第132話 だからアンタも

 サバアアアアアアン!!

 という豪快な水しぶきが上がる音を聞いたとき、ダドリーの額を冷たい汗が流れた。


(……ま、まさか)


 そして、背後から。

 キコキコキコキコキコキコキコ。

 と高速でペダルを回す音が聞こえた時、その悪い予感が的中したことを理解した。


「いやあ、途中出走はルール違反じゃないみたいで助かったわ」


「やっぱり貴様かあああああああああああああああああ!?」


 あの忌まわしい足漕ぎボートの人間族が、集団の並走する位置につけてきていた。

 この男は登録上、自分たちが妨害しているフレイアのサポートレーサーである。

 そして、メインレーサーの走路が塞がれていた時にサポートレーサーがやることなど決まっている。


「まあ、お前らにもそれぞれ事情はあると思うんだよな。だから恨みつらみは言わないけど、その代わり容赦もしない。お互い様だろ?」


 リックがそう言うと、ダドリーを含めフレイアを囲んでいたレーサーたちの顔が青ざめる。

 彼らも予選でのこの男とこの男の機体のイカレ散らかした走りは知っている。

 160kgを超える本人の重量、軽量化する気の欠片もない金属補強された元輸送用ボート。

 こうしてホームストレートを並走しているだけで、こちらの水面が普段の何倍も波打っているのだ。

 こんなものが集団に突っ込んできたらどうなるかなど、考えるまでもない。


「さて、道を開けてもらうか。ウチのメインレーサーのためにな……おらよっ!!」


 リックがや並走していた状態から一気に集団にボートを寄せる。

 それだけで、重量を極限まで削って高速で走行しているレースボートにとっては横合いから大波が押し寄せてきたようなものである。


「おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」


 ダドリーや二位集団の選手たちの船が凄まじく暴れる。

 当然ながら機体ごと自分が吹っ飛んでいかないように踏ん張るのに精いっぱいで、フレイアをブロックうんぬんなどと言っていられる場合ではない。

 その隙に。


「いけ、フレイアちゃん!!」


「……うん!!」


 フレイアはデカデカと空いた集団の間を、真っすぐに抜け出した。


「くっ……!! 行かせんぞ」


 包囲をしていたボートのうちダドリー以外の四機が、フレイアを追いかけようとするが。


「おっと、そうはいかないぞ」


 ゴツン、と『セキトバ・マッハ三号』に軽く小突かれる。

 リックとしては軽く小突いたつもりなのだろうが、普通のレーシングボートからすればもやはただの追突事故である。


「ぐおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」

「ぐああああああああああああああああああああああああああ!?」

「うわあああああああああああああああああああああ!!」

「きゃあああああああああああああああああああああああああああ!!」


 四機ともまとめて吹っ飛ばされ、無残に転覆した。


「……ひぇ」


 ダドリーの口から思わずそんな悲鳴のようなものがこぼれる。

 大人と子供なんてレベルではない、赤子と巨象くらいのパワーの差である。


「あれ? なんだよ、もう少し体幹鍛えたほうがいいぞお前ら」


 リックは吹っ飛んでいったレーサーたちの方を見ながらそんなことを言う。


「……くっ」


 ダドリーは少しの間どうすればいいか考えていたが。


(……はあ、俺はここまでか)


 諦めてため息をついた。

 たぶんこの化け物のブロックを自分が抜けるのは無理だろう。

 仮に何とかリックの妨害を抜けたとしても、残っているのは自分のみ。あの少女の動きを抑えるには心もとない。


「こうなったら、素直に応援でもするかね……」


 ダドリーは前方に目をやった。

 そこには小さな少女がさらにその先を走る『完全女王』を追いかける姿があった。

 初めは魔力障害持ちの平民の癖に、などと思っていたダドリーだが正直に言えば今ではフレイアのことを一人の競技者としてリスペクトしている。

 その技術も、レースにかける情熱も、なによりどんな状況でも勝とうとあがく挑戦者としての姿を。

 同じレーサーとして、そしてベテランになり昔ほどあそこまで必死になれなくなった一人のエルフとして、眩しい姿だと思う。


(うん。俺が言えたことじゃないけど、頑張れよお嬢ちゃん)


 そんなことを思っていると。


「……応援したくなるよな。フレイアみたいな子はさ」


 少し先を走っているリックがそんなことを言ってきた。


「挑戦する人の姿は、いつだって人を熱くさせる。その道に困難が立ちふさがれば立ちふさがるほど、その姿は眩しく輝く。そういうの見るとさ、『俺もあんな風に熱く生きたい』って思っちまうよな」


「そうかもな」


 ダドリーは返事をしつつも眉を潜めた。

 レース中に対戦相手である自分に話しかけて、いったい何がしたいんだ?

 しかし、リックの口から思いもよらぬ言葉が出る。


「……だから、アンタも挑戦してきたらどうだ?」


「え?」


「目を見れば分かるよ。アンタは挑戦者の目をしてる。ホントはさ、心の底ではこの最高の舞台で妨害役なんかせずに目一杯走ってみたいんだろ?」


「それは……」


 確かにそれは否定できないダドリーの本心だった。

 今は『エルフォニアグランプリ』の決勝。マジックボートレーサーとしての一年の集大成。

 敵は二十年ぶりに復活した最強の女王と常識破りの無謀なる超新星、しかしこちらも体調は万全、機体もこれまでで最高のものを使っている。

 試してみたい。

 ダドリー・ライアットというレーサーがどこまで通じるのかを。


「どのみち、もう包囲作戦は崩壊してる。それなら素直に一位を狙ったほうがアンタらの黒幕の目的にもあってるだろうしな」


 そう言うとリックは、横に動いてダドリーの前を開けた。


「ほら、行って来いよ。一人のレーサーとして。小賢しいこととか考えずにさ」


「……なぜ、そこまでしてくれるんだ? フレイアが勝つ可能性を少しでも上げるなら、このまま俺には沈んでもらったほうがいいだろ」


「ああ、まあ、そうなんだけどな」


 リックは少しバツが悪そうに言う。


「応援したくなるんだよ、挑戦者はさ。俺も無謀な挑戦してる人間だから」


「……そうか、お人好しだなお前は」


 ダドリーはそう言うと、ハンドルに魔力を一気に注ぎ込みボートを加速させた。


   □□□


(……追い付け、追い付け、追い付け!!)


 フレイアは多少のリスクは無視してギリギリのコースを攻めながら進んでいた。

 『完全女王』に追い付くにはこうするしかない。

 それでも現実的に詰められる距離かと言われれば微妙なところであるがやるしかないのだ。

 もっともっと最短を。

 もっともっとギリギリを。

 いつコースアウトしてもおかしくないような走りをフレイアは断行する。

 その成果もあってか、少しづつだが『完全女王』との距離は縮まっていく。


(……いや、おかしい)


 そこでフレイアはあることに気が付いた。

 いくらなんでも、差が簡単に詰まりすぎだ。

 まだ追いかけ始めてから一周と少しで、もう目の前まで迫っているのだ。

 そして、フレイアが包囲を抜けて追いかけだしてから丁度一周分の距離を走った時、とうとうフレイアはエリザベスの横に並んだ。


「……ようやく来たわね」


 そう、エリザベスは速度を緩めて待っていたのだ。


「どうして……?」


 フレイアの疑問に。


「三十年前のようなケチはつけたくないですから」


 エリザベスは淡々とした声でそう答えた。


「アナタは彼女に似ている……アナタならまた見せてくれるかもしれない。あの時の……最後に見せた美しい走りを」


 エリザベスは操縦桿に魔力を込め直し、スピードを最高速に戻す。


「さあ、戦いましょう?」


 赤い瞳が真っすぐにフレイアの方を見つめる。


「……うん。そうだね。勝負だ。あたしが勝つよ」


 フレイアも真っすぐにエリザベスを見つめ返す。


「小娘だけで盛り上がってんじゃねえぞおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」


 さらにそこに、後方から迫るボートが一機。

 『ノブレススピア』とダドリー・ライアットである。


「……あのおじさんも来たんだ」


 フレイアはその姿を見てそう呟いた。


「彼はいいレーサーですからね」


 エリザベスはダドリーをそう評した。

 実際フレイアとしても安定感のある上手い走りをするレーサーだな、と印象に残っていた。

 色々と雑念があるのかベストな走りができていなかったようだが、少なくともフレイアの評価ではエリザベスを除けば一番地力のある選手である。

 油断していい相手ではない。

 三機は僅かな差で第八週目に突入。


 今回の『エルフォニアグランプリ』は色々なことがあった。

 陰謀と計略、かなえたい夢に将来への打算。

 だが、それはすでに過ぎ去った。

 ここからは本当の真っ向勝負。


 エリザベス・ハイエルフ。

 フレイア・ライザーベルト。

 ダドリー・ライアット。


 三名のマジックボートレーサーとしての実力のぶつかり合いが今始まる。

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