新米オッサン冒険者、最強パーティに死ぬほど鍛えられて無敵になる。

岸馬きらく

第一章 Fランク試験編

第1話 Fランクのままだったから、Eランク昇格試験を受けに行く

 今日は年に二回行われるEランク昇級試験の日だ。


 東西南北の四つ存在する冒険者ギルドを統括する、中央支部『セントラル』の窓口には多くの若い冒険者が詰め掛けていた。


 そんな中、冒険者に転職して二年目の俺、リック・グラディアートル32歳は受付に足を運んでいた。


「はい、ではギルド登録証の提示をお願いしまーす」


 若くて美人の受付嬢が明るい声でそう言ってきた。


 スタイルが良く、ギルドの制服をややだらしなく着崩しているので無駄にエロい。


「あれ先輩? リック先輩ですよね。私です、アリサです」


「ああ、アリサか。お前、セントラルの方に転勤になったんだな」


 アリサは、俺が二年前西のギルド『タイガー・ロード』で受付の仕事をしていた時の後輩である。当時から支部の看板娘(というかお色気担当)として目立っていたが、こっちに来てもそれは変わらないらしい。先ほどから冒険者たちの視線がチラチラと寄せられている。


 まあ、アリサ自身は無自覚なんだが……資料整理中に横乳が気になってミスを連発したことは内緒である。


「先輩が急に辞めちゃってビックリしましたよー。冒険者に転職するって聞いた時はもっとビックリしましたけど」


「ああ、まあな。会場見ても俺ぐらいの歳のやつなんていないしなあ」


 会場に集まった冒険者はほとんどが十代。俺のような中年のおっさんは全くいなかった。まあ、普通に冒険者をやっていたらこの年までFランクなんて、ありえないレベルの落ちこぼれって話だしなあ。普通は十代で冒険者始めて、2年以内にはEランクに上がるものだ。


 その時。


「なあなあ、ねえちゃーん。これから予定あるぅ?」


 一人の男がアリサに声をかけてきた。


 鎧を着こみ無精ひげを生やしたオッサンである。40歳くらいだろうか、なんだ俺以外にも中年受験生いたのか。ちょっと安心。


「いえ、あの、仕事中なので」


「まあ、そういうなって。楽しませてやるからさ~」


「こ、困ります」


「うるせえな! 女は黙ってついてくりゃいいんだよ!!」


「痛っ」


 無精ひげのオッサンが強引にアリサの手を掴んだ。


「まあ、まあ、まあ」


 俺は二人の間に割って入り、無精ひげのオッサンの前に立った。


「何だテメエはぁ?」


 威圧してくる無精ひげのオッサン。


 てか、酒臭いなぁおい。飲酒して試験受けに来てるのかよ。大した度胸だ。


 しかたない。ここは受付時代に身に着けた必殺の呪文。『マアマア、イッタンオチツキマショウ』を使うか。


 俺は14年間この呪文からの平謝りからの気が済むまで罵倒に耐える、で様々な困難を乗り越えてきたのだ!


「まあまあ、一旦落ち着きま――」


「邪魔だ死ね」


 そう言って殴りかかってくる無精ひげ。必殺呪文唱える間もなかった。てか、いきなり死ねって……

 それにしても、ゆっくりなパンチである。この二年間俺が見てきた攻撃に比べたらスローモーションもいいとこだ。


 俺は無精ひげのパンチを躱すと、鎧の上から拳を叩きこむ。


「ごっ、はあっ!!」 


 あ、やべ。


 とっさのことだから軽く反撃しちゃったよ。この後、喧嘩とかに発展して試験受けられないとかになったら。


「ぐっ……(ガクッ)」


 無精ひげの鎧がべコリと凹み、その場に崩れ落ちた。


 って、ええ? この一撃でダウン!? 俺すげー軽く打ったぞ?


「あー、大丈夫かアリサ?」


「……あ、あの、先輩。ありがとうございます。すっごく強いんですね!!」


「あー、いや、この人が弱すぎただけだよ」


「え? そうなんですか?」


「今の突きも凄いゆっくりだったし」


「私にはいつ打ちだしたのかも見えなかったんですけど……」


「それより、手続きは終わった?」


「あ、はい、ギルド登録証をお返しします。受験番号は4242です。頑張ってくださいね先輩!!」


 アリサがそう言って笑顔で受験票を渡してきた。


 おいおい、番号不吉すぎるだろ。


 俺は泡を吹いて倒れている無精ひげのオッサンを見る。


 しかし、弱かったなあコイツ。やっぱ、この年でFランク冒険者の人間てこんなもんなのかなあ。


     □□□


「リック様。登録は終わりましたか?」


 登録を終えた俺を出迎えたのはリーネット・エルフェルト。メイド服を着た19歳の少女である。完璧と言っていいほどに整った凛とした目鼻立ちと、出るところは出て締まるところは締まったスタイルが人目を惹く。『表情は硬いけど体はごっつ柔らかそうやで』とはパーティの先輩であるエロドワーフの談である。


「さすがにアレに関してはさっきの受付嬢(アリサ)には若干劣るか……」


 うん、やっぱり、かわいいよなあ。俺があと10年若けりゃなあ。いやでもワンチャン……無理かなぁ。嫌われてはないはずなんだけどなあ。


「人の胸部を見ながら何を呟いているのかは知りませんが……登録終えたのならさっさと試験会場に行きましょう。皆さんも後から来る予定ですよ」


「うえ。先輩たち来るのかよ……」


 先輩たちというのは俺の所属する『オリハルコン・フィスト』という、ちょっと変わったパーティのメンバーたちだ。


「なぜ複雑な表情をしているのです?」


「あー、いや、皆が応援に来てくれてるのは嬉しいんだけど、あの人たちってトラブルに死ぬほど愛されて夜も眠(以下略)な人たちだからなあ」


 しかも、周りを巻き込みつつも自分たちは平気な顔で乗り切って、夜はぐっすり寝るのだから質が悪い。


 ふと、俺は受付会場全体を見渡す。


 俺以外は全員若い冒険者だ。


 彼らの目は希望に輝いている。今日の試験に見事合格すれば冒険者として見習いの象徴とも言える初級Fランクから脱却し、一人の『冒険者』として皆から認められるようになるのだ。


「はぁ」


 自然とため息が出てしまった。


「なんか若い奴ら見てると、自信なくなってきちゃうなあ。みんなキラキラしててさあ『これから自分は何にだってなれる―』みたいな?」


「何をおっしゃいますか。リック様は冒険者を始めてからこの二年で驚くほどの成長を見せてきたじゃないですか。むしろ、私としてはアナタの姿を見て他の冒険者たちが自信を無くさないかが心配ですわ。いいですか? ちゃんと手加減をするようにお願いしますよ」


「んー、先輩たちもそんなこと言ってたし、自分でも二年前よりかなり強くなったとは思うけどさあ」


 そうは言っても、俺この二年間『オリハルコン・フィスト』の集会場のある山奥に籠って修行してたからなあ。前職はギルドで働いてたって言っても、ほとんど受付と倉庫を行き来してるだけで冒険者が実際に戦ってるところとか見たこと無かったし。


 まあ、要するに普通の冒険者がどれくらい強いかも分からないのだった。


 ちなみにランク別の強さを簡単に言うと。


 Fランク

 冒険者になった者に最初に与えられるランク。冒険者としてはあくまで『見習い』とされる。一般人に毛が生えた程度の強さのものが大半を占める。


 Eランク

 一人の冒険者として認められてはいるがまだ戦闘にも慣れていない者が多い。上級モンスターを倒せるものはほとんどいない。


 Dランク

 特殊なランクであり、ほとんどの冒険者はこのランクを経ずにCランクに上がる。


 Cランク

 下級モンスターを安定して倒し、上級モンスターに苦戦する。いわゆる『普通の冒険者』。最も人口が多い。


 Bランク

 一般的な冒険者の中でも戦闘やサポート等で非常に高い能力を持つ。上級モンスターを単独で楽々倒せる。


 Aランク

 軍隊を相手にしても戦えるレベルの戦闘能力が必須条件。Bランク以下が10人集まっても相手にならない。


 といった感じらしい。


 これにのっとればEランク相当の実力は間違いなく持ってるはずだけど……やっぱ話だけ聞いてもイメージ湧かないんだよなあ。


 リーネットは俺の胸に手を当てて言う。


「自信を持ってください。アナタは大陸最強を誇るパーティ『オリハルコン・フィスト』のメンバーなのですから」


 俺はギルドのメンバーたちを思いうかべる。


 ……あの人たちの仲間って言われるためには、せめてEランクにはなって一人の冒険者っていわれるようにならなくっちゃなあ。頑張ろう。


   □□□


 その頃、リックの去った受付前に警備員が駆けつけていた。


「あ、この無精ひげの方です」


 アリサが先ほどリックに殴られ泡を吹いて伸びているオッサンを指さしてそう言った。


 リーダーらしき年配の男がアリサに尋ねる。


「絡まれていたとのことですが、大丈夫ですか?」


「はい、知り合いに助けてもらったので」


 年配の男はオッサンを見る。


「……」


 そして、冷や汗を流しながらこう言った。


「凄いな……鋼鉄製の鎧が見事に拳の形に陥没している。いったいどんな力で殴ればこんなことに……」


「え? 鋼鉄製?」


「しかも、この男。どこかで見覚えがあると思ったら一年前に護衛対象の姫に手を上げて指名手配されていた、元Aランク冒険者『暴虐の騎士』ドムルドですよ」


「え? Aランク?」 


「いったい何者なんですか、あなたの知り合いとやらは……」


「えーと、二年前まで一緒に働いていました……ギルドの受付で」


「え? 受付?」


「はい、特に魔法や武術が使えるわけでもありませんでしたし……普通に中年の受付員でしたよ」


「……いったい、どんな二年を過ごせば普通の中年受付員がAランクの人間を倒せるようになるというんだ」


 年配の男の額には冷や汗が滲んでいた。

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