第83話 コースレコード
「いやー、やっぱり突貫作業だと限界があったなあ」
観客席でミゼットは楽し気にそう言った。
現在、リックは表彰台の上に上り、賞金と記念のメダルを受け取っている。
「あははははははははははははっ!!」
フレイアもすでにレースが終わったのに大笑いしていた。何がそこまで楽しかったのかは分からないが、今日は一日中笑いっぱなしである。
「……」
一方、モーガンは黙ってミゼットの方を見ていた。
リックの全てがおかしい操縦もそうだが、やはり、たった一晩で全く未知の技術をいくつも使ったボートを組み上げたその技術力には驚愕せざるを得ないだろう。
ちなみにだが、マジックボートレースのタイム測定に使われている世界で唯一ゼロコンマ一秒まで正確に時間を測定できる装置も、ミゼットが開発したものだと言われている。
仲間に招き入れることができてよかったと思う反面、恐怖を感じずにはいられなかった。
この男の技術力はいったいどこまで行っているのだろうか?
……もしかしたら、例えばだが、ボタンを一つ押せば国一つを消し飛ばしてしまうような兵器を作っていないと言い切れるか?
モーガンの額を冷たい汗が流れた。
(その才を疎まれて、王宮を追い出されたなどと噂で聞いていましたが……こうして実際に目の前にすると信憑性が増しますね)
□□□
「40:01:2か」
インタビューや表彰など優勝者として一通りの後仕事を終えたリックは、会場の一番目立つところにデカデカとボードに貼り出された自分のタイムを見てそう呟いた。
一周辺り四分一秒と少し。このコースのタイムレコードが39:30:2なのでハッキリ言って速いタイムではない。
動きは暴君のごとしと言った感じの『セキトバ・マッハ三号』であるが、実際に周回する速度が速いわけではないのである。
「まあ、俺の役目はサポートだしな」
超がつくほど頑丈な機体と、高重量による波の発生での妨害。まさにサポートに相応しい性能と言っていいだろう。
ひとまず、これで『エルフォニアグランプリ』への出場権は獲得した。サポートレーサーとしてフレイアを優勝させ、報酬として『六宝玉』をもらうための準備は完了である。
「……それまでに、もう少しボートの操縦上手くなんないとなあ」
リックはそう言って頭を掻いた。
元々リックは道具を操るのが芸術的に苦手である。あのブロストンが剣を使わせることを早々に諦めさせたほどだ。今回も例に漏れず、ボートの操縦自体はド下手もいいところであった。ハンドルを切るタイミングや、各シチュエーションでの適切な姿勢の確保などの知識は昨日覚えたが、お世辞にも上手いとは言えない。証拠にコーナーを曲がるたびに吹っ飛びそうになっていた。そうならなかったのは、単にリック自身の体力と身体操作技術で強引に抑え込んだからである。
そのせいでだいぶタイムをロスしている。『セキトバ・マッハ三号』が基本的に速く周回する設計になっていないとはいえ、まともな操縦者としての技量があれば、さすがにコースレコードに三十秒も及ばないということはないはずである。
「つっても、大会まであんまり時間も無いんだよな」
時間をかけて丁寧にやっていけばやってやれないことはないと思いつつも、正直なことを言うと今から身に着けようとして間に合う気がしなかった。
ブロストンを始めとして『オリハルコン・フィスト』の皆が言うことだが、リックは基本的に不器用なのである。
どんなことをやらせてもそれなりのレベルに直ぐ到達してしまうタイプの人間ではない。二年の修業で身に付けられた魔法がたった二つというのも、その証拠だ。
逆に不器用だからこそ、誰でもできる基礎を圧倒的なレベルに鍛えることができたという面もある。その突き抜けた基礎能力によって誤魔化しが利くわけだが……。
「やっぱり、プロはすげえわ。今回後ろにずっとついてきてた、確かダドリーだっけ? あの人もほんと手足みたいにボート操縦してたしなあ」
そんなことを思うのだった。
□□□
と、本日の勝者に称賛を送られた当のダドリーは。
「……ぽげー」
などと意味不明の声を出しながら白目を剥いて休憩室で項垂れていた。
ポカンと開いた口からはそのまま魂が出ていきそうである。
一言で疲れた。精神的に肉体的にも。
「ふう。いかんいかん早く帰って寝よう……」
ここまでの疲労感は長年の現役生活で初めてである。『エルフォニアグランプリ』にまで響かないか心配だ。敗戦は引きずらずに切り替えてしっかりと休養することが、長く現役を続けるコツである。
「よし!!」
そう思って立ち上がったとき、あることに思い至る。
「てか『エルフォニアグランプリ』でも、あの化け物と走るのか……」
今日優勝して出場権を手にしたのだから当たり前のことなのだが、改めて実感したダドリーはヘニャリと脱力して、地面に膝と手をついて再び項垂れた。
「……引退してえ」
非常に切実にそんなことを言った。
「おやおや、お疲れですかあダドリー・ライアット男爵?」
その時、聞き覚えのあるねちっこい声が頭上から聞こえてきた。
小太りの男、昨晩あまり人に聞かせられないような話をしたディーン・ヘンストリッジ伯爵だった。
隣には、フードを被った男が一人。
「……ええ、ああ。どうも」
ダドリーは覇気なくそんな返事をする。
正直、この疲労した中で相手にしたい類の人ではない。
「いやいや、よく頑張ってくれました。まさか『シルヴィアワークス』の隠し玉があんなものだとは思いませんでしたが」
そうやっていつも通りワザとらしい動作で肩をすくめるディーン。
目論見が上手くいかなかったのに、どうにも余裕そうな態度である。
「お疲れのところ申し訳ないのですが、実はあなたに紹介したい方がいましてね」
「……はあ」
一瞬、さっさと帰りたいから勘弁してくれと言いかかったが、相手は身分が上だ。その差は絶対。貴族としての染みついたルールが言葉を飲み込ませた。
紹介したい方というのは、おそらく隣にいるフードの男だろう。
男はゆっくりとフードを取る。
その単純な動作ですらどこか優雅さを感じさせた。ディーンのようなワザとらしい感じは一切なく、自然と当たり前のように身についたものであることが分かる。
(かなり身分の高い貴族か?)
とダドリーは予想した。
そして、フードの下から現れたその病的なまでに整った顔を見て、その予感が予想以上に的中したことでダドリーはこれでもかというくらい大きく目を見開く。
「え? いや、その方は……!!」
なぜこんなところに!?
と、狼狽えるダドリーは声を震わせながら言う。
「こちらは第一王子、エドワード・ハイエルフ様……と言っても、ワザワザ紹介するまでもないですねえ」
「よろしくね。ライアット男爵」
爽やかにそう言って手を差し出してくるエドワード。
い、いったい何が起こっているんだ?
と、ダドリーはひたすらに困惑するしかなかった。
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