第69話 お前たちの冒険
「しかし、遠いところよく来てくれたな」
ラインハルトはそう言いながら、洞窟の奥にリックとリーネットを案内した。
「急に訪ねてしまってすみません」
「ははは、かまわねえよ」
洞窟の奥にはラインハルトが自分で整えたであろう居住スペースがあった。
地面にはカーペットが敷かれ、寝具とデスクが置かれている。
「この年になると若い友人が訪ねてきてくれるのは嬉しいもんだ。ちょっと仕事も行き詰ってたしな」
ラインハルトの言葉の通り、デスクの上には書きかけの原稿やくしゃくしゃに丸めた紙が散らばっていた。
さすがは『英雄ヤマトの伝説』の作者であり、今なおヤマトの時代を書いたノンフィクション作品で四本ものロングシリーズを手がける作家である。冒険者として引退しても、今度は締め切りと戦い続けているようである。
ちなみにリックも『英雄ヤマトの伝説』だけでなく、ラインハルトの作品全般のファンである。ビークハイル城で初めて会った時はテンションを上げたものだった。
「ああ、悪いな散らかっていて。まあ座ってくれ、茶でも入れる」
そう言って原稿をテーブルの上でトントンと揃えて、棚の上に移動させるラインハルト。
その拍子に、一枚の紙が床に落ちる。
「あ、ラインハルトさん落ちましたよ」
「ありがとよ。そこの棚に一緒に上げておいてくれ」
リックは落ちた原稿を拾い上げる。
その拍子に、紙に書かれた文字がリックの目に入った。
『進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない進まない書けない書けない書けない書けない書けない書けない書けない書けない書けない、シメキリコワイ、タスケテ……』
……見なかったことにしよう。
リックはスッと丁寧に紙を棚の上に置いた。
その間にラインハルトは、魔法で火を起こして水を温め始める。
「私が入れますよ?」
「いいっていいって。これくらいはボケ防止にジジイにやらせてくれ、リーネットちゃん」
「そうですか。差し出がましい真似をしました。ありがとうございます」
リーネットはそう言って頭を下げると、素直に来客用の椅子に座った。
「それで、今日は何か用事があって来たのか?」
ラインハルトは来客用の紅茶を淹れながらそう聞いてきた。
「はい。今日は聞きたいことがあってきました」
リックもリーネットの隣の椅子に腰かけながら言う。
「聞きたいこと?」
「『六宝玉』についてです」
リックの代わりにそう答えたのは、リーネットだった。
「ふむ……」
ラインハルトは小さく唸ると、紅茶を入れる手を動かしながら言う。
「なあ、二人とも。確かにお前らはワシの作ったパーティで、ワシが過去に達成できなかった隠しボスの撃破を目標にしている。つまるところ、ワシやヤマトのやつの後を継ぐものというわけだ」
そう。『オリハルコン・フィスト』はこの老人、ヤマトと一緒に冒険の日々を過ごした伝説のパーティの一人であるラインハルトが作ったパーティである。
「だがな。前にも言ったがこれは『お前たちの冒険』だ。ブロストンのやつもそれは分かっているはずだろ?」
ラインハルトは『オリハルコン・フィスト』の創始者ではあるが、その活動にはほとんど関わっていない。『根源の螺旋』や『カイザー・アルサピエト』に関しての情報も、本当に最低限の知識はブロストンに教えたらしいが、それ以外は決して教えようとしない。
曰く、それはお前たち「今」の冒険者たちが見つけていくものだから、それこそが冒険だから。とのことである。
当然リックもリーネットもそのことは知っている。
しかし。
「それは分かっています。ですが、今回はそれでもラインハルトさんに聞かなければならないことだと思って」
そしてリックは騎士団学校での出来事を話した。
クライン学園長がリックたちしか知りえない『六宝玉』の非公開情報を知っていたこと。さらに『六宝玉』を体に埋め込んで自分の魔力を強化していたことなどをできるだけ詳しく。
「なるほどな……」
一通り話を聞き終わったラインハルトは顎に手を当ててそう呟いた。
リックは尋ねる。
「ラインハルトさん、ありえるんですか? 俺たち以外が『六宝玉』が非活性状態のときに魔力触媒として使えると知っているなんて」
「ありえないとは言えないが……いや、難しいだろうな。実際に『六宝玉』について詳しい知識を持っていたのは、パーティの中でもワシを含めた3人だしな。三人とも口の堅いやつらだった。それでもまあ、人の口には戸が立てられないものだが……」
ラインハルトは真剣な口調で続ける。
「そのクラインとやらは人体に『六宝玉』を埋め込んで魔力を向上させていたらしいな。それに関しては、ワシからするとまずありえないだよ。人体に『六宝玉』を埋め込んで利用するためにはある特別な術式を組み込む必要がある。それを知っているのはワシら「伝説の五人」のみ。正確には術式を書けるのは、『魔装姫神(まそうきじん)』と呼ばれた史上最高の魔道技師、ロゼッタのみだった。だか、アイツはもうとっくに死んでるしな。あの根暗の人嫌いは、弟子をとる性格でもねえし……なるほど、ワシに話したのはそういうことか」
リックは小さく頷いた。
「はい。おそらくですが……」
「ああ、そうだな。おそらく、ワシら『ヤマトの時代』に関わる何者かが裏で動いているのは確かみたいだ」
「心当たりが……あるんですか?」
「それなりには、な」
リックはゴクリと唾を飲んだ。
二百年前。英雄ヤマトの時代、長く続いた魔族と人間を始めとしたそれ以外の種族の戦いは、世界に荒廃と殺戮を満ち溢れさせていた。リックにとってはもはや神話のように感じる時代の影が、今こうして自分たちの前に姿を現し始めたのである。
「そうだな、ワシの方でも色々調べてみるか。ワザワザ教えに来てくれてありがとう、リックくんリーネットちゃん。自分たちのために情報を聞きに来たというより、ワシにこのことを伝えに来た意味合いが大きいんだろ? ワシは今の冒険者たちに干渉する趣味はないが、それ以上に今の冒険者たちに必要以上のちょっかいを出す輩が好かん。この時代の冒険は、この時代の冒険者たちのためにあるんだからな」
そう言ったラインハルトの瞳には強い光が宿っていた。
その時。
――ラインハルトさーん。お客さんですよ。
洞窟の外からゲオルグの声が響いた。
「む? 今日は客人が多いな。200年も生きてると、知り合いはそれほど残っていないものなんだが。いったい今度は誰が」
――HM出版の編集さんです。
「よし!! 逃げるぞ!!」
ラインハルトは地面をドンと叩いた。
「時の神の右手よ、我が行く末を示したまえ。空間の神の左手よ、その手で我を包みたまえ。神級神性魔法『ディメンション・コネクト』」
ラインハルトの触れた地面に魔法陣が出現し、次の瞬間その姿が消えた。
神級神性魔法。神性魔法の中でも『大陸正教会』の教皇クラスでなければ使えないとされる最高ランクの神性魔法である。
教会内では『神の御業』とされ。目の前でそれを見た敬虔な信者などは、恐れ多いと膝をついて祈りを捧げるものもいるとのことだ。
「最高レベルの神性魔法の宇宙一しょうもない使い方を見た気がするな……」
教会の人間たちも、まさか『神の御業』を原稿を催促に来た編集者から逃げるために使う人間がいるとは、夢にも思わないだろう。
ちなみに、『ディメンション・コネクト』は数十キロメートルの距離を一瞬で移動する大魔法である。編集者は編集者で大変だなと思ったリックであった。
□□□
「ふむ。やはり、ラインハルトのやつもそう思ったか」
ビークハイル城に帰ってきたリックは、ブロストンに一通りのことを話した。
「はい。まあ、一先ずそっちはラインハルトさんに任せておけばいいかなと思いました」
「うむ。そうだな。我々がするべきはまず残る四つの『六宝玉』を集めることだ。そこに集中しよう」
その時、ミゼットから声がかかった。
「おーい、リック君にブロストン。始めるでー」
ミゼットはテーブルの上に紙を広げて、さらにその上に緑色の『六宝玉』、『緑我』を置いていた。
これから、『六宝玉』の共鳴現象を利用して、次の『六宝玉』の在処を地図の上に描き出すのである。
リックとブロストンがテーブルの前に来たのを見ると、ミゼットは詠唱を開始した。
「十六方位の風、天地人の水、未来と現在と過去の光、放浪する我らの行く末に先達の一筆を賜らん。第六界綴魔法『アース・マッピング』」
ミゼットの魔力が『緑我』を伝い、魔力複写紙に流れていく。魔力の流れた部分に黒い線が現れ、見る見るうちに地図を描き出していった。
いくつもの川が流れる場所だった。中央に大きな建物が並ぶ区画があり、その周りを壁が囲っている。
リックはそれを見て、図書館で見たある国のことを思い出す。
「ああ、ここは俺でも知ってますね」
「はあ。なんや、ここかいな。もう帰ることも無いと思っとったんやけどな」
ミゼットはため息を吐いた。
魔力複写紙に写し出されたのは、リックは実際に行ったことはないが有名な国である。
二大国に次ぐ富を持つ、エルフ族単一種族国家『エルフォニア』。
ミゼット・エルドワーフの故郷である。
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