第68話 ラインハルト・ブロンズレオ
リックとリーネットは、山道をズンズンと足音をさせながら歩くゲオルグの頭の上に乗っていた。
――いやー、リックくんもリーネットさんも相変わらず元気そうで何よりだよ。
穏やかな声でそう言うゲオルグにリックが答える。
「ゲオルグさんも、お変わりなさそうで何よりです」
「ラインハルト様の方はお元気でしょうか?」
リーネットの問いにゲオルグが答える。
――まあ、相変わらずだねえ。あの人は。
その時だった。
「な、なんだ、ありゃあああああああああああああ!?」
地面の方から叫び声が上がった。
リックがそちらの方に目をやると、どうやら冒険者パーティらしき4人組がゲオルグの方を見ていた。
彼らは皆、ゲオルグの姿を見て驚き慄いていた。
そんな四人に、ゲオルグは言う。
――ああ、君たち、驚かせちゃってごめんね。僕は君たちに危害を加えるつもりなんてな
「ま、まさか、最近この辺りに現れると噂されていた『泥の魔物』か!!」
「これがあの『泥の魔物』か!? 確かに、話に聞いていた通り全身にどす黒い泥をまとってやがる!!」
――あの、これは体毛の模様であって泥ってわけじゃ。
「まるで、この世の穢れを全て集めたかのような禍々しさだ……」
「聞いた話じゃ、あの泥に触れると全身が爛れて腐っていくらしいぞ!! 気をつけろ!!」
――うう、酷い言われようだ……。
(あ、落ち込んだ)
ゲオルグはがっくりと項垂れ、リックたちの乗っている頭の位置が下がった。
まあ、ゲオルグには悪いが、正直な話、冒険者たちの反応は正常である。
ゲオルグの見た目は怖い。それはもう尋常ではなく怖い。
禍々しい顔面と鋭い眼光、300m級の巨体、さらに全身を覆う泥でも被ったかのような模様の体毛。リックも初見の時は恐怖で意識を失った。
ちなみに、見た目は禍々しい泥でも被っているように見えるゲオルグの体毛であるが、それはあくまで模様がそう見えるだけであり、実際はフカフカしていて非常に手触りがいいし、ゲオルグは水浴びと日光浴が大好きなため非常に清潔に保たれていて陽だまりのような匂いがするのである。
しかし、まあ、そんなことは初めてゲオルグを見た冒険者たちにはあずかり知らぬことである。
「クソおおおおお!! くらえ化け物め!!」
冒険者の一人、魔法使いの男が杖をゲオルグに向けた。
あ、ヤバい。とリックは内心思ったがすでに遅かった。
「第三界綴魔法『フレイム・イリミネート』」
魔法使いの手から炎の塊が放たれる。
なかなかの威力である。Fランク試験で見たあの神童(笑)と同じくらいの威力だろうか。
しかし、その炎がゲオルグに命中する瞬間。
パシュン。
という音がして、魔法使いの放った炎が180度向きを変えた。
「へ?」
――ああ、ぼーっとしてないで避けないと!!
素っ頓狂な声を上げてその場に固まる魔法使いにゲオルグは言うが。
「ぐわああああああああああああああ!!」
魔法使いは自らの放った炎に吹き飛ばされて地面を転がった。
「あちゃー」
リックは額に手をやった。
これが、最強種ブラック・ドラゴンの唯一の生き残りであるゲオルグの特別能力『
しかもこの能力は常時発動しており、ゲオルグ本人の意思は関係なく問答無用で反射してしまうのだ。
よって。
「くそ!! あのドラゴン攻撃してきたぞ!!」
こういう誤解が生まれる。
――え、いや、今のは君たちの攻撃で。
「クソおおおおお!! 化け物め!!」
「ば、馬鹿止めろ。俺らが倒せるモンスターじゃねえ!!」
「に、逃げるぞ」
四人の冒険者たちは我先にと、山道を引き返して逃げていった。
□□□
――ねえ。僕ってやっぱりそんなに怖いかな……。
ゲオルグはリックたちを乗せてとぼとぼと歩きながらそんなことを言った。
重量があるため一歩進むたび地響きだけは地震のごとく周囲に響くが、足取りはどこか力ない。露骨に落ち込んでいた。
「え、ああ。いやー、どうなんですかねー」
リックは言葉を濁す。
正直に言えばメチャクチャ怖いのだが、それを言うのはためらわれる。
その時。
「私は怖くありませんよ」
リックの隣にいるリーネットが口を開いた。
「ゲオルグ様は私が唯一恐怖を感じなくてすむ、本当に優しいドラゴンです」
そう言って、ゲオルグの頭の毛を撫でる。
「……リーネット」
リーネットは言葉を飾らない。率直で素直である。
だからこそ、その言葉は心に染みわたる。二年前のリックのように。
ゲオルグはしばし沈黙していたが、やがて少し照れくさそうに言う。
――リーネットさん。ありが
「まあ、見た目が怖いのは間違いありませんが」
ゲオルグが再びガックリと項垂れた。
――ははは、やっぱりそうだよね。うん、分かってるんだ。分かって……うう、グスン。
(リーネットぉ!!)
とリックは心の中で突っ込んだ。素直で率直過ぎるのも考えものである。
そんなやり取りをしているうちに。
――ああ、着いたよ。
そう言ってゲオルグが鼻先を向けたのは岩に囲まれた洞窟だった。
――ラインハルトさーん。お客人ですよー。
「――来たか」
掠れているはずなのにまるで体の芯に響くような力強い声が響き、洞窟の中から一人の人間が出てきた。
80歳は超えているであろう老人。でありながら堂々たる体躯の男だった。
身長は195cmほど、細身でありながら金属の繊維を束ねたかのようなしなやかで強靭な筋肉がついた一切の無駄がない体つき。赤銅色の長い髪は風にたなびき日光を受けて輝き、一種芸術的な雰囲気さえも漂わせる。顔立ちは年齢により深く皺が刻まれてなお、生気が滾り若々しく雄々しく男の色香を漂わせるほどに整っている。
この男こそ、大陸最強パーティ『オリハルコン・フィスト』の創始者であり、今や神話にすら等しいあの物語に登場する『伝説の五人』の一人、ラインハルト・ブロンズレオである。
まさに生ける伝説であるその男は無造作に地面を蹴ると、その体がまるで重力から解放されたかのようにフワリと浮いた。
そのまま、水中を泳ぐかのような動きで宙を移動し、ゲオルグの前の地面に音もなく着地する……寸前に。
「すいません!!!!!! マジですいません!! 締め切りはもう少し待っていただけないでしょうかっっっ!!!!!!!!」
土下座の姿勢になり着地と同時に、地面にズリズリと頭を擦り付けた。
「いや、ここなら催促に来れないだろうって思ったわけじゃなくてですね。もう大体は原稿は書き終わってて、いやむしろ実質完成してまして。ただ、ちょっと、ちょ~~~~っとだけ修正しておきたいところがあってですね。いや、ホント、実はまだ半分も終わってないとかそんなわけ無いじゃないですかハハハハハハ……」
勝手に一人で言い訳を語りだす80過ぎたオジサン。その姿に先ほど感じた強者の威厳は欠片もなかった。
ラインハルト・ブロンズレオ。元Sランク冒険者、現在の職業は作家。
大陸の人間なら誰もが一度は読んだことのある冒険譚『英雄ヤマトの伝説』の著者である。
リックは『相変わらずだなこの人は』とため息をついて言う。
「ラインハルトさん。お久しぶりです」
「……へ?」
間の抜けた声を上げて顔を上げる。
そして、目をパチパチとさせながらリックと隣にいるリーネットの顔を交互に見た。
「……」
ラインハルトはしばし沈黙した後、ゆっくりと立ち上がると服に着いた土を払った。
そして、腕を組んで、鷹揚にうなずいた。
「うむ……よくきたな、リックくんにリーネットくん。リックくん、鍛錬は弛まず続けているか?」
「『うむ……』じゃねえよ!! 今更威厳出そうとしても手遅れだわ!!」
リックのツッコミがエスカリット山脈に響き渡った。
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