第70話 木と水と魔法の国

「しかし、『エルフォニア』かあ」


「なんや、リック君。思うところでもあるんか?」


 リックの呟きにミゼットが答えた。

 二人は現在、『六宝玉』が指示した次の『六宝玉』の在処であるエルフォニアに向かう馬車に乗っていた。

 『王国』を出て三日間、もうそろそろ到着するとのことだった。


「いや、学校で習ったきりだったんで。実際見るとどんなところなのかなって思ったんですよ」


 リックは国民学校時代に読んだ教科書の内容を思い出す。

 『エルフォニア』は現在、王国と帝国の二大国に次ぐ、第三位の富を持つ豊かな国である。第三位とはいえ、国の規模や人口を考えるとぶっちぎりで国民一人当たりの富が大きな国である。で、ありながら、立ち並ぶ家々は自然に生えた木を生かしたものであり、国土には多数の川が流れる。

 そんな国を守るのは、魔法能力を鍛え上げた、強力な魔法軍隊(マジックフォース)。貴族から選出される彼らは、世界最強の魔法兵と周辺諸国に恐れられる。

 人呼んで『木と水と魔法の美しい国』。それが、リックの知るエルフォニアだった。


「んー、そうやな。確かに木と水はアホみたいにそこら中にあふれとるが……」


 実際に『エルフォニア』で生まれ育ったらしいミゼットは、微妙な顔をしながら言う。


「美しいっちゅうのがどうもな。いや、確かに街並みは綺麗やと思うねんけど……」


 何か思うことでもあるのだろうかと、リックが尋ねようとした時。


「お客さん方、着きましたよ」


 入国管理門の前に、馬車が止まった。


「おっと。もう着いたか」


 リックとミゼットは馬車の主にお礼と謝礼を渡して降りると、門の入口前にある受付に向かう。


「王国のほうから、目的は観光や」


 ミゼットがそう言って、王国の発行する証書を受付の兵士に見せる。当然兵士はエルフだった。見た目は20代くらいの男のエルフである。もっとも、エルフの見た目の年齢を考えても意味がないかもしれないが。

 リックもミゼットと同じように証書を見せると、兵士は証書に魔力を通して何やら確認した後に「けっこうですよ。入国を許可します」と言って返してきた。


 リックはその兵士の態度に感心して言う。


「へえ。丁寧ですね。入国管理の兵士さんてもっと粗暴なイメージがありましたけど」


「そうですか。よその国はどうかは分かりませんが、我々『エルフォニア』が世界に誇る魔法軍隊は、末端構成員に至るまで全員が魔法と教養を身に着けた貴族で構成されています。貴族として、国を訪れる方に対しての最低限のマナーくらいはワザワザ教えられずとも身に着けていますよ」


 そう言って、エルフの兵士は穏やかに笑った。


「では、魔力測定をさせていただきます」


 エルフの兵士がテーブルの上に水晶石を置いた。

 リックは、げえっと苦みを潰したような表情になる。


「魔力測定ですか? なんでまた」


「『エルフォニア』は自然の多い国で同時に、自然災害も多い国です。非常時に魔力の低い人間を優先的に見分けて避難させるために国の内部にいる人間には、例外なく魔力を鑑定してその魔力等級が一目で分かるように、目印をつけさせてもらっています」


 なるほど。

 確かに災害に見舞われたときは魔力がある人間の方が、自力でなんとかできる場合が多い。それは納得したのだが。


「どうにもなあ」


 リックは嫌々ながら水晶石に右手をかざした。

 そして、魔力を与えられた水晶石が紫色に光った……光ったのだが……。


(あいかわらず、しょっぱい光だなあ)


 自分のことながら、リックは呆れてしまう。

 騎士団学校の時でもそうだったが、若いころに魔力を鍛えなかったリックの魔力量は冒険者登録ができる最低ライン。そもそもの魔力量の素養も低いほうであるため、水晶石の放つ光は小さなロウソクの明かり程度のものだった。

 これだけで測れない強さを持っていることは、いい加減リックも自覚しているのだが、恥ずかしいものは恥ずかしいのである。


「……ふん。冒険者というから少しはマシかと思ったが。こんなものか」


(あーほら、兵士の人も鼻で笑ってるし)


 というか、いきなり露骨に態度変わったな。

 さっきまではお役所仕事らしい最低限の丁寧さがあったが、今は視線だけでもリックを見下しているのが分かる。

 ミゼットがリックに耳打ちする。


(あれや。エルフ族は生まれつき魔力が高くて魔法を重んじる種族だから、魔力が高いやつが偉いみたいな文化があるねん)


 なるほど。

 まあ、リックに他所の国の文化を否定する趣味はないが、なんにせよ、あまり愉快な気分ではない。とっととこの場を去ることにしよう。


「もう大丈夫ですか?」


「ああ、大丈夫だ。これを腕に巻きつけておけ」


 敬語すら使わなくなってるのは気にしないことにした。

 リックに渡されたのは、黒いミサンガである。どうやら、魔力を編み込んだ特殊なものらしく、一度巻いたら専用の魔法を使わない限り切れない仕組みのようだった。


「身に着けたならさっさと行け。あまりいられても邪魔」


 ピキィ。

 と水晶石から音がした。


「え?」


「ん? どうしたんですか?」


 急に眼を丸くしたエルフの兵士にリックが尋ねる。


「あ、いやなんでもない。早く行け」


「へいへい、そうですかい。ミゼットさん、先に行ってますね」


 リックはそう言い残して、門の向こうに入っていった。 

 そんなリックには見向きもせず、エルフの兵士はヒビの入った水晶石を見て首を捻る。


「……いったいどうして?」


「そんな不思議がることちゃうと思うけどなあ」


 そう言ったのは残ったミゼットだった。


「どういうことだ?」


「魔力測定で水晶石にヒビが入ったってことは、注がれた魔力に耐えきれなかったってだけのことやろ?」


「何を馬鹿なことを言っている。奴の魔力量は最低レベルの第六等級。水晶石を割るには魔法軍隊や魔導士協会の最上位レベルの魔力量が必要なんだぞ」


「魔力量だけで割るならそうやな。でも、魔力には『質』っちゅうもんがある」


 ミゼットはそう言って、ヒビの入った水晶石に左手をかざした。

 魔力が送られ水晶石が光りだす。その光は先ほどのリックよりはいくらかマシだが、等級で見れば同じく最低レベルの第六等級であった。


「代表的なのは魔力が実際の物理現象に及ぼす力の強さを示す『干渉力』の数値やな。リック君に関しては(アリスレートにお遊びで殺されないために)無意識レベルに刷り込まれとるが、こうやって意識して『干渉力』の高い魔力を送ってやれば……」


 バキンと、水晶石が粉々に砕け散った。


「ま、こういうことやな。リック君なら意識してやれば水晶石を大爆発させられるんちゃうかな」


「……」


 あんぐりと口を開けてその場に固まってしまうエルフの兵士。

 確かにミゼットの言うことは間違ってはいないのだが、実際に第六等級で水晶石を破壊する『干渉力』となると、平均的なエルフ族の数十万倍の『干渉力』が必要になる。確かに、若いうちに伸ばすしかない魔力量とは違い、生涯に亘って鍛えられる要素と言われているが、そんなレベルの『干渉力』など聞いたことも無かった。


「あ、水晶石砕いてもうたな。光の強さは第六等級やったから黒いミサンガつけないかんやん、いやー、コリャ失敗」


 まるで後悔などしてなさそうなニヤついて顔で、ミゼットは自分の額をペシペシと叩いてそう言った。

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