第156話 天才

今回は告知があります!!


ーー

 『拳王トーナメント』は一回戦終了後と準決勝終了後に、一日の中日を挟む。

 もちろん、その間も出場が叶わなかった選手たちが試合を行い、観客達を楽しませるのだが、トーナメント出場選手たちは本日休息となる。

 さて、一日休んだ二回戦当日。

 アンジェリカは早朝からリックと一緒に郊外の広場にいた。

 アンジェリカがリックに今日の戦いに向けた調整の手伝いを申し出たのである。一通り調整と確認を終えた二人は、一回戦の時よりも更に人の多くなった町中を歩いていた。


「朝早くから。付き合っていただきありがとうございますですわ」

「いいって、いいって、早起きは慣れてるからな。しかし、気合入ってるなあ」

「当然ですわ。今日この試合のためにここまで来たんですもの」


 そう、アンジェリカが今日二回戦で戦う相手はギース。スネイプの回し者であるあの男を倒し八百長をご破産にするためにアンジェリカは『ヘラクトピア』まで来たのである。

 現在、時刻は朝六時。

 アンジェリカは今日第一試合なので、あと四時間で試合である。

 体長は悪くない。少しづつ高まっていく緊張を感じながら歩いていると、ふと、通りかかった酒場で信じられない光景を目にした。


「あー、おい店主。空になってんぞ、さっさと追加の酒もってこい気が利かねえな」


 聞き覚えのある他人を見下し切った声が聞こえてきた。

 中を覗いてみると……いた。

 ギースである。露出度の高い衣装を身にまとった女たちを侍らせ、その周囲には空になったジョッキや瓶が散乱している。

 『ヘラクトピア』国民として、トーナメントの出場者の顔を当然のごとく知っている店主は困ったように言う。


「しかし、お客様。失礼ながら本日は二回戦のはずでは」

「おい」


 ギースの長い腕が店主の胸ぐらを掴み上げた。

 ギロリと鋭い眼光が店主に突き刺さる。


「俺様が持ってこいと言ったら、黙ってさっさともってくるんだよ。てめえ、そんなに俺様を不愉快にしたいのか?」

「……い、いぇ」

「分かったらさっさと持ってこい」


「ずいぶんと余裕ですわね」


 アンジェリカは店の中に入って、ギースに向かってそう言った。


「ああん? あー、誰かと思えば確か今日俺様に負けるやつか」


 対戦相手と言わないあたり、凄まじい傲慢さである。


「うわ。すげー飲んでるな。試合の当日に朝からこんだけ飲み散らす者なんて聞いたこともないぞ」


 リックも遅れて入ってきて店内の惨状に呆れた声を出す。『拳闘士』の体調の管理を専門にするトレーナーなどが見れば、目眩のする光景だろう。


「朝からじゃねえ、昨日の夜からだ」


 目眩どころか卒倒ものだった。


「あーまあ、まあ、才能の無いゴミ共はせこせこトレーニングやら体調管理やらそういうこと頑張るらしいな。無駄な努力ご苦労なこった」


 ギースはそう言って心底愉快そうにヘラヘラと笑う。

 あいかわらず発言の一つ一つが腹の立つ男である、とアンジェリカは眉間にシワを寄せつつ言う。


「自分は天才だとでも言うつもりかしら?」

「ちげえな。超天才だ」


 尊大さもここまでくれば見事である。


「ほんとこの国は、マジヒストのカスばっかりで滑稽だぜ。どうせゴミがいくら頑張ってもゴミなのに、毎日毎日体いじめちゃってよお。だせえわ」

「他人の努力を笑う人間ほど醜い生き物もいませんわね。というか、ならその体はどうやって作りましたの?」


 背の高さは生来のものだろうが、全身を覆う重厚な筋力はトレーニングでなければ身につかないはずである。つまり他人の努力をださいと笑うくせに、ギース自身は努力をしているということだ。

 が。


「どうやっても何も別に何もしてねえぞ俺様は。だいたい一日中、親父の金で遊びまわってるだけだしな」

「は?」


 信じがたい発言にアンジェリカが間の抜けた声を上げる。

 しかし、ギースは嘘を言っている様子は欠片もなかった。

 なによりギースの発言が事実である根拠を、二日前の試合でアンジェリカとリックは見てしまっている。

 ギースの一回戦はその類まれなるパワーとタフネスで勝利したわけだが、ハッキリ言って動きの一つ一つが素人なのである。いや、素人が路上で身につける喧嘩殺法にすらなっていなかった。それどころか、あまりにも馬力が強いので気づいた人間は多くはないだろうが、動き一つ一つから感じられるのは恐ろしいことに運動不足の人間のそれである。

 つまり、そういうことなのだろう。このギース・リザレクトという男は、一切の努力もせず遊び呆けているだけでこのギリシャ彫刻のような体になり、あの圧倒的な馬力と打たれ強さを手に入れたのだ。

 本来は絶対にありえないことである。生物は日頃必用としない部分を退化させるはずなのだ。しかし、ギースという男はたまたま偶然、勝手に理想的な肉体になるように生まれたのである。


「……完全にふざけてますわね」

「あーそういや、お前兄貴の嫁に来るんだって? ああ、あれか。俺が明日負けりゃお流れになるもんな。なるほどなるほど」


 どうやら、キースは兄であるスネイプから与えられた情報と、アンジェリカの態度を見て、アンジェリカがどうして『拳王トーナメント』の出場したのかという理由を推察してしまったようである。

 業腹ながら頭の回転も人並み以上のようだった。


「女のくせにご苦労なこった。無駄なことしてねえで、兄貴に飽きられねえように腰振る練習でもしといたほうがよかったんじゃねえか」

「……アナタ不愉快ですわね」

「そりゃ、お前らゴミからすりゃ、必死こいても軽々上いかれる俺らは不愉快だろ。一生劣等感抱えて生きなくちゃならなくて残念だったな。同情するぜ、俺なら自殺してるわ」


 アンジェリカのこめかみにビキリと青筋が浮かぶ。


「ぶっ倒しますわ」

「はいはい、生意気で可愛いねえ。ベットではしおらしくなるギャップを狙ってるのかなあ?」


ギースはあくまでその長身から、見下すように笑った。


ーー

告知

岸馬の新作小説を本日投稿しました!!


『エルフの剣聖〜魔法の才能は無かったけど、寿命が長かったので1000年修行して剣を極めた〜』


やはり岸馬は『努力と勝利』の話が好きなので、新作もリックに負けないくらいの熱い男を描こうと思います。

URL→https://kakuyomu.jp/works/16818093085192192311


(あらすじ)

エルフは魔力が強い。

その価値は強力な魔力を持つかどうかによって判断される。

しかしエルフの王国の第三王子として生まれた、アレン・フォスターはエルフなのに生まれつき魔力を持たなかった。

そのため国を追放されることになったが彼は強くなることを諦めなかった。


「魔力がないなら剣を極めればいい」


幸いエルフは寿命が長い。

そのため、いくらでも修行をする時間があった。

アレンは山に篭り剣の腕を磨き始める。

そうして1000年……気の遠くなるほどの修行の末に究極の剣技を身につけたアレンの実力は、ある来訪者によって世界に知れ渡るようになる。

本来フィジカルが弱く剣士に向かないはずの「エルフの剣士」は、あらゆる強敵を打ちまかしていく。


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