第130話 悪く思うなよ……
本日は二話更新です。
アラフォー英雄三巻、好評発売中ですので書店で見かけましたらよろしくしてやってください(ステマ)
――
エルフォニアグランプリの本戦が始まった。
意外にもスタートと共に先頭で抜け出したのはフレイアだった。
出走前は色々あったが、フレイアはなんとここにきてこれまでの生涯で最高のスタートを切った。
それはフレイアの技術というよりは偶然によって発生したものである。
『アンラの渦』が解除されたタイミングでフレイアは少しでも他の機体との差を詰めるために目一杯出力を上げた。それがたまたま今日の『ディアエーデルワイス』にとって丁度最高速でスタートと同時にゴールラインを駆け抜けられるタイミングだったのである。
そして『ディアエーデルワイス』の最高速度は全機体中最高。
当然、集団を抜けてホームストレートを先頭で走り抜ける。
ワアア!!
と、観客たちから歓声が上がる。
さっそく優勝を期待される新星がその力を存分に見せ、トップに立ったのだ。
「……よし、行ける!!」
フレイアはそう声を上げて、さらに姿勢を低くし加速していく。
開いていく後方の機体との差。
そして、差し掛かった最初のターン。
フレイアはタイミングを見計らって、減速を始める。
そのままターンをしようとするが。
(……思ったより、速度が落ちてない?)
大怪我からの本来ならあり得ない早さでの回復、機体の乱れていた魔力の修復。
これらの出来事で、フレイアと『ディア・エーデルワイス』のバランスが微妙にかわっていたのだ。
それ自体はむしろ普段よりも出力が出ているといういいズレなのだが、残念なことにその「いいズレ」に走り方を慣らす機会などあるはずもなかった。
「ぐっ……!!」
フレイアはコースアウトギリギリまで大きく膨らんでしまう。
普通の機体なら、ちょっと減速をミスしたところでさすがにここまでは大きく膨らむことはない。
だが、フレイアの機体は『ディアエーデルワイス』。フレイアの操縦技術が高いため忘れそうになるが、ほとんどの人間が諦めるほど圧倒的な操縦の難しい暴れ馬である。
そして、そんなフレイアのミスを逃すはずのない者が一人いる。
――来たぞ!! 『完全女王』だ!!
観客たちからそんな声が上がる。
フレイアが大周りをしている間に、二番手につけていたエリザベスがターンポイントに入ってきた。
エリザベスは無言で淡々と、ターンをきめる。
そして当たり前のようにロスをしたフレイアを抜き去り、一位に躍り出た。
「……すごい」
ただ一回、ターンをしただけだったが。それを見たフレイアは思わずそんな言葉を呟いた。
最短、最速、最高効率、そして天地がひっくり返ってもミスはしないだろうと思わせるほどの安定感。
なんの種も仕掛けもない普通のターンに、エリザベス・ハイエルフというレーサーの凄みが凝縮されていた。
なにせ、たった一回のターンで後続との差が見え始めるのだ。
明らかに一人だけ技術のレベルが違う。
「……だけど、あたしは勝つ!!」
フレイアは大きく膨らみながらも、『ディアエーデルワイス』の加速力を生かし猛追する。
凄まじい加速力と最高速。
なにせフレイアは、レーサーの中でも飛びぬけて小柄で体重が軽い。加えて最高の加速性能を誇る魔石式の『ディアエーデルワイス』だ。
間違いなく今大会最速……いや、歴代でも界綴強化魔法を発動した時のイリスを除けば最高の直線速度と言っていいだろう。
エリザベスとの差が少しずつ詰まっていく。
……が。
(……差が、思ったよりも詰まらない!? 相手はターン型の機体のはずなのに)
フレイアの方が速度は出ている。それは間違いない。
むしろ、今日は加速装置の調子がいい。スタートの時と同じく、これまでで最高の出力が出ている。
で、ありながら前を行くエリザベスとの差が少しづつしか縮まらないのである。
エリザベスのボートは形は曲がりやすいように大きめに作られたターン型。本来直線は速くないはずだ。しかし、明らかに直線型の機体と同じレベルの直線速度を実現している。
「……これが『グレートブラッド』!!」
ハイエルフ王家の財力で強引に作り上げた最強のボート『グレートブラッド』。
作り自体は最先端のターン型ボートなのだが、素材に『ガレオゲイナ』という同質量のプラチナに匹敵する超軽量希少木材を100%使用することで、直線でも直線特化型に引けを取らないという、存在自体が反則のような機体である。
結局、フレイアは追い越し返すまではいかずに、連続カーブへ差しかかってしまった。
そして当然、カーブは高い安定性を誇る『グレートブラッド』の独壇場である。
ほとんどスピードを落とさず、凄まじいほどの滑らかさでカーブを進んでいくエリザべスと『グレートブラット』。
一方、ほんの僅かに遅れてコーナーに入ったフレイアは。
(……なんとか、なんとかついていかなきゃ)
そう考え必死に食らいついていく。
『完全女王』はミスをしない。
そんな彼女が機体の総合能力でぶっちぎりのNO1である『グレートブラット』を操っている以上は、一度離されれば逆転の可能性は限りなく薄い。
しかし、その気持ちが焦りを生んだのか。
「しまっ……!!」
フレイア本日二度目の減速ミス。
今度は膨らむのを恐れすぎてベストのタイミングより早く減速してしまった。
フレイアのミスの分開く、エリザベスとの差。
だが、それよりも最悪の事態が起きた。
フレイアは後方からやってきた5機のボートの集団に飲み込まれた。
それ自体は、よくあることだ。
地力はフレイアのほうが彼らよりは上なのだから、リカバリーして抜け出せばいい。
しかし。
「悪く思うなよ……お嬢ちゃん」
集団にいたレーサーの一人、ダドリー・ライアットが小さくそう呟いた。
次の瞬間。
集団を抜け出そうとしたフレイアの前を絶妙なタイミングで、ダドリーともう一人のレーサーが蓋をした。
「!?」
とっさに魔力の注入を緩めるフレイア。
しかし、少し勢い余って前のボートにぶつかってしまう。
ゴン!!
という木材同士がぶつかる低い音が響く。
幸い『ディアエーデルワイス』に破損は無かったが、事態は芳しくなかった。
大会の裏にある政治的な動きについてなど考えなくても、一流のレーサーであるフレイアには分かってしまった。
今の動きは明らかにこちらの動きを抑え込もうとしていた。
いや、この集団のレーサー全員が自分の動きを抑えるために動いているのだ。
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