第56話 貴様らは運がいい。
ブロストンは一歩一歩、巨像を押し込みながら門に向かって迫ってくる。
「全員退避!!!! こいつとまともにやりあっては駄目だ。一先ず城壁の内側に退避するんだ!!」
この化け物を本部の中に入れるのはまずい。そう判断した部隊長はあらん限りの声を張ってすぐさまその指示を飛ばした。幸い東方騎士団本部の城壁は全騎士団施設の中で最高の頑強さを誇るため、逃げ込んでしまえばなんとかなるという判断であった。
伝令たちは、これまた必死の形相で各分隊へ指示を伝達する。自分たちも一刻も早く門の内側に避難してしまいたいが、そこは職業軍人としての責任感をフルスロットルに叩き込んでなんとかねじ伏せた。
指示を受けた騎士たちは我先にと城壁の内側へ駈け込んでいった。むしろ、指示する前から門の内側に逃げようとした不届き者もいたようだが、今はそんなことにかまっている場合ではないのである。
そんな中でも、動けない他の隊員を抱えて走った者たちは、軍人として以上に人間の鑑であると言ってもいいだろう。もはや勲章ものである。
ブロストンはその間にも、戦象を真っすぐに押し込んでいく。
「隊長、団員は全員退避しました!!」
「よーし、城門を閉めろ!!」
部隊長の言葉で門が閉まっていく、しかし、ブロストンに押し戻されている戦象も目前である。
「「「間に合え!!!!」」」
部隊長と団員たちの悲鳴のような叫びが天にまで届いたのか。
ズン、と。重々しい音を立てて。門が閉まった。
もちろん、内側にブロストンは入ってきていない。
次の瞬間。
ズドンという大きな衝撃。戦象が城壁に叩きつけられた音である。
「「「ツッッッッッ!!!」」」
全員が息を呑んだ。
しかし。
分厚い城壁は壊れなかった。さすがの頑丈さである。
「よし!!!」
部隊長がガッツポーズを取り、内側に退避した団員たちが皆、ホッと一息ついた。
だが。
城壁の外側では。
「ブラック・エレファントよ。貴殿の素晴らしき闘争に、我が誇りで応えよう」
ブロストン・アッシュオークがその大きな拳を振りかぶっていた。
そして。
右ストレート一閃。
バキイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!
という轟音と共に、壁に押し付けた戦象ごと厚さ30メートル強の城壁を一撃で粉砕した。
「あ、ああ……」
城壁の中でほんの一瞬だが安堵を得ていた騎士団員たちは、皆一様に口をあんぐりと開けて呆然とするばかりであった。
「祝福よ、血に濡れたこの手に。『ハイ・ヒーリング』」
瓦礫となった城壁の破片を踏み砕きながら敷地の中に入ってきたブロストンは、戦象にヒーリングをかけていた。
「……よし、これで数日もすれば動けるようになるだろう。よき闘争ができた、感謝するぞ」
ブロストンは戦象にそう言うと、騎士団員たちの方を見た。
騎士団員たちが一斉に後ずさる。
そんな彼らにブロストンは言う。
「しかし、貴様らはオレが相手で運がいい。どこぞの質の悪い快楽主義者と戦わずに済むのだからな」
□□□
南門の警備部隊長。マダック一等騎士は非常に慎重な男であった。
「詳細不明の敵に、わざわざ身をさらしてやる必要など微塵もない」
マダックは城壁を閉め切り、矢狭間の前にクロスボウを持った弓兵を配備した。
近づき次第掃射しろと命令してある。
防御を固め、敵の攻撃が届かないようにして一方的に攻撃し続ける。魔法が絡んでくると少し事情は変わってくるが、それでも戦術の王道である。
マダックは自身も物見台に立ち、望遠鏡を使って襲撃者の様子を観察する。慎重なこの男は情報収集にも余念がない。常に冷静に状況を判断し、適切な指示を出すのが指揮官たるものの役目である。
しかし、望遠鏡に移ったモノを見てマダックの脳は一瞬で混乱した。
「な、なんだ? あれは……」
ガラガラと音を立てながら、ゆっくりとこちらに迫ってくる影が一つ。
その姿はなんというか、象の鼻のような大きさの火筒が付いた巨大な鉄のネズミと言ったらいいのだろうか。いくつもの車輪で長い帯を回して地面を進む姿は異様な迫力を感じる。
マダックにはこの鉄のネズミが戦車に分類されるものだということが分からなかった。
当然である。戦車というのは馬に引かせるものなのだ。
今のマダックには分かるはずもないことだが、順当に考えてこのレベルの完全機械製の戦車が登場するのは千年近く先のことである。
だが、鉄の塊の中からひょっこりと顔を出しているこの男。
「いやー、『マーガレット三号』ええ感じの乗り心地やで。騎士団相手に試せてラッキーやな」
『千年工房』ミゼット・エルドワーフはその千年先の兵器を、当たり前のように今この時代に実現させる。
「マダック部隊長!! 襲撃者が射程に到達しました。どうしますか?」
「構わん。事前の指示通りに射て!!」
マダックの指示が飛ぶと同時に、一斉に矢狭間から矢が放たれる。
「よっと」
ミゼットは首を引っ込めて、鉄のネズミの中に身を隠した。
クロスボウで高所から一斉に放たれた矢は生半可な盾では貫かれてしまうほどの威力がある。それが300本一斉に降りそそぐ様はまさに死の雨である。通常の歩兵であればあっという間に串刺しにされていただろう。
が。
きかない。
貫けない。
進行を止められない。
分厚い装甲で隙間なく全身を覆った鉄のネズミは、矢の雨を本当に単なる小雨の中を進行するがごとく平然と鉄の帯をかけた車輪を回しながら進んでいく。
それは、何度打ち込んでも同じであった。装甲の強度に対して叩きつけているエネルギーが弱すぎるのだ。
雨だれは石を穿つこともあるだろう。
しかし、兵器は石ではない。悠長に攻撃を受け続けるなどありえないのだ。
鉄のネズミに取り付けられている大きな筒が、城壁の中腹に向いた。
「よっしゃ、マーガレット3号主砲『ワイノイチモツ』発射!!」
次の瞬間。
大地と大気を揺らす轟音と共に、口径88mmの砲塔から重量10kgの徹甲弾頭が放たれた。
放たれた鉄の塊はライフル回転をしながら時速2916㎞で空気を切り裂き、恐るべき熱とエネルギー量をもって城壁に命中。
ドゴオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!
という盛大な破砕音。多少の魔力加工を施してはいるものの、石を積み上げただけの城壁などなんの障害にもならなかった。
騎士団施設最大の防御力を誇るはずの城壁は、まるで大人がおもちゃの積み木を蹴散らかしたかのように崩れ落ちていく。
「「「……」」」
マダックを始めとする、その場にいた全ての人間は言葉を失う。
なんだアレは……と。
違う。あまりにも違いすぎる。思想が、概念が、それらを実現する技術が。
一方的に敵を攻撃し制圧するという戦術の基本。その概念に対するアプローチの完成度が自分たちとは何百年も隔絶してしまっている。
そんな、騎士団員たちに対して、ミゼットはヘラヘラと笑いながら言う。
「まあ、あれやね。君ら運がええよ。少なくとも最悪の外れくじを引くことがなかったんやからね」
□□□
「アッ、ハッ、ハッ、ハッ、ハアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!」
少女(さいあくのはずれくじ)の楽しそうな笑い声が西門前に響き渡っていた。
地獄絵図とはまさにこのことである。
よく分からない光を受けて、城壁がバターのように溶けていた。
謎の竜巻が急に発生し、巻きこまれた騎士たちが紙吹雪のように宙を舞っていた。
少女に向けて放たれた矢や銃弾や砲弾は、全て空中で意味不明の火花を散らして焼け落ちる。
要するに、とにかく、なんというか、何がなんだかわからないのである。
「…………これはひどい」
西門の警備部隊長は呆然としながらそう呟いた。まるで他人事のような言いぐさであるが、眼の前で起きている破壊劇があまりに現実味がないのである。
あの少女が魔法を使っているのだろうというところまでは分かる。だが、騎士の中でも魔法に詳しいはずであると自負している西門の警備部隊長にも、彼女がいったいどうやってどの魔法を使っているのかさっぱりわからなった。
「ふふふふふ~ん、ふふふふふふ~、ふーふふ、ふふふふふふふふふ~ん♪♪」
『壊滅魔童(かいめつまどう)』アリスレート・ドラクルは、楽し気に歌を口ずさみながらテクテクと本部の方に歩いてくる。その手には食べ物がいっぱいに詰まったバスケット。完全にピクニック気分であった。
西門前で戦闘が開始されてから僅か数秒のことである。
用意されていた備え、装備、人員、戦術は文字通り壊滅したのである。
アリスレートは取り出したリンゴを頬張りながら言う。
「リックくん。もう、お友達のところについたかなー?」
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