第2話 若い奴の才能に嫉妬するお年頃

 Eランク昇級試験は一次試験と二次試験に分かれる。


 それぞれの試験は


 一次試験 身体検査、攻撃力測定、筆記試験、防御力測定


 二次試験 模擬戦


 となっている。


 一時間ほどで最初の身体検査を終えた俺は、次の『攻撃力』を測る試験の会場に来ていた。


 会場は木造の建物で、いわゆる武道場と呼ばれる様式のものであった。


 俺を含めて6人の受験生たちの目の前に吊るされているのは、スライムバッグと呼ばれる鍛錬用の道具である。


 スライム系統のモンスターの素材を加工して丈夫な皮で包んだもので、衝撃吸収作用に優れており魔法や武術の訓練で的として多用される。


 これに好きな攻撃を叩きこんでその威力を採点しようということだろう。


 あー、修行でよく使ったなあ。


 俺は修行中にかけられたパーティの先輩からの言葉を思い出す。


 モンスターなのに冒険者という色々とおかしいオークの男だった。


『いいかリックよ。どんな魔法や武器を使うにしても基礎となるのは己の肉体だ。このアルティメットスライムの素材を使ったスライムバッグを拳で撃ち抜けるようになったら、ある程度信頼できる肉体が完成したと思っていい。え? 城壁をバターのように貫通させるドラゴンの牙を食らってもビクともしないようなモノを素手で貫けるはずがない? そうか? 俺は200個以上同時に破壊できるが? はははははは、なーに、安心しろ。お前には根性がある。一日5万回も殴り続ければあっという間に一つくらいは打ち抜けるようになるぞ。あ、こら、逃げるな。おい、アリスレート! リックを捕まえろ!』


 あれは地獄だった……おかげで何とかぶち抜けるようになったけど、もう勘弁願いたい。


 まあ、今日の試験に落ちたらやらされる予定なんだよね。


 今回使われてる素材は……んー、緑色してるから一番強度の低いグリーンスライムかな?


「受験番号4237番。フリード・ディルムット君。前へ」


 俺の5つ前の番号が呼ばれ、金髪碧眼の少年が一歩前に出た。


 若い連中ばかりだが、その少年は一際若かった。身に着けた高級そうなローブと匂いの強い香水が、身分の高さを鬱陶しいくらいに漂わせている。


「ふふふ、ついにボクチンの力を見せる時が来てしまいましたね」


 そう言って、金髪をかき上げながらスライムバッグの前に立つ少年。


「おい、アイツ、噂のディルムット公爵家の三男じゃないか?」


「あの、魔法に関しちゃすでにCランクに匹敵するって言われてる?」


「ああ、聞いた話じゃコイツをスカウトするためにあの魔術師パーティ『フェアリー・ロンド』が、大枚はたいたって話だぜ」


「まだ11歳なのにすげえな。ああいうのを神童って言うんだろうな」


 へえ。有名なやつだったのか。神童かぁ……ちっ、この年になると若い奴の才能ってちょっと嫉妬するよな。


 でも、ちょうどいいや、そんなに強いなら試験も間違いなく突破するだろうしコイツの強さを見て、俺もどれくらいの力を出すかの参考にしよう。


「煉獄の炎、その熱を以って、森羅万象灰燼に帰せよ。炎熱第三界綴魔法『炎熱消滅波(フレイム・イリミネート)』!!」


(あの年で第三界綴魔法かぁ、凄いなあ)


 神童少年が唱えたのは、Cランク冒険者でも使いこなせる人間は少ないと言われる高難易度の魔法だった。『オリハルコン・フィスト』にも似たような炎熱系統の魔法を使うメンバーがいるのだ。まあ、あの娘の場合は詠唱無しだけど。


(って、ここにいたらヤバくないか?)


 俺の脳裏にこの二年間刻み込まれた、パーティ屈指の破壊魔人が放つ広域破壊攻撃がよぎる。


 幼く非常に可愛らしい見た目をした吸血鬼の少女だ。


『アッハッハッハッアアアアアアアアアアアアアア!! みてみてリッくーん。なんかテキトウに魔力ねってみたら新しい炎熱魔法出たよー。うっかり、向こうの山が消し飛んじゃったけど、まあ、いっかー。そんなことよりマグマってドロドログツグツしててなんかキレイだねー、あのケムリもキノコみたいでおもしろーい!! もう一回やってみよー、って、あれ? リッくん何で逃げるのー? おーい!』


 あの時は死ぬかと思った……まあ、色々実験に付き合わされたおかげで彼女が手を抜いて撃った魔法くらいは防げるようになったけどね。てか打ち消せるようにならなかったら今頃雲の上にいるだろうしな……


 あの娘もいわゆる天才という奴だったが、目の前の金髪少年も神童と呼ばれる天才なのだ。


 今俺たちがいるのは密閉された部屋である。もし、あのレベルの魔法が放たれるとしたら。


 金髪少年の右手が紅く光った。


 俺は全力で身構えた。自分の身だけでも危ういが、なんとか他の受験生や試験官たちも守らなくてはっ!!


 ボッ


 ヒュー


「え? 小さっ!?」


 金髪少年の手から出たのは直径で20cmほどの火の玉だった。


 あの娘が戯れに同じ魔法使って出した時は、100倍以上のサイズはあったぞ!?


「え、嘘だろ。まさか手を抜いて」  


 いや、待てよ。


 魔法というのは見た目の派手さや大きさだけで決まるのではない。


 俺の一番よく知ってる魔法攻撃の使い手が馬鹿みたいな魔力量を持っているせいで一瞬頭から吹っ飛んでいたが、魔力というものは圧縮することで高い威力を持つ性質がある。もちろん、大量の魔力を圧縮するのは繊細な操作技術がいるが、何せ目の前の少年は神童だ。きっと、本来ならこの部屋を飲み込むくらいの魔力を圧縮しているに違いない。


 大したものだ。俺は魔力圧縮は魔力の絶対量自体が多くないのでこれほどの規模では試したこともない。さすが神童。さすしん。


 あの火の玉はスライムバッグをまるで藁半紙のように容易く貫通して、向こうにある部屋の壁も突き破り、どこまでも一直線に焼き尽くしながら進んでいくに違いな――


 ボン


 シュー


 普通に着弾して、普通に爆発が起きて、普通にバッグが20度くらい揺れた。


 金髪少年は俺たちの方に振り返ると、髪をかき上げながら言う。


「ああ、すみません。ちょっと、加減を間違えてしまいましたよ(キリッ)」


「「「Sugeeeeeeeeeeeeee!!」」」


 俺以外の4人の受験生から感嘆の声が上がった。


 いやいや、ちょっと待てぇい。いくらなんでも、これで神童はショボすぎるだろ!! いや、別に弱くはないのかもしれないけど!!


「ほう、やはり天才か……」


 髭を生やしたオッサンの試験官が、鷹揚にうなずいている。


 俺の知ってる天才と違う……


 第一あれぐらいの威力だったら、わざわざ魔法なんか使わなくても素手で出せるだろ!!


 その後、俺以外の残り四人がそれぞれの攻撃を放ったが、どれもハッキリ言ってレベルが低すぎた。もはや俺を驚かせるために、申し合わせて手を抜いているんじゃないかと疑うレベルである。


「でいやああああああああああああ!」


 俺の前の受験番号のやつが『強化魔法』を使った蹴りを放ち。スライムバッグが若干くの字に折れ曲がったのを見て


「ふむ……こやつも、やはり天才か……」


 と試験官が言ったときに、俺は一つの考えに思い至った。


 あれ? もしかして。俺って今まで相当おかしなレベルの訓練されてたんじゃね?


「次、受験番号4242番。リック・グラディアートル前へ」


 さて、いよいよ次は俺の番である。

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