第71話 交通事故

 無事に(入国ゲートの魔法石は無事ではなかったが)『エルフォニア』に入国したリックとミゼットは、大通りを歩いていた。


「ミゼットさんよかったんですか?」


「ん? 何がや?」


 リックは自分の隣を歩くミゼットを見下ろしながら言う。


「ミサンガですよ。ミゼットさんなら俺と違って文句なく最高レベルの『魔力量』でしょう」


「ああ、ええねんええねん。こんなもんただの飾りや。なんの価値もあらへんで」


 ミゼットは事も無げにそう言って手をヒラヒラと振る。

 入国管理の兵隊は緊急事態の時の人命救助で、魔力の低いものから助けるためと言っていたので、割と大事なものな気はするのだが……まあ、この手のことをミゼットに真面目にやれと言っても無意味なのは『オリハルコン・フィスト』においても、太陽が東から昇って西に沈むくらいの常識である。


「それにしても……」


 リックは『エルフォニア』の街並みを見回しながらそう言う。


「ホントに建物が天然の木を活かしてできてるんだなあ」


 国土のあちこちに生えている天然の大木に穴を掘った住居だけではなく、生活用水も近くの川から人が手で運んでくるようだった。『王国』の裕福な地域などは、魔力道具や魔法石をガンガンに使って少し魔力を籠めれば水が出るような仕組みを使っているものだが、そういった最新の技術が生かされた生活インフラはほとんど使われていないらしい。

 国民一人当たりの富が最も大きな国ということだが、暮らしぶりは自然と共にあるような古風というか低燃費なものである。

 道行く人々もそれほど小綺麗で煌びやかな恰好をしているというわけでもなく、炊事洗濯や土木作業や農業や狩りで少し汚れたり傷んだりした服を着ている。

 大自然の荘厳さを感じさせる景観は確かに見事だが、田舎出身のリックにとってもなんとも肌に合う雰囲気である。


「さて……まずは『六宝玉』について情報集めないとだな。ミゼットさんは地元ですし、どこか情報収集にいい場所を知ってますか?」


 リックはそう言って隣を歩くミゼットを見ようと目線を下げたが、そこにミゼットはいなかった。

 いつの間にか立ち止まって数歩後ろにいたのである。


「どうしたんですか?」


 リックが聞くと、ミゼットは右側を指さして言う。

 まさか……もう『六宝玉』に繋がる手がかりを発見したのか?

 ありえない話ではない。

 ミゼットは基本不真面目で女好きのどうしようも無い男ではあるが、ブロストンの議論についていける洞察力と頭の回転の速さは目を見張るものがある。おまけにここは地元とくればこの短時間で『六宝玉』の足掛かりを発見するのも……。


「あの、飲み屋の呼び込みの姉ちゃん、エルフなのにいい肉付きしとるで!!」



「は~い!! 『エルフォニア』名物の新鮮な魚介料理と、ビールが一杯200ルクですよ~!!」



「ミゼットさんに期待した俺が馬鹿でした、はい」


 やはり、ただの不真面目で女好きのどうしようもない男である。

 ミゼットの指さした方には、胸元の大きく開いたバニースーツを着た肉付きのいい女のエルフが、客の呼び込みをしていた。


「あ、お客さんどうですかあ~。今なら一杯200ルクですよお~」


 体つきや恰好だけでなく声もやたらと色っぽい呼び込みの女エルフは、ミゼットの食い入るような視線に反応してそう言ってきた。


「よっしゃあ!! お姉ちゃんがお酌してくれるなら、倍は払うでー」


 ミゼットは呼び込みの女エルフ目がけて一直線に、それはもう誘蛾灯に吸い込まれる蛾でももう少しは理性で躊躇する素振りくらい見せるんじゃないかというような迷いの無い足取りで走っていった。


「ちょ、ミゼットさん!! アンタ何しに来たか分かってるんですか!?」


   □□□


 リックたちが入った飲み屋『明日の友』は料理や酒を提供し、露出の多い制服を着た女性やカッコよく着飾った男性店員が給仕をしてくれる店らしい。料理や酒は安価な分、店員たちにチップをはずむのがマナーらしく客は男女問わずに店員にチップを渡していた。

 どうにもリックには慣れない店である。

 一応周囲の真似をして、1000ルクほど料理を運んできてくれた女性の店員にお礼と共にテーブルに置いて「どうぞ」と言ったが首を傾げられた。

 どうやら渡す時に多少ボディタッチをするのが普通なので、不思議に思ったらしい。

 まあ、リックとしても興味が無いわけではないが、やはり慣れない中ワザワザ無理してまで触りたいとは思わないのが正直なところだった。

 で、一方のミゼットはと言うと。


「なはははは!! そうかそうか、リンダちゃんゆうんやな。ええ、名前やなあ」

「ありがとうございまーす。あ、ミゼットさーん。グラス空いてますよ~、もう一杯持ってきますねえ」

「おう、気が利くやん」

「ミゼットさんがあ、素敵な人だからですよお~。小さいけど気前良くてカッコよくてえ、ついお世話したくなっちゃいます~」

「ええなあ、ええなあ。どれ、チップくれたるわ」

「本当ですかあ~。ありがとうございます~」

「あーでも、リンダちゃん両手塞がっとるなあ。しゃあないから、ここに挟んどいたるわ!!」

 そう言って、ミゼットは先ほど呼び込みをしていた女、リンダの谷間に紙幣を捻じ込む。

「きゃ~、ミゼットさんのエッチ~」

「なははははは、せやで~、ワイはエッチなんやでー」


「……ダメだあの人、早くなんとかしないと」


 リックは頭を抱えてそう言った。

 一瞬で誰よりも店の雰囲気に馴染んでしまっている。


「あ、でも、このパエリアは美味いな」


 リックが魚介類がふんだんに使われた料理を食べてそう呟くと、隣の席から声がかかった。


「そうでしょう、ここのパエリアは絶品なんですよ」


 声の方を見ると、キッチリとスーツを着込んだ人間で言うと四十代くらいの見た目のエルフの男がいた。


「はい、海の幸が身がしまっててホントに美味しいですね。この店のオーナーの方ですか?」


 スーツを着たエルフは、どうもこの店を利用する客層とはかけ離れた雰囲気を持っていた。形の整えられた髭を生やして物腰穏やかな雰囲気を醸し出しているところなど、いかにもな感じである。


「ええ、一応私も出資させてもらっている店でしてね。他の国から来たお客様にも満足頂いて嬉しい限りです。ああ、申し遅れました。私はモーガン・ライザーベルト、宝石商をさせていただいております」


「リック・グラディアートルです」


 そう言って、握手をしつつリックはふと思った。

 ん? 宝石商?

 もしや、これはチャンスでは?


「モーガンさん、これに心辺りはありませんか?」

 リックは懐から一枚の紙を取り出す。

 そこには意外にも絵が上手いアリスレートが描いた『六宝玉』の模写がある。

「これは……」

 モーガンは少し周囲を見回した後、リックに耳打ちする。

(正直に言いましょう。これがどこにあるか……私は知っています)

(本当ですか!?)

(ええ、少しここでは人が多すぎますね。一度出ましょう。お連れの方も一緒に……)


 これは、思わぬ僥倖である。ミゼットの不真面目さが、こんなところで功を奏するとは。

(まさか、狙ってたのか?)

 などと思いつつリックはミゼットに声をかける。


「ミゼットさーん。この人がアレの在処に心当たりが」

「あー、その辺、任せるわー。今どうしても手が離せへんねん物理的に」

 先ほどの呼び込みの女の乳を鷲掴みにし「きゃー、ミゼットさんだいたーん」などと言わせている。

 やはり、ただのダメ人間である。

 その乳に吸盤でもついてるのかと言いたかったが、この自由人には言っても無駄だろう。

 まあ、ミゼットは美形だし気前よく注文するしチップも弾むから、相手の女の方も嬉しそうなので問題はないのだろうが。むしろ、この場ではリックのような生真面目なところのある人間の方がお呼びでないのかもしれないが。

「……はあ、とりあえず俺だけでも話を聞きますよ」

「そうですか……分かりました。では一度店の外に」

 そう言って、リックとモーガンは外に出ていった。


   □□□


「しかし、お連れの方、豪快な方ですな。お名前はなんというのです?」


「ミゼットです。ミゼット・エルドワーフ」


「エルドワーフ?」


「どうかしましたか?」


「いえ、そのエルドワーフというのは……」


 その時。


「あ、危ないリックさん!!」


 モーガンが叫んだ。


「ん?」


 リックが後ろを振り向くと。

 大きな馬車が猛スピードで目前まで迫っていた。

 リックたちは道の端を歩いているので、これは完全に馬車の方の暴走である。そもそも、市中をこんな猛スピードで飛ばすのが常識的にありえない。

 周囲の人間もモーガンと同じように「危ない!!」と声を上げる。

 だが、あまりにも気づくのが遅すぎた。回避は不可能である。周囲の人々の脳裏には、次の瞬間馬に踏みしだかれ車輪に轢き潰されるリックの姿が浮かんだことだろう。

 しかし。

 リックをよく知る人間なら同じ「危ない」という言葉を叫びつつも、全く逆のことを考えたであろう。

 すなわち、危ないのは馬車の方であると。


 ゴシャアアアアアアアアアアアアア!!


 という激突音と共に、棒立ちのリックに突っ込んだ馬車のほうが暴走した馬ごと吹っ飛んだ。


「「「……は?」」」


 まるで、地中深くに埋め込んだ鉄柱に激突したかのような光景に、周囲の人々は何が起こったのか全く理解できなかった。

 なにせ、つい一瞬前までは馬車に轢かれてひき肉になると思われていた人間の方が。

「あちゃ~、大丈夫かな」

 などと、馬車の方を心配しているのである。

 モーガンは唖然とした様子でリックに尋ねる。


「り、リックさん。アナタいったい何者なんですか?」


「え? んーと、Eランク冒険者ですけど?」


「……」


 モーガンはリックに激突して吹っ飛んだ馬車の方を見る。

 完全に大破していた。横転して浮いた車輪がクルクルと空転している様が絶妙な哀愁を漂わせている。


「……『エルフォニア』にも冒険者ギルドはありますが、それは無いと断言させていただきます」


「いや、嘘は言ってないんですけど……」


 全然信じてもらえなかったリックであった。

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