第131話 頼もしい
「悪く思うなよ……お嬢ちゃん」
二位集団を形成するレーサーの一人、ベテランレーサーのダドリーはそう呟いた。
現在、ダドリーは試合前にエドワードに指示された通り、フレイアの走行を外から見れば意図的に見えない範囲で妨害していた。
ダドリーはチームが違うためエリザベスのサポートレーサーというわけではない。
しかし、先日の予選の後すぐにあの悪魔のような第一王子から「どうせ、今年はエリザベスには勝てないだろ? 協力したらその機体『ノブレススピア』は君に譲ろうじゃないか。『グレートブラット』程ではないが『ガレオゲイナ』を多く使った素晴らしい機体だよ」と言われたのだ。
確かに全てごもっともである。
今年エリザベスに勝つのは無理だろう。
それならば、今年は大人しく従って来年この『ノブレススピア』を完全に乗りこなせるようになってから、再び『エルフォニアグランプリ』に望む方が賢い判断だ。
なにより、あの第一王子に無理に反発して睨まれたら碌なことにならないだろう。
二位集団を形成するフレイアを除いた他の四名も、恐らく同じ経緯でエドワードに協力を持ちかけられた者たちだろう。
(……だけどまあ、俺たちが妨害なんかしなくても結果は変わらないだろうしな)
ダドリーはそんなことを思う。
自分のやっていることを正当化するためではなく、フレイアとエリザベスの実力を客観的に見たうえでだ。
本人も一流のレーサーであるダドリーには、実際に両者が走っているところを見れば分かってしまう。
結論から言って……勝負にならない。
フレイア・ライザーベルトは魔力以外においては天性のセンスを持つ素晴らしいレーサーだ。その実力は疑いようもない。
しかし、相手はあの『完全女王』。
いや、まだ『完全女王』とまともに勝負できるのであれば、対抗しえたかもしれない。
ダドリーはそれほどにフレイアというレーサーの腕を評価している。
だが、あの『グレートブラット』というふざけた機体が、その可能性をすり潰してしまっている。
化け物レーサーを化け物機体に乗せたら勝てるわけもない。
正直、ダドリーとて『エルフォニアグランプリ』に何度も出場している一流のレーサーであり、そこに誇りがある。
(戦えるものなら、俺も戦いたいんだがなあ)
だが、一流であるからこそエリザベスには勝てないと分かってしまうのだ。
「……まあ、お嬢ちゃんも大人しくしときなって」
ダドリーはフレイアにそう言うが。
「っく!!」
フレイアは左右に動いてなんとか包囲を抜け出そうとする。
「……お嬢ちゃん」
フレイアにだって自分とエリザベスの実力差は分かっているだろう。
それでも少女は足掻き続ける。
本当はアリもしないかもしれない勝利の可能性を求めて。
「……若さってやつかな」
自分も昔はアレくらい諦めが悪かった時期があったかもしれないと思う。
実際ダドリーも、優勝を目指して走りたくないかと言われれば、そうしたい気持ちはある。
ふと、フレイアに道を譲ってやろうかという思いが頭をよぎった。
(まあ、だが……これもおっさんなりの戦いさ)
あの少女とその父親は今年の大会にかけるものがあるのだろう。だがダドリーからすれば、チャンスはこれから何年もある。
来年、再来年、勝てる機会を探せばいい。
もしかしたらあの女王は今年でまたレースから身を引くことだってあるかもしれない。
いつか勝てばいいのだ。いつか。
そんなことを思いながら、ダドリーはその一流の技術を駆使して、他四人のレーサーと共にフレイア動きを封じるのだった。
□□□
(……くっ、ダメだ。包囲網が破れない!!)
すでにスタートしてから五週目。
フレイアは何度も二位集団からの脱出を試みたが、全て失敗していた。
まあ、フレイアを囲んでいるレーサーたちはそれはそれで『エルフォニアグランプリ』で二位集団を形成できるような一流たちである。
そもそも操作性の低い『ディアエーデルワイス』で彼らのブロックを抜けるのは厳しいのだ。
(なんとか……なんとかしなくちゃ……)
気持ちがはやる。
こうしている間にも先頭を行くエリザベスとの距離は開いていく。
現状でもかなり厳しい遅れだが、これ以上開くようなことがあれば挽回は不可能になってしまう。
しかし。
……やっぱり、ダメだ。
五週目もどうにかして隙を探したが、本気で進路をふさぎに来てる五人の一流レーサーがそんなものを作るはずがない。
そしてそのままホームストレートに突入。
フレイアが逆転不可能と見た分の差が開いてしまう。
……かに思ったその時。
『出走します。20番。シルヴィア・ワークス、操縦者リック・グラディアートル、機体名「セキトバ・マッハ3号」』
会場にアナウンスが響き渡った。
ザバアアアアアアン!!
と、大型の海洋生物が着水したかのような豪快な水しぶきが上がる。
そして……。
「よお、フレイアちゃん。遅くなってすまんな」
「リッくん!!」
頼もしい、あまりにも頼もしいサポートレーサーが現れたのだった。
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