第84話 トラウマ

 世界で三番目の国富を持ち、国民一人当たりの富に関しては世界一を誇るエルフォニア王国の王都は、まさにその富が集約されたような街並みである。

 ほとんどの建物が贅を凝らして装飾され、通りかかる人々の身に着ける衣服も格調高い高級品である。

 特に王族であるハイエルフ家の住む王城は、カーペットから壁に賭けられた燭台一つに至るまで、全て格調高い最高級品で揃えられていた。

 ダドリーが呼び出された第一王子エドワードの私室も例に漏れず、同じ貴族でなおかつ一流のレーサーとしての稼ぎもあり、かなり豊かな暮らしをしているダドリーから見ても、いったいこの部屋だけでいくらかかっているんだと恐ろしくなるような豪華絢爛で広すぎる部屋であった。


「まあ、腰かけてくれたまえ」


 テーブルをはさんで向かい側のエドワードが優雅な仕草で、ソファーに腰掛けながらそう言った。


「は、はい。失礼します」


 そう言って、ダドリーもソファーに腰掛ける。緊張はしているがディーンほどではないが、ダドリーも貴族だけあってその動作は丁寧で品がある。

 ちなみにディーンはこの場には、ある事情があって入れないのでこの私室にいるのは二人だけである。


「では、単刀直入に」


 エドワードはスッと足を組んで言う。


「近頃下界で流行っている、愚民共のカスみたいに不届きな運動についてだ」


   □□□


 レースから数日後。

 『エルフォニア・グランプリ』への出場が決まったリックはミゼットと一緒に街を歩いていた。

 朝のトレーニングを終えたリックがどこか食事をとるところを探していると、やることがなくて適当にその辺りをプラプラとしていたミゼットと会ったので一緒に食事をしようということになったのである。

 ちなみに二人の宿は別である。リックは適当に食事の出る宿を探して泊まっているが、ミゼットは初日に仲良くなった酒場の店員のところに泊まっているようである。一日でヒモになるとは大したものだ、と一瞬思ったが、そういえば酒場であのバニーガールの子にそれこそリックの宿なら三か月は泊まれるような凄まじい額のチップを払っていたので、単純にヒモとは言えないのかもしれない。


「そういやリックくん。聞いたかルール変更の話?」


「はい。ボートから降りて抱えて走るのが禁止になったみたいですね。数日でルール改正が入るのは結構手早いですね」


 正直、リック自身。あれはいくら何でもボートレースではないと思っていたので、禁止されても仕方ないという思いである。


「やったら次から禁止にされるのは分かっとったから、できれば足漕ぎペダルだけで勝って本戦の時に使いたいなと思ってたんやけどねえ。まあしかし、リック君以外誰に適用するねんっていう禁止事項やな」


 魔力を消費して水の上を歩行する技術はあるのだが、元々、レース中には自分の体に使う身体強化や強化魔法以外は使用が禁止されている。身体強化や強化魔法は転覆時などの衝撃を和らげる防御力強化魔法として必須だし、そもそも自分の体に強化魔法を使っているかどうかの判別が難しいので使用は禁じられていない。

 とはいえ所詮、動力は龍脈式加速装置なので強化魔法など使ってもそれほど意味は無いのだが……。


「あ、そう言えばあっちの方は行ってなかったですね」


 リックは普段とは逆の道、王都の中心街に向かう道を指さして言う。

 見るからに高そうな店が並んでいたので、田舎の庶民として三十年育ってきたリックはあまり高級店になじみが無いし特に興味もなかったので今までそちらにはいかなかったのだが。


「たまには、高いとこで食べてみるか」


 そう言ったリックだったが。


「……あー、いや。リックくんそっちはな」


「なんですか?」


「待て貴様ら!!」


 中心地に向かう道の途中に置かれている門を潜ろうとしたところで、リックたちは呼び止められた。

 二人の警備兵が戦闘用の魔力補助杖を目の前でクロスさせて言う。


「これより先は貴族区に該当する。これより先は第五等級以上の魔力量を持たないものは通ることを許さん。黒のミサンガを付けているお前たちには通る資格はない」


「はい?」


 リックは首をかしげる。

 なんとも意味不明な規則である。


「さっさと去れ。穢れた猿め」


 警備兵たちはリックに侮蔑の目を向けてくる。


「あのー、その規則にはどういう意味が」


「あー、リック君」


 ミゼットはリックの肩を叩いて言う。


「前にもゆうたが、この国はそういうとこあるねん。あんまりゆうてもしょうがないで」


「はあ」


 魔力量で差別するというやつか。

 とはいえエルフ族の魔力量は完全に生来で決まっている。

 他の種族は『経験値鍛錬法』と呼ばれる方法で若いうちに魔力量を伸ばすことができるのだが、エルフ族に関しては元々放っておいても勝手に成長と共に魔力量が上昇していく分、そういった鍛錬によって魔力量を上げることができないのである。

 だからまあ、どうにも理不尽だな、と身分制度はあるが比較的平等意識の強い『王国』で生まれ育ったリックは思うのである。

 文化の違いとはいえ釈然としない話だ。

 その時。


「あ、リッくんだ!!」


 と、少女の声がした。


「!?」


 背後から聞こえたその声をリックの聴覚が捉えた瞬間。

 リックの脳内は凄まじい量の脳内物質を迸らせ、一瞬にして緊急事態を全身に知らせる。

 脳裏に浮かぶのは『あはははははははは、待て待て~リッくーん』という少女の楽し気な笑い声と悪魔じみた破壊力の火球、稲妻、水流、空気砲、魔力弾。

 リックは反射的に、警備兵二人の服を掴む。


「な、なにをする!!」


 そして、そのまま。

 ダッ!! と。

 リックは凄まじい勢いで跳躍した。


「うおおおおおおおおおおおお!!」

「ぬああああああああああああ!!」


 跳躍したリックに引っ張られ、同じく宙を舞う警備兵たち。


「危ないからそこに伏せて!!」


「ぐふっ!?」

「へぼっ!?」


 一気に10m跳躍したリックは、二人を自分の背後の地面に伏せさせる。

 少々地面に叩きつけるような感じになってしまったが、今はそんなことを気にしている場合ではない。

 リックは二人の前に立って右手を前に出し構える。


「さあ、来い!!」


 と、構えた右手に魔力相殺用の魔力を巡らせるが……。


「……あ、あの、リックさん?」


 そこにいたのは、驚いたようにこちらを見るスーツを着たエルフ、モーガン・ライザーベルトと。


「あはっ!! リッくん相変わらず面白いねえ」


 楽しそうに笑う娘のフレイア・ライザーベルトだった。


「あの、リックさん急にどうされたんでしょうか?」


 モーガンは近くにいたミゼットに尋ねた。


「ちょっとした持病の発作みたいなもんやから、あんま気にせんといてや。あと、フレイヤちゃん。急に声かける時は『リッくん』呼びはやめといたほうがええで」


「?」


 フレイアは訳がわからないというような様子で小首をかしげた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る