第108話 ミゼット過去編12
さて、いよいよ本戦の日になった。
エルフォニア最大級のレーズ場である『ゴールデンロード』には、多くの国民が詰めかけ会場のキャパシティは満杯。立ち見の客もひしめいている状態だった。
ミゼットはそんな中、観客席最前列の一つ前にいた。
コレは参加チームのために設置された場所で、ここから全体の様子を眺めて念波で会話する魔法を使うことで選手に指示を送るのである。
「あーあー、テステス。聞こえるかー愛しのイリスちゃん」
ミゼットは通信機に向かって話しかける。
そんなミゼットを他のチームのスタッフは不審な目で見る。本来は念波通信のため、声など出す必要は無いからである。
『聞こえてるわよ。相変わらす調子のいいこと言ってるわね』
念波通信用の神性魔法『ホーリー・チャンネル』はやり取りをする人間がお互いに使用することで効果を発揮する魔法である。
しかし、魔力量第六等級のイリスには通信に割くための魔力の余裕が無い。よって、ミゼットの発明した通信装置でこうしてやり取りをする必要があるわけだ。
『どうせ、色んな女の子に言ってるんでしょ』
「ははは、いやいや。イリスちゃんだけやって」
『見え見えの嘘つくわね』
「……嘘やないで」
『え?』
ミゼットは真剣なトーンで言う。
「イリスちゃんと会ってから、他の女の子とは遊ばんくなったわ。だからホントにイリスちゃんだけやで」
『……』
マイクの向こうで沈黙するイリス。
「この後いいホテルレストラン予約してあるねん。レース終わったら一緒にどうや?」
『……分かった、行くわよ』
「そうか。じゃあ無理しすぎんように、でも悔いはないように頑張ってな。愛してるでイリスちゃん」
そう言ってミゼットは一度通信を切る。スタート前まではレーサーに集中してもらうため、一度通信を切るのは定石である。
ミゼットは。
「……ふう。初めて女の子誘うのに緊張したかもしんなあ」
そう言って一度、椅子に座り込んだのだった。
□□□
「……あのバカ、レースの前になに約束取り付けようとしてんのよ」
イリスは大いに呆れつつも、あの男らしい自由っぷりだと思いため息をついた。
いやまあ、あまりにも呆れすぎて緊張は少しほぐれたので、もしかするとそれが狙いだったのかもしれないが。
「アタシだけ……か」
イリスはミゼットの言葉を思い出した。
あの軽薄男の言葉を簡単に信じるほどお人好しではないつもりのイリスである。
だが、確かにここ数ヶ月はいつも自分のレースや練習に付き合っており、他の女と遊ぶ時間は考えてみればなかったなと思い出す。
「……はあ、アタシもなに少し嬉しくなってるんだか」
今度は自分に呆れるイリス。
それで元気が湧いてくるのだから、なんとも乙女だなと自嘲するしかない。
「とりあえず、レストランでは一番高いもの注文してやるわ」
「各選手。ピットまで移動してください」
係員のその言葉とともに、イリスを含む予選を勝ち上がった十人のレーサーが移動を開始する。
その中には、昨日宣戦布告をした『絶対女王』エリザベス・ハイエルフもいた。
エリザベスと目が合う。
「昨日言ったとおり、アタシはアンタに勝つわよ」
イリスはエリザベスにガンを飛ばしつつそう言った。
「……そう。どの道私のやることは変わりません。一番速く効率よく走るだけですから」
エリザベスはフラットな表情と声でそう答えた。
イリスは「この女吠え面かかせてやる』という闘争心をさらに燃やしつつ、自分のボートが乗っている台を引きながらピットに向かった。
ピットに着くと愛機である『ディア・エーデルワイス』を台から下ろして水面に浮かべる。
そして再度のボディチェック。
通信機についてはすでに昨日のうちに、持ち主の魔力にエンチャントをかけたりするような道具ではないと確認してあるが、改めて説明し係員に手にとって確認させる。
確認が済んで許可が出た。
他の選手はすでにボートに乗り、スタートの時を待っている。
イリスも『ディアエーデルワイス』に飛び乗った。
全員が準備ができたのを係員が合図を出し、フラッグを持った審判に告げる。
そして、審判がフラッグを振り上げた。
それを合図にピットを飛び出していく各ボート。
しかし、イリスも含めてまだ全員ゆっくりとした走行である。
決勝戦は普段の大会と同じ加速スタート方式。スタート時間までにラインを超えていなければいくら加速した状態からスタートしてもいいのである。
よって、レーサーたちはピットからスタートラインまでの距離と時間を上手く使い、スタート時に最速でラインを切ることを目指すのである。
この間にアナウンスが各出走者をアナウンスする。
『第一コース、1番。レアボート造船ギルド、操縦者エリザベス・ハイエルフ第二王女、機体名「クリアウィング」』
一番最初にアナウンスされたのは大会七連覇、キャリア無敗の『完全女王』。
観客席から歓声が上がる。ここ数年の『エルフォニアグランプリ』の諦めムードを作った張本人ではあるが、少なくとも本人の人気は絶大である。
『エルフォニアグランプリ』の観客席は、貴族用の席と平民用の席で分かれている。そして声援は貴族用の席からだけなく、平民用の席からも上がっている。
人は皆、強いものが好きだし完璧なものが好きだ。自分などに手の届きようもない圧倒的な存在が好きなのだ。
最高の才能と最高の技術をもつ少女は、最新の最高品質の機体に乗り、今日も「当たり前のように」勝利する。
『続いて、第二コース、3番。エルフォニア金融ボート部門、搭乗者ブルース・ライオット。機体名「ライジングムーン」』
次の出走者をアナウンスするが、エリザベスの時に比べるといささか歓声は劣った。
その後に名前を呼ばれる他の出走者たちも似たような反応だった。
これが、今の『エルフォニアグランプリ』に漂っている空気である。誰も誰かがエリザベスを破ることを期待していない。そんなことは無いと初めから諦めているのだ。
だが。
『続いて、第八コース。25番、シルヴィア・ワークス、操縦者イリス・エーデルワイス、機体名「ディアエーデルワイス」』
イリスの名前がアナウンスされた時。
ワアッ!!
と、観客たちから大きな歓声が巻き起こった。
「……びっくりしたわ」
当のイリスは驚いて観客席に目をやる。
特に大きな歓声を上げたのは、言わずもがな平民の人々が座る席からだった。
魔力血統において低い地位にいる人々が、熱い声援を送っている。
『魔力障害を持ちながら、唯一『完全女王』に勝つ可能性を秘めたイリスちゃんは、今や弱き者の希望の星ってことやな』
通信機からミゼットの声が聞こえてくる。
「……そう」
イリスは自分に歓声が向けられているこの状況が、少しだけ現実感が無かった。
それもまあ、仕方のないことだと思う。
だって、自分はほんの少し前までは誰にも見向きされないような、マイナーレーサーだったのだから。
ただまあ。そういう期待をしてくれると言うなら。
イリスは操縦桿を握っていない方の手を平民の観客席の方にする。
再び津波のような声援がイリスの体をうった。
「……ははは、気合はいっちゃうわね」
イリスは小さく笑いながらそう呟いた。
そして、いよいよスタート十秒前。
『スタートまで、10……9……8……』
アナウンスによるカウントが開始され、各ボートが勢いよく加速を始める。
『……7……6……5』
しかし、イリスはまだゆっくりと徐々に速度を上げて行く。
『ディアエーデルワイス』の加速は不安定、スタートはどうしてもフライングを避けるためにギリギリを攻められない。
このスタートにも慣れてきたとはいえ、未だに少し焦る気持ちもある。
だが。
『イリスちゃん。ディナーは海鮮のフルコースやで』
こんな時にも、いつもどおりのノリでそんなことを言う男のおかげで冷静でいられる。
『……3……2……1……スタート!!』
スタートの合図を聞いたと同時に、イリスは操縦桿に魔力を流し込む。
マジックボートレース最大の祭典。『エルフォニアグランプリ』本戦レースの火蓋が切って落とされた。
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