第66話 騎士団学校 後日談 リックの去った後 2

「つまり、アルクくん……いや、アルクさんとヘンリーくんが部屋でいちゃついてて入りにくいから、休むために医務室のベッドを貸してほしいわけね」


「そうっす」


「まあ、構わないけどその前に、ガイルくん怪我してるじゃない」


 ガイルの体にはあちこちに擦り傷や痣があった。


「こんくらい平気っすよ」


 しかし、ガイルはなんでもないというように自分で傷の部分をペチペチと叩く。

 それはそれで、非常に逞しくて結構なことなのだが。


「そうはいかないわよ。ほら、いいから来なさいな」


 そう言ってジュリアはガイルを椅子に座らせると、全体的に回復魔法をかける。


「それにしても、授業も無いのにこんなに傷だらけになって」


「でも、自分に力がついてくるのは楽しいっすよ」


 そう言って無邪気に笑うガイルの顔は、ジュリアに弟を思い出させた。

 あの子も傷だらけになりながら楽しそうに笑っていたものだ。


「それに、強くなるためならこんくらいはしないと。むしろ、こんなくれえじゃ全く足りないっすね」


 そう言って自分の手を見つめるガイル。


「……何か不安でもあるのかしら?」


「え?」


「ちょっと暗い顔してたわよ」


「そ、そうっすか? いや、参ったな」


 ガイルは頭を掻くと声を先ほどまでより低くして語りだした。


「……俺はここ入る前、地元じゃ誰よりも強かったんすよ。小さいころから喧嘩じゃ負けなしで、領地のチンピラたちは全員下につけるくらいには。だから騎士団入っても一番つええ騎士になって、沢山の部下を従えてやろうと思ってた」


 でも、とガイルは言葉を区切って続ける。


「実際に入ってみると、俺は周りより『ちょっと』強いだけ、ってことを思い知ったんだよな。皆訓練受けてどんどん強くなっていくし、腕っぷしだけでも俺より強くて勉強もできる奴だっている。それに……本当に上の方には、どう戦ったらいいかも分らねえような化け物たちがいた」


 そう、ガイルはもう身をもって知ってしまったのである。特等騎士のクラインや自分の師匠であるリックのように、世の中には途方もない強者がいるということを。ガイルが騎士団学校に入る時に考えていた『一番つええ騎士になる』というのは、そういう連中のレベルに並ぶというのが最低条件である。そこまで行かなければそもそも比べる対象にすらなれないのだから。

 それは今のガイルにとっては、あまりにも途方も無いことだった。いったいどうやってどれだけ鍛えればあのレベルになれるのだろうか。


「だから、怖いんすよ。努力ならいくらでもするつもりだけど。もしかしたら、どんなに頑張っても自分はあの人たちみたいにはなれねえんじゃないかって」


 目指すべき場所があまりにも遠くにあり過ぎるから。

 どんなに気概を持っていても不安になってしまう。


「……なるほどね」


 ジュリアは、ふうとため息をついた。


「確かにどんなに綺麗ごとを言っても、世の中頑張っても報われない人はいるものね。自分はもしかしてそういう人間なんじゃないか、って不安になるのも無理はないことよ」


 実際、誰よりも騎士になりたいと情熱を持っていた弟は、病には勝てなかったのだから。


「でもね……」


 ジュリアは回復魔法で回復しきらなかった部分に消毒をして包帯を巻きながら言う。


「やるだけやってみる権利は誰にでもあると思うわよ」


「……」


「報われるか報われないかは分からないけど、報われる人は皆努力してるんだから。それに、不安になるのは真剣に頑張ってる証拠じゃない。そこまで強く目標を目指せる熱い気持ちは大事にしたほうがいいと私は思う。精一杯挑戦しなさいよ、青少年。ここにいる間は怪我したり弱気になったりしたら面倒見てあげるから」


 そう言ってジュリアはガイルに微笑んだ。

 あまり、自分は穏やかで可愛げのある顔立ちではないが、なるべく安心してもらえるといいなと思う。

 ガイルは目をパチパチとさせ、しばらくジュリアの方を見つめた。

 やっぱり、自分に笑顔は似合わなかったか? などと思っていたら。


「……惚れたぜ」


「ふぁい?」


 あまりにも予想外のガイルの言葉に、思わず声にならない声を上げるジュリア。


「ジュリア先生。学校にいる間だけとは言わねえ。ずっと俺の面倒見てくれよ」


 急に妙な冗談を言い出す生徒である。最近の若者は皆こんな感じなのだろうか。


「いやでも、私大分年上よ。アナタ貴族の息子だし、後でもっと若くて愛想のいい子がいくらでも選べるわよ」


 しかし、ガイルの目は淀みなく真っすぐにジュリアの方を見ていた。

 ……あ、うそ、この子本気で言ってるわ。


「関係ねえよ。情熱を大事にしろって言ってくれたのはジュリア先生じゃねえか」


「いや、まあ、そうだけど……」


「つーことで、明日から毎日ここ来るわ。じゃあな先生!! 怪我の手当てサンキュー!!」


 ガイルはそう言って椅子から立ち上がると、意気揚々と医務室から出ていった。

 ベッドを借りてひと眠りするという当初の目的は、すっかり忘れてしまったようである。

 ジュリアは、ガイルの出ていったほうを見ると、しばらくポカンと口を開けていたが。


「……ふう。若いってすごいわねえ」


 と、一言だけ呟いたのだった。

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