第10話 キタノ

 俺とリーネットは休憩所の柱に寄り掛かっていた。


 ちなみに今は一次試験の結果発表待ちだ。休憩地の真ん中にある掲示板に合格者番号が貼り出されるのである。


「通ってるかなあ……一次試験」


「通っていれば良し。通っていなかったら二週間修行の量が三倍になりますから強くなれますね。どっちに転んでもリック様のためになります。よかったですね」


「ワーイ、ウレシイナ。シンジャウナ」


 その時だった。


「やあやあ!! そこの美しいハーフエルフのレディー。ちょっと、聞きたいことがあるんだけど時間いいかい?」


 強い香水の匂いと共に、高級そうなローブを着込んだ20代の金髪優男が現れた。


 リーネットはソイツを一瞥すると、丁寧に頭を下げて言う。


「申し訳ありません。この後、行かなくてはならないところがあり――」


「おーっと、自己紹介が遅れたねえ!」


 この男、自分で時間あるか聞いといて、返事を聞かずに自己紹介を始めやがった。


「僕の名は北の地の高潔なる民を束ねるディルムット公爵家長男ラスター・ディルムット」


 ずいぶん長い名前だことで。


 『北の地の高潔なる民を束ねるディルムット爵貴家長男ラスター・ディルムット』とやらはリーネットの顔をガン見しなが言う。


「美しいハーフエルフのレディー、お名前をお聞かせください。


 リーネットはこのいかにもめんどく臭そうな『北の地の高潔なる民を束ねるディルムット爵貴家長男ラスター・ディルムット』とやらの質問にも無表情で答える。


「リーネット・エルフェルトです」


「はうあっ!!」


 額に手を当て、大げさに体を仰け反らせる。いちいちリアクションを大げさにしなくては死ぬ呪いでも昔食らったのだろうか、この『北の地の高潔なる民を束ねるディルムット爵貴家長男ラス……めんどくさいから略して、キタノでいいや。


「名前まで美しい……実は僕、さっき大切なものを落としてしまって、何を落としたか気になりますか?」


「いえ、全く」


「そ・う・で・す・か! 気になりますか、では、お教えしましょう!!!」


 人の話聞かないなキタノ。


 キタノは一度タメを作ると、リーネットの右手を取って言う。


「僕の恋心を落としてしまったんです、貴女の瞳の奥に……ね(キリッ)」


 ……なーに、言ってんだコイツ?


「どうか、この試験が終わったら僕と一緒に北の地に来てほしい。アナタを僕の第二夫人として迎え入れたい」


 そう言って、キタノはリーネットの手をいやらしくさすりだす。


 リーネットの眉が僅かに動いた。


 リーネットはそれでも無表情だが、この二年間一緒にいたから俺には分かる。アレは嫌がってるときの反応である。


 おいおい、それはいただけねえぞキタノ。


「まあ、待てよ若いの。この娘は俺の彼女でなあ。目の前でナンパされちゃあ黙っていられないぜ」


 そう言って、リーネットとの間に割って入る。


 俺はリーネットに小さい声で言う。


(悪い。いやだと思うけど、今んところはこの嘘我慢してくれ)


(いえ、私は)


「なんだいこの典型的な冴えない中年は?」


 冴えない中年で悪かったな。お前みたいに普通にイケメンだったりとかそういうことはねえよちくしょ。


「ん? それは受験票……まさか君、昇級試験の受験者なのかい!?」


「そうだが……」


「ハハハハハハハ!! おいおい、まさかその歳でFランクなのかい?」


 まーた、こういう反応だよ。いや、まあ事実なんだけどさ。


「お前も24とかその辺で受けに来てんだろ? だいぶ人よりは遅いんじゃないか?」


「ハハハ、違う違う。僕は二次試験の模擬戦のための試験官さ。ランクはA。Eランクなんてとっくの昔、10年前に昇格したさ」


 うわ、マジか。コイツ試験官かよ。


 キタノは金髪をかき上げながら言う。


「まあ、とにかく、そんなモブ男は放っておいて私とこれからランチに行きましょうレディー?」


 失礼千万に強引な誘いをしてくるキタノ。


 まあでも、試験官の心象を悪くするのは得策じゃない。やはりここは前職で身に着けた必殺「マアマアトリアエズオチツキマショウ」を……。


 しかしリーネットが驚きの行動に出る。


 なんと、俺の腕に抱きついてきたのである。


「ちょっ……」


「シッ」


 リーネットは口に人差し指を当てて俺の言葉を制し、キタノに対して言う。


「先ほど彼が言ったように、私はこの方とお付き合いしています。残念ながらあなたの誘いを受けることは、この人を裏切ることになりますわ」


 ……柔らかいあれが腕に当たっている。


 いや、もうこんなことで喜ぶ歳でもないのかもしれないが。相手が超がつく美少女で、なおかつ抜群のスタイルを誇っているとあっては何も思わずにはいられないというものである。 


「それから、先ほどから香水の匂いが強くて不愉快です。適量に抑えて周囲に不快な思いをさせないのが最低限のマナーですわ。そんなことも配慮できないような方とは一緒にいたくありません」


「ああ、それは俺も思ってた。なんかウ〇コみたいな臭いするんだよね」


 あ、やべ。


 キタノは険しい目つきになってプルプルと震えていた。恐らく公爵家に生まれ、そこそこにイケメンなお坊ちゃんである。ここまで手ひどく断られたことなどないのだろう。(そしてもちろんウン〇臭いとかも言われたことがないはずだ)


 キタノは俺に向かって言う。


「彼女のような一級品の美しさに、お前のような三流以下の人間はふさわしくない。一流のものは一流の人間のもとにあるべきだ。もし、二次試験で君の模擬戦を担当することになれば覚悟するがいい。彼女の目が覚めるよう、徹底的に格の差というものを思い知らせてやる」


 キタノはそう捨て台詞を残して、休憩所を去っていった。


「はあ、厄介なことになったなあ」


 俺はガックリと肩を落とす。二次試験の担当がどうかあの人じゃありませんように。


 そうこうしてるうちに、気が付けば合格者番号が貼り出されていた。


 おそるおそる、覗いてみると……


 あった! 4242番!


「やった! あったぞリーネット!」


「はい、おめでとうございますリック様」


 あ、そういえば。


「えーと、さっきはごめんなリーネット。勝手に彼女扱いして」


 キタノの言葉じゃないが、リーネットみたいないい女はもっと若くて稼ぎもよくて強い男をいくらでも選べるわけだからな。こんな冴えない30代のオッサンの彼女のふりをするのは嫌だったろう。


 しかし、リーネットは小さく首を横に振って言う。


「いえ、嫌じゃないですから。むしろ……嬉しかったですわ」


「え?」


 それってどういう。


 ニコリと、リーネットが小さくほほ笑んだ。


 うわ、かわいいなあ。普段からクールと言うか無表情だから余計に可愛く見える。


「……では、私はパーティの皆さまにこのことを報告してきますわ」


 リーネットはすぐにいつもの調子に戻ると、踵を返して歩き出した。


 俺は少しの間ボーとしていたが、ハッとなってリーネットを追いかけようとする。


「っと、その前に。二次試験の担当試験官は……」


『受験番号4200~4300番

 第三闘技場 担当試験官リンクス・ローロット』


 ……キタノじゃなくて良かったぁ。


 次の模擬戦に合格すれば、俺も晴れて一人前の冒険者だ。

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