の考えを理解しようとしない。それどころか、第一王子であるエドワード氏が実務を仕切るようになってから、貴族びいきは増すばかりだ。国の予算は第三等級以上のものに八十%以上使われている。レベルの高い教育が受けられないのであれば、平民は日銭を稼ぐために労働者になるしかない。労働者になればもっと時間が無くなる。もちろん、豊かなこの国では最低限の文化的な生活は保障されていますが、本当にそこまでなのです。それ以上は決して望むことができない……これではダメだと、私は思うのです」
モーガンはグッと手を握りしめて言う。
「商売のためにいろいろな国を見てきました。リックさんの出身の『王国』は貴族が必要以上に民衆から搾取するようなことは法律でしっかりと禁止されてる。『帝国』は厳格な完全実力主義で、あれもあれで一種の平等でした。進んだ国は、ああでなくてはいけない。『エルフォニア』は伝統という名の下に非常に遅れていると言わざるを得ません。だから私は故郷に帰ってから、仲間を募りある準備を進めました。金銭的な支援や時には脅しのようなこともして、議会の要人たちをなんとか味方につけ、ようやくソレの創設に漕ぎつけることが出来たのです」
「それ?」
「国民が代表者を選び投票で議員を選出する『国民議会』の創設。その初代議長に私は立候補しています」
□□□
「まったく、下らない話だよ」
ハイエルフ王族の王城の一室で、第一王子エドワードは心底不愉快だという感情を滲ませてそう言った。
向かいのソファーに座るダドリーは今話された内容を思い出しながら言う。
「国民議会……ですか。まあ話は聞いていましたが」
ダドリーは貴族ではあるが基本はアスリートであり、国政にはそこまで関心のあるタイプではなかった。そっちに関しては、なにかと要領のいい弟に任せっきりである。
「下等な短命ザルには、我ら貴族のような生来優れた資質を持ち長い時間を生きられる者が国を治めるべきという当たり前の理屈が、理解できんようでな」
「まったくですねえ、これだから短命ザルは救えない」
エドワードの言葉に同調して、ディーンはやれやれですと肩をすくめる。
ダドリーとしても二人の言っていることに特に反感は無かった。エルフにとって魔力的な素質が最重要なのは常識だし、ボート乗りの自分が誰よりも日々痛感していることである。
しかし、ここ数日で少しだけ「それだけではないな」と思うようになった。あの少女やあの化け物を見たせいだろう。よもや第六等級に立て続けに負けるとは思ってもみなかった。
とはいえ、この場でそんな発言をすればどんな顰蹙を買うか分かったものではないので黙っておく。
政治に関心はないが、ダドリーは貴族としてのふるまいをわきまえた人間である。
「腹立たしいことに、国民議会の創設は父上の時に可決されてね。まあ、僕が実権を握ってからは創設に賛成した者たちには相応に痛い目にあってもらったが、残念ながら一度王国議会を通ってしまったものをすぐさま強引に撤廃するわけにもいかなくてね。『エルフォニア・グランプリ』の三日後には初の国民投票が行われることになっている」
エドワードの言葉を引き継ぐように、今度はディーンが言う。
「とはいえ、撤廃はできなくても『正当性な理由のある法改正』はギリギリで間に合いましてな」
「は、はあ。それでどんな改正をしたんですか?」
自慢げな話しぶりからすると、ディーンも一枚噛んでいるらしい。
この男のことだから、よほどいやらしい改正案を通したのだろう。
「なに、簡単なことですよ。『初の選挙で国民の八十%以上の投票が無ければ、その時点で設立は白紙になる』というだけの話です」
なるほど……これは何とも、絶妙にいやらしいところをついてきた。
エドワードも愉快そうに言う。
「当然と言えば当然だろう? 自分たちで国民が選ぶ議会を作りたいと言ったんだ、肝心の国民がどうでもいいと思っているなら、設立する意味はないからね。相手さんとしても拒否できるような正当な理由はないさ」
「はい。それはそうですが……しかし、八十%ですか」
それは、少々以上に厳しい数字だなとダドリーは思う。
この二人もそれは分かって言っているのだろう。
単純な話、国民は日々の生活が忙しいのだ。
国民選挙の話は当然先頭にたって動いているらしい宝石商が広報しているので聞いてはいるのだろうが、たまの休日にワザワザ混雑する投票会場になんか行きたくないだろう。そもそも「政治なんて長生きの貴族様たちがやること。自分たちが投票とやらに行ったところでなんになるんだ?」と興味が無い人間が多いはずだ。
「まあ、これで八割がた設立を防げたと思っているが……一つ不安要素があってね」
「不安要素ですか?」
「『シルヴィア・ワークス』だよ。魔力障害の少女が『エルフォニア・グランプリ』に出るそうじゃないか」
ああ。なるほど。
ダドリーはようやくなぜ自分がエドワードに呼ばれたのか、理解した気がした。
エドワードは言う。
「『マジック・ボートレース』は我が国の国民的娯楽であり、同時に魔力等級が上のものが優秀であるという象徴でもある。その最大のイベントである『エルフォニア・グランプリ』で、かつての伝説が再来するようなことがあれば……」
「そうですね。国民たちの意識は変わるかもしれません」
そう、意識の問題なのだ。
現状、まず間違いなく八割以上の投票率など取れないと言える状態だが、それはあくまで国民たちの意識の問題であり、物理的に彼らが投票に来れないわけではない。
その意識さえ大きく変わるきっかけがあれば、状況は一気にひっくり返る。
「とはいえ、これは逆もまた然りという話だ。愚民共の希望の星である少女が敗れれば、愚衆共は改めて自分たちの『分相応』というものを思い出すだろうからね」
「……例えば、私のような貴族に負ければ、ですか」
「そう。そのとおりだ。君の所属するチームに、僕個人が是非とも支援をさせてもらいたい」
「おお……」
ダドリーは感嘆の声を上げた。
第一王子の蓄えは相当のものと聞く。それこそ、設備から機体から最高のものを用意してくれるに違いない。
「まあ、その代わりにいくつかこちらの条件も飲んでもらうことになるが……前向きに検討してもらえないかい?」
「そ、それはもちろん。王子に目をかけていただけるなんで光栄ですよ」
普通なら何か妙な裏があるのかと疑うところだが、今回は王子側の目的も明確であり大会で好成績を残したいディーンの目的とも合致している。
「へへへ。上手くまとまりそうで何よりですよ」
ディーンがいつものねちっこいバカにしたような喋り方で言う。
「まあとはいえ、あの娘が無事に大会に出れるとは決まったわけではないですけどねえ」
「ふふふ、まあ、もしそうなっても、貴族が圧倒的な力で優勝することで僅かな意識変革の可能性も潰すこともできるさ」
悪辣な笑みを浮かべて笑う二人に、ダドリーは聞く。
「どういうことです? あの娘が大会に出れないというのは?」
答えたのはディーンだった。
「いやあ、まあ、不慮の事故は誰しも起こりますからねえ……」
なるほど。
(徹底的にやるつもりだということか……)
ダドリーは基本的にアスリートである。しかし、同時に歴とした貴族であり権謀術数がどんな世界の裏にもあることは知っている。だから、レース外での戦いに今更苛立ちを覚えたりはしない。
というか、いけ好かない小娘が痛い目を見てライバルも減るというのだ。有り難い話だろう。
しかし、まあ。
(あの子も災難だな……)
アスリートとしてのダドリーは、ホントに若干だが同情する気持ちもあるのだった。
「まあ例えば、今頃、急に街で暴漢に襲われて重体とか……まあ、そういうことになってるかもしれないですからねえ、ひひひひ」
今そのフレイアが誰と一緒にいるかまでは知らないディーンの、品のない笑い声が部屋に響き渡った。
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