第48話 競うな!! 持ち味をイカせッッ!!

 ガイルはニヤリと笑った。

 自慢の怪力を容易く受け止められたはずなのに、である。

 その様子に警戒心を強めるマリーア。


(……何か策がある?)


 力押しだけではマリーアに勝てないことは、先ほど証明されたばかりである。ならば、それ以外の作戦があるということか。


(例えば、遠距離から攻撃できる界綴魔法を持っているとか……)


 ガイルは剣を一度中段に構え、ゆっくりと振りかぶると。


「だらあああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 先ほどまでとまるで変わらず、全速力で突進してきた。


(さ、策はなかったーーーー!!!!?)


 あまりの、脳筋っぷりに逆に意表を突かれて防御が遅れかけたマリーアだったが、そこはさすがの二等騎士である。

 間一髪、刀身の根元で一撃を受け止める。

 当然、『衝圧分散』によって力を分散させられたガイルの一撃は、金属の激突音すらなく受け止められる。


「はあ、分からない子ね」


 マリーアはため息をつきながらそう言った。


「あん?」


「言ったじゃない。力押しは通じないって。確かに大した馬力だと思うけど、勝負というものは一芸だけでどうにかできるものじゃないわ。他の技術も身に着けて戦術の幅を広げなければ三流の域を超えられないわよ」


 『衝圧分散』を駆使する近接戦闘を得意とするマリーアも、他にも数種類の戦い方のパターンを持っている。『たった一つでも誰にも負けないものがあれば』、確かに魅力的な言葉ではある。

 だが、戦いというものは複雑で厳しい。たった一つの武器だけで、どうにかできるモノでは……。


「ふっ、はははは」


 再び笑うガイル。


「何がおかしいの?」


「『固執するのは良くない』『他の技術も身につけろ』『戦術の幅』……か」


 ガイルは大きく息を吸い込む。

 そして。


「だらあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!」


 ガイルの咆哮が闘技場に響き渡った。

 その太い腕がさらに大きく力こぶを作り出す。


「っ……!?」


 ギリギリと、ガイルの剣がマリーアの剣を押し込んできた。

 徐々にガイルの剣が迫ってくる。

 マリーアも目一杯抵抗しているが、まるで馬車馬と押し合ってるかのような強烈な圧力に全く止められる気がしなかった。


(この子、まさか衝圧分散の弱点に気づいた?)


 衝圧分散はあらゆる物理的な衝撃を分散させる魔法だが、実は攻撃が当たる瞬間の力を逃がすことは得意でも、接触してから加えられる力に対しては分散能力が落ちるのである。


(そうはいっても、力を分散することには変わりない……なのに……なんなのよ、この圧力は!?)


「へへへ……」

 

 ガイルはリックとの訓練中の会話を思い出していた。


   ■■■


「なあ、リックの兄貴」 


「ん、どうしたんだ?」


 ある日の訓練の最中に、ガイルはリックに質問した。


「兄貴に教えてもらってる『体力』と『身体操作』基礎のトレーニングは、俺自身すげえ手ごたえがあります。日に日に俺のパワーが上がってきてる体感もあるんです。けど……」


「けど?」


 ガイルは少し言い淀んだ後、続けた。


「その……俺もそろそろパワーだけじゃなくて搦め手? っていうんですかね。『界綴魔法』とか敵の力を利用する技術とかそういうモノを身につける工夫をしたほうがいいんじゃないかと思って」


 ガイルが思い出すのは、ワイト主任教官との模擬戦のことであった。

 地元のケンカでは無敗を誇り、絶対の自信を持っていた自らのパワー。しかし、リックはまだしもワイト主任教官にも当たり前のように防がれ、逸らされ、一方的に敗北した。

 日頃は楽天的なガイルも、さすがに自らのフィジカルに自信を失いかけていた。

 しかし、そんなガイルに対してリックが言った言葉は意外なものだった。


「そういうのはなガイル、パワーで行けるところまで行ってから考えればいいと思うぞ」


「え?」 


「必ずその時は来るだろうけど、間違っても今はその時じゃない。小さくまとまるなよ。お前のパワーはお前が今までずっと背中を預けてきた相棒だろ。工夫をするならまずは相棒の力を最大限に引き出す工夫をしてやれ」


   ■■■


 ギリギリとガイルの剣がマリーアを押し込んでいく。

 入学してからのトレーニングでさらに向上した筋力。

 苦手ながらも地道に練習してきた『身体強化』はさらにその筋力を上昇させる。

 リックとの訓練で養った地面を真っすぐ踏む感覚は確実にその筋力が生み出した力を地面に押し込み、反発で足から股関節へ、股関節から腕へ、そして自らの持つ剣に伝える。

 ケンカで培った実践勘は、こちらの力をそらそうとしてくる敵の動きを正確に察知し、ガイルも剣の角度を変えて逃さない。

 そして……


「行くぜ。切り札!! 強化魔法『豪拳』」


「なっ!?」


 魔力によって上半身の筋肉を瞬間的に強く収縮させる強化魔法である。


「押してダメなら、もっとパワーを上げて押し通す!! 防げるもんなら防いでみやがれえええええええええええええええええええええええええ!!」


 再び咆哮。

 ガイルの剣はあっという間に、マリーアの剣を押し切り。


 『衝圧分散』に守られた体ごと弾き飛ばした。


 凄まじい勢いで地面を転がるマリーア。

 マリーアの体は闘技場の地面を10m以上転がってようやく止まった。


「ぐっ……」


 すぐに起き上がろうとするが、あまりの衝撃になかなか起き上がることができない。

 そして何よりも、マリーアが倒れている場所は闘技場の地面に書かれた枠の外であった。

 つまり場外。ガイルの勝利である。

 周囲から歓声が上がった。


―マジかよ。

―ガイルの奴、二等騎士に勝っちまったぞ。


 クラスメイトたちの驚きも当然である。リックのような周囲から「アイツ色々おかしい」と思われている人間ならまだしも、常識で考えれば二等騎士と新入隊員の六等騎士の力の差など歴然。三人がかりでも相手にならないのである。

 クラスメイトたちはここに至り、ある認識を持ち始めていた。

 もしかしてリックだけでなく、504班は化け物の巣窟なのではないだろうか。と。

 ガイルは右掌を出しながら、ルームメイトたちの方に戻ってきた。


「勝ってきましたぜ、兄貴!!」


「ああ!! いい踏み込みだった」


 ガイルとハイタッチするリック。


「おめでとうございます!!」


「おう、ヘンリーも次、勝ってこいよ!!」


 ヘンリーも右手でガイルの手を叩く。


「……さってと」


 ガイルは二人から少し離れた位置に立っていたアルクの前まで来て言う。


「おい、アルク!!」


「ん、何だ?」


 ガイルは前に出した右手を、ヒラヒラさせながら言う。


「ハイタッチだよハイタッチ」


 アルクは首を傾げた。


「それは、何か意味があるのか?」


「あれだよ。友情パワーが湧いてくんだろ?」


「理解に苦しむな。意味があるようには思わない」


「はあ、まったく。すかした野郎だなあ……まあ、お前らしいけどよ」


 ガイルは肩をすくめて、笑いながらそう言った。


   □□□


 さて、模擬戦の次鋒はヘンリーである。


「はあっ!!」


「えい!」


 敵の女二等騎士の打ち込みを、両手に持った剣で何とか受け止めるヘンリー。


(よし、戦えてる!!)


 ヘンリーは敵との距離を取りつつ、内心で手ごたえを感じていた。

 二等騎士である相手の打ち込みにも、ふらつきながらもなんとか耐えられている。以前のヘンリーであれば軽く吹っ飛ばされていただろう。


「あとは、リックさんから教わったアレを打ち込む隙を……」


 リックから言われたのは「敵をよく観察しろ」ということだった。

 身体能力で劣る分、敵をよく観察し隙を見つけろ。特に注目するべきは膝。地面を蹴って移動をするのだから、敵が動くときは必ず膝を曲げるのである。

 ヘンリーは敵を観察し、こちらに切り込んでくる瞬間を伺う。


(……っ!! 今!!)


 敵の膝が沈んだ。ヘンリーも少し身をかがめて飛びだす用意をする。

 先ほどから相手の打ち込みのスピードは計っていた。このタイミングでこちらが飛び込めば、相手の攻撃をかいくくりながら懐に潜り込むことができる。

 そう思った刹那。


「強化魔法『瞬脚』!!」


 相手の女二等騎士の体が、急激に加速した。

 『瞬脚』は瞬間的に脚部の筋肉を収縮させて高速移動する強化魔法である。

 スピードをのせて横薙ぎに打ち出された女二等騎士の剣が、ヘンリーに襲い掛かる。


「しまっ!!」


 急激な加速によりタイミングをずらされたヘンリーの防御は間に合わなかった。


「ぐうっ!!」


 胴に訓練用の剣による一撃を受けたヘンリーはその場に蹲る。


「ヘンリー!! 動きを止めるな! 追撃が来るぞ!!」


 ガイルがそう声をかけるが。


(い、痛い……)


 ヘンリーは動くことができなった。


(怖い……)


 蹲る自分に向けて迫ってくる女二等騎士、その姿から連想するのは二か月前の模擬戦。

 苦しい痛い、やめてやめて。でもやめてくれない……


「あ、あっ……」


「ふう。戦意喪失早いわね『瞬脚』!!」


 再び、女二等騎士の体が加速。蹲るヘンリーに回し蹴りを食らわせ、場外に押し出した。

 勝負あり。ヘンリーの負けである。


「悪いわね。簡単には訓練生に負けてられないのよ」


 そう言って、さっさと自陣に引き返していく女二等騎士。

 その背中をヘンリーは膝をついたまま見送る。


(また、負けた……)


「大丈夫か?」


 そう声をかけられてヘンリーが顔を上げると。


「惜しかったなヘンリー」


「え? アルクさん?」


 アルク・リグレットがヘンリーの方に手を差し出していた。


「タイミングの予測は完ぺきだったぞ。立てるか?」


「は、はははい」


 ヘンリーは緊張しながらも、その手を取ってヨロヨロと立ちあがった。


「やあ、アルクさん」


 そこに一人の男がやってきた、皺だらけの温和そうな顔をした壮年の男。

 学校校長のクライン・イグノーブルである。

 アルクは驚いて言う。


「校長、なぜここに?」


「なぜも何も、私が長を務める学校ですから、様子を見に来るのは当たり前ですよ。それよりも、アルクさん」


 校長はアルクの肩を叩いて笑顔で言う。


「観客席で見てますよ。まあ、相手は一等騎士ですから厳しいかもしれませんが。日頃の訓練の成果、存分に見せてくださいね」


 アルクは敬礼しながら言う。


「はい、必ずや期待に応えます」


「うんうん。期待してますよ」


   □□□


 一方、王族警備部隊の方ではペディック教官が、苛立った声を出していた。


「おい、頼むぞお前ら。できる限り504班をいたぶってくれと言ってあるだろ!! あんなにすぐに終わらせたら何のために呼んだのか」


「そうは言ってもさあ、ペディック」


 騎士団学校の同期である女二等騎士は気やすい様子で言う。


「私の前に戦った子があれだけ強かったんだから、遊んで戦うなんてキツイわよ」


「むう……」


 ペディックは唸った。


「だが、シュライバー。俺たちの世代首席のお前なら問題ないだろ」


 ペディックがそう言ったのは警備部隊のリーダーである、シュライバー。

 彼は闘技場の中央に向かいながら言う。


「首席か嫌味なやつだ……まあ、お前の目的など知らん。俺はただ後輩たちと手合わせをしたくて来ただけだ」


「なっ!! シュライバー貴様!!」


「まあまあ、ペディックよお」


 そう言ってペディックの肩を叩いてきたのは一等騎士のガンスである。


「俺様が、キッチリ大将務めてるおっさんを痛ぶってやるからよお」


 笑いながらそんなことを言うガンスだったが、彼の戦う相手のことを考えるとペディックはしぶい顔をするばかりであった。

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