エルフォニアグランプリ編

第67話 二人のメンバー

 エスカリット山脈は大陸の二大大国『王国』と『帝国』の間にある、大陸でもっとも登頂が危険な山脈である。

 標高はそれほど高くないが、傾斜が激しく気候の変動が激しい。そして何より、出現するモンスターのレベルが尋常ではないのである。

 しかし、ここを越えることができれば二大国への最短距離であり、行商人たちの中には危険を冒してでもこの山を登ろうとするものが後を絶たなかった。

 『ドラゴノート』商会帝国支部の一行もその中の一つだった。

 近頃、『王国』で魔法石が大量に買われているという動きを嗅ぎつけ、どこよりも早く『帝国』産の質のいい魔法石を『王国』で売りさばくために、危険を覚悟してのエスカリット山脈越えに踏み切ったのである。

 腕のいい冒険者を護衛に雇いはしたがやはり出現するモンスターは強く、四日目にしてすでに四名の重傷者が出ている状況である。

 だが『王国』まではあと三日すでに半分を過ぎた。さらに今日を越えればここからは下り道である。

 そう思っていた一行だが、護衛の冒険者が言う。


「今日が正念場だぞ。エスカリット山脈の最大標高付近は特にモンスターたちが強力で凶暴だ」


 護衛は四十代の屈強そうなAランク冒険者であった。

 Aランク冒険者は軍隊に匹敵するレベルの戦闘能力を有する強者である。その男をもってしても気を張り詰めざるを得ないという事実に、商人たちはただただ恐怖に身をすくませるばかりであった。

 しかし。


「……出ませんね。モンスター」


「……出ないな」


 すでに頂上付近であるにもかかわらず、モンスターは一匹も姿を見せなかった。

 商人たちはこれ幸いとほっとした様子だが、冒険者にとってはどうにも首をかしげざるを得ない状況だった。


(……いったい、どうなっているんだ? 前に来たときは一キロ進む間には一度はモンスターに遭遇したはずなのに)


 冒険者は急に降ってわいた安全な旅の時間を、違和感に首をかしげながら過ごすことになったのであった。

 結局その日、エスカリット山脈の山道にモンスターは現れなかった。


 冒険者や商人たちは知る由もないが、この異常事態の原因は彼らの少し先を歩いていた二名の存在によるものである。

 一人は人のよさそうな三十代の男、もう一人見目麗しいダークエルフのメイドだった。

 エスカリット山脈の頂上付近に住むモンスターは、強さだけでなく危機察知能力にも優れている。激しい気候の変動や食物連鎖の中で生き残るには、必須の能力だからである。

 そんなモンスターたちは、その二人の姿を見るなり一斉に飛びあがった。

 彼らの本能が「ヤバい」と大音量で警告を鳴らしたのである。

 モンスターたちは一目散にそれぞれの住処に戻り、まるで嵐が過ぎるのを待つかのように身をすくめてじっと息を殺すことになった。


   □□□ 



「相変わらずあの人は、厄介なところにいるなあ」


 リック・グラディアートルはリーネットと共に山道を歩きながらそんなことを呟いた。


「まだここにいると決まったわけではないですが、時期を考えるとおそらくここにいるかと思います」


 隣を歩くのは相変わらずメイド服のダークエルフ、リーネットだ。

 二人は大小五つの山々からなるエスカリット山脈の中でも、最もモンスターの危険度が高いとされるトルバドール山を登っていた。

 目的は一つ、ここにいる『オリハルコン・フィスト』のメンバーに会うためである。

 登っていくにつれて道が整備されていない激しい傾斜や障害物の道になっていくが、『身体操作』の達人であるリーネットはもちろん、リックもまるで散歩でもするかのようにスイスイと登っていく。ポケットに手を入れながら崖を垂直に歩いて登る様など、傍から見れば自分の目がおかしくなったのではないかと疑わざるを得ない光景だろう。

 しばらく、そうして登っていると大きな川が流れる開けた草原に出た。


 その時だった。


 ――タチサレ

 

 まるで地獄の底から噴き出してきたかのようなおどろどろしい声が、どこからともなく聞こえてきた。

 そして。

 突如上から降ってきた巨大な黒い影に、リックたちの視界が真っ黒に染まった。


 ――イマスグニタチサルノダ。


 黒い影の正体は巨大なドラゴンだった。

 全長は300mを超え、鋭い眼光と巨大な牙と爪は分厚い盾もバターのように貫くだろう。

 だが、何より目を引くのはその全身を覆う黒い体毛であった。まるで、全身に泥でも塗っているかのような禍々しい模様をしており、そこから濃密な魔力が放たれているのが分かる。

 もしこの場に、普通の冒険者がいたら自らの目を疑ったことであろう。

 モンスターの中で、最強の種族と呼ばれるドラゴンは約二十種類がいると言われているが、その中で最上位種と呼ばれる二種、ブラック・ドラゴンとホワイト・ドラゴンはすでに500年前に絶滅しているはずなのである。

 だが、目の前のドラゴンは紛れもなくブラック・ドラゴン。絶滅したはずの最強のドラゴンが目の前に現れたのだ。

 しかし。


「お久しぶりです。ゲオルグさん」


 リックは軽い調子てそう言って手を振った。


 ――あ、リックくん? リーネットさんも。久しぶりだね。こんなとこまでどうしたの。


 最強のドラゴンは物凄く穏やかな口調でそう言ってきた。

 そう、このドラゴンこそ『オリハルコン・フィスト』のメンバーの一人、『最後の黒龍』ゲオルグである。

 リックはゲオルグを見上げながら言う。


「先生に……ラインハルトさんに聞きたいことがあって来ました」


 そう、リックたちがここに来た目的は一つ。『オリハルコン・フィスト』の創始者にしてリーダー、ラインハルト・ブロンズレオに会いに来たのである。

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