第157話 素のままで
二回戦、第一試合直前。
選手控室。
「きいいいいい、クソむかつきますわ!!」
アンジェリカは備え付けのベンチを蹴り飛ばした。
「どーどーどー、落ち着けアンジェリカ」
付き添いで一緒に来ているリックが、鎖のちぎれた暴れ馬の如きアンジェリカをなだめるようにしてそう言った。
「コロスコロスコロス落ち着いてますわコロスコロスコロス」
「……いや、ほんとに落ち着つけよ」
アンジェリカは、ふしゅーふしゅーと熱しすぎた鍋から蒸気が噴き出すような深呼吸をする。
「ふう。安心してくださいまし。一晩中酒をかっ食らっていたギースと違って、ワタクシはあの男のパワーとタフネスに対する策をしっかりと練ってありますわ。元々ブロストンとしていた訓練は、ああいうタイプの敵を倒すためのものでしたしね」
そう言ったアンジェリカの表情は、リラックスしていた。
「そう言えば、オッズ見たか?」
「ええ、あまり上手くいってないようですねわね。ザマア無いですわ」
スネイプの狙いは、ギースに掛け金を集中させての八百長である。が、控室に入る前に見た『闘技会』が運営する賭けのオッズは、意外にもアンジェリカと同じくらいであった。アンジェリカが先日格上相手に圧勝したのが大きかったのか、それとも、目の肥えた『闘技会』のファンたちには、ギースの素人らしいぎこちなさとスピードの無さがネックに映ったのか。どちらにしても、八百長をしかけて大きな利益を出せる状態ではない。本来は最低でも、ブロストンやケルヴィンに匹敵する賭け金を集めてもらわねばならないだろう。
「さて時間ですわね」
「おう。頑張れよ」
「ええ。勝ってきますわ。勝って、自分の生きる道を自分で切り開きますわ」
アンジェリカは、リックに背を向けて闘技場の方に歩き出した。
「ああ、そうですわ」
ふと、立ち止まる。
「ワタクシが勝ったら三回戦でリックと当たるわけですけど」
「ん? ああ、そうだな」
確かにリックも勝ち上がれば、三回戦はリックとの試合である。しかし、アンジェリカは西部リーグでもリックと戦うことを避けているし、ギースに勝った時点で目的は達成したことになる。
三回戦は棄権する。そう言うかと思ったが。
「正々堂々、戦いましょう」
「え?」
「あの地獄の訓練を二年間やりきったアナタの力を、もう一度目に焼き付けたいですわ」
アンジェリカはそう言って微笑んだ。
□□□
リックはアンジェリカの試合を観客席から見ようと、『選手シート』に向かった。
『選手シート』とは、『拳王トーナメント』出場選手本人やその招待客が試合を観戦するために確保された席である。
「リック様、こちらです」
リーネットが右手を上げて、リックに空いている席を教えてくれた。
「あれ? ミゼットさんにアリスレートさん。来てたんですか」
『選手シート』にはリーネットだけでなくビークハイル城に残っていたはずだったミゼットとアリスレートもいた。ちなみに、ブロストンは、二回戦をもう一つの会場で行うのでそちらに行っている。
「なんや面白そうな事になってるみたいやったからな」
ミゼットはあいかわらずヘラヘラとした表情でそんな事を言った。
「アリスも出たかったなー」
「いいですか、アリスレートさん。西部地区には大小含め三十二の闘技場がありますが、一部リーグに上がるには最低四十試合しなくちゃならないんです。つまり、アリスレートさんが一部リーグに上る前に、試合をするところがなくなります」
苦笑しつつ、リックは席に座った。
その時。
「やあやあ、どうもリックさん」
現れたのは、上等そうなスーツを着た竜人族の男、スネイプ・リザレクトであった。今日も人当たりの良さそうな笑顔でこちらに挨拶してくる。
「ブロストンさんと知り合いなのは存じ上げていましたが、こちらの方たちもお友達ですか? 私は西部リーグの運営委員会で委員長を務めさせて頂いております。スネイプ・リザレクトと申します。どうぞよろしく」
そう言って、ミゼットと握手をするスネイプ。
「ああ、おおきに」
「そちらの、お嬢さんもどうぞよろしく」
スネイプはしゃがみこんで、アリスレートに目線を合わせてそう言った。声のトーンも強さも小さな子供を怖がらせないように配慮された完璧なものである。
「んー?」
アリスレートは首をひねった。
「おじさん。なんでお芝居なんてしてるの?」
「……」
スネイプは押し黙ってしまった。
ミゼットが、あちゃーと額に手を当てる。
「ああ、アリスレート。大人には色々あるねんで」
「そうなんだー。大変だねー」
「……いやはや、これは参りましたな」
スネイプはそう言いながらリックの隣に腰かける。
「リックさんのお友達は変わった方が多いようですね」
「いや、この人達が標準じゃないですからね。それで、ここには何をしに?」
「決まってますよ。弟の試合を近くで見たいという兄として当たり前の話ですよ」
そう言ったスネイプ顔には、やはり完璧な表情が張り付いていた。
アリスレートではないが、リックはどうもこの手のタイプの人間とは話にくいなと思った。
「スネイプさん。アンジェリカの件、俺はもう知ってますよ。ギースを使って八百長を計画していることも」
「そうですか……まあ、知られてる以上はいちいち隠す必用もねえか」
スネイプの口調がガラッと変わる。普段の穏やかな声から、低く荒っぽいものになった。
「それが素ですか。なんというか凄く元『拳闘士』らしい喋り方ですね。俺はそっちのほうが話しやすいけど」
「はい、ですがこっちの話し方もずっと続けていたので、人と話す時はこちらのほうが落ち着きますね」
再び穏やかな口調に戻る。まるで何かの手品のようだった。
「まあ、人は素のままでは生き残れないということです。そんな事ができるのは選ばれた一部の人間だけですよ……おっと、試合始まりますね」
□□□
『さあ、いよいよ二回戦が始まります。第一試合はアンジェリカ・ディルムットVSギース・リザレクト』
実況の声が会場に響く。
開始位置についたアンジェリカは、15m離れて対面するギースを改めて観察した。
やはり凄まじい威圧感である。竜人族として常識はずれの220cmの長身、しかも、鋼の如き分厚い筋肉。これが、一日中遊び呆けてゴロゴロしているだけの運動不足な者の体だと言うのだ。きつい冗談である。
しかも。
「あー、流石に飲みすぎたなあ。頭痛え」
などと、ぬかしているのだ。
(まあでも、ものは考えようですわ)
ここまで油断してくれるならありがたい。逆に時間をかけてじっくりと積み上げたこちらの準備は万端である。
アンジェリカは右足を一歩後ろに引いて構えを取る。
「それでは、試合開始ぃ!!!!」
審判の声とともに、アンジェリカは地面を蹴る。
基本戦法はいつも通り。アンジェリカの最も得意とする素早さを活かした一撃離脱戦法。
常にギースの正面には立たず、スキを見て飛び込む。
「しっ!!」
アンジェリカの前蹴りが、ギースのボディに命中した。
しかし。
(硬いですわね……)
これまで戦ってきた打たれ強い『拳闘士』たちと同様、いや、それ以上に敵にダメージを与えたという手応えが帰ってこない。まるで、厚いゴムを巻き付けた岩を叩いているようである。
「おいおい、脳ミソまで下等なゴミだな。一回戦見てなかったのか?」
そう、一撃離脱戦法は一回戦でヘルマンが用いたものと同じであった。すでにアンジェリカの得意とする戦い方は、目のタフネスの怪物には通じないと証明されている。
「なら、これはいかがかしらっ!!」
アンジェリカの体が『瞬脚』により加速。
ほぼゼロ距離まで一気に踏み込んだ。
その加速力を乗せたまま、先ほどと同じボディーに思い切り肘打ちを叩き込む。
先程よりも遥かに力の乗った一撃だったが、しかし。
「効かねえなあ、ゴミの攻撃は軽い軽い」
やはりギースの打たれ強さは尋常ではなかった。これでも、ほとんど相手の内部にダメージを与えた感触が無いのである。
「つか、接近しすぎだろそりゃ」
ギースが拳を振りかぶる。
通常の一撃離脱戦法は、素早く回避に移れるように踏み込みすぎないことがコツである。しかし、アンジェリカは全体重を乗せて敵の懐で打撃をかました状態である。これでは回避が間に合わない。
はずだが。
「『瞬脚』!!」
アンジェリカの得意技、高速移動系『強化魔法』の連続発動である。
アンジェリカの体が急加速して、一瞬でギースの左に回り込む。
当然、ギースの拳は空を切った。
そのスキに、再びアンジェリカがガラ空きの横っ腹に回し蹴りを放つ。
腹部の側面は前面よりも肉が薄い。
しかし、これも手応えなし。逆にこちらの足が壊れるかと思った。呆れた頑丈さである。
「鬱陶しんだよゴミが」
振り向きざまに肘打ちを放つギース。大きな風切り音を立てて、片足を蹴り上げた姿勢のアンジェリカに襲いかかる。
「『瞬脚』!!」
しかし、アンジェリカはなんと片足で『瞬脚』を発動。再び急加速し、ギースの間合いから離脱した。
おお、と観客からどよめきが起こる。
高速移動系『強化魔法』の連続は難易度の高い技術である。同じ方向に進むならまだしも、方向転換をする場合は、素早く魔力を練る『魔力操作』の上手さと。鍛え上げられた柔軟で強靭な足腰が必用である。
アンジェリカはその高度な技術を、敵に攻撃を打ちながら三回連続でやってのけたのだ。見事と言う他ないだろう。
アンジェリカとギースは再び開始位置と同じ距離感で向かい合う。
「あーあー、ハエみてえな女だな。めんどくせえ」
「そう言えば一つ気になっていたことがありますわ」
「あん?」
「アナタ、なんでめんどくせえと言いながら、この大会に参加しましたの? アナタの性格ならめんどくさいと思ったことは絶対にやらないでしょう?」
「あー、そういうことね。ははは、めんどくせえの意味を勘違いしてるわけか。これでも俺様なりにちゃーんと、トーナメント戦う理由あるんだぜ?」
そう言って、ギースはチラリと観客席にいる兄のスネイプを見た。
アンジェリカは眉をひそめる。
(何か、スネイプが関係しているってことかしら?)
いや、一先ずそれは置いておこう。
それよりも、目の前の問題はギースの馬鹿げた体の頑丈さである。肉の薄い横腹を思い切り蹴り上げたのに、全くビクともしないとは一体どういう理屈なのか。
「……なら、やるしかないですわね」
リックとブロストン相手にできるだけ練習したが、実践で使うのは初めてである。
アンジェリカは観客席に目を向け、リーネットを見た。
(『空気を感じて先端を軽く振り抜く』ですわよね?)
アンジェリカはふうと大きく息を吐くと、全身の身体強化を解いた。
「いきますわよ」
アンジェリカが駆け出した。
しかし、先程までに比べて遅い。全身に魔力を流すのを止めた今のアンジェリカは、魔力を鍛えていない一般人と全く同じ身体能力しか発揮できない。
「……おい? どういうつもりだお前?」
何を血迷ってやがると、ギースは腕を振り上げ迎え撃とうとしたが。
その瞬間。
「『瞬脚』」
一気に膨大な量の魔力が、アンジェリカの全身に注がれた。
ゴウッ!! と地面を踏み抜く大きな音と共にアンジェリカの体が加速する。観客は誰一人としてアンジェリカの動きを最初から最後まで目で追うことができなかった。気がついたらギースの横を通り過ぎていたのである。
しかも。
「……てめえ。何しやがった」
ギースの脇腹に僅かだが亀裂がはしりそこから出血していたのだ。まるで剣で切りつけられたかのように。
「ふう。上手くいきましたわね。これは四大基礎の一つ、『身体操作』。その極みの技術『糸切り』ですわ」
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↓
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