第8話 二等騎士アンジェリカ・ディルムット
「お、恐ろしい必殺剣だ……やはり二等騎士……」
何を自分は思いあがっていたのだろうか。確かに俺はFランクの中では強いほうなのだろうが、所詮は最低ランクの中での話である。やはり、上には上がいるし自分はまだまだ素人なのだ。
気を引き締めなければ。
俺は足を肩幅に開き腰を落として構えをとった。
全く持って油断ならない相手である。
さきほどの荒々しくも繊細な変則剣。確かに凄い技だったが、それだけでは俺も躱すことができた。
しかし、アンジェリカは罠を張っていたのだ。
『瞬脚』を使っていながらのあの遅い動き。閃光などと通り名がつけられているくらいだ、本来は遥かに早く動けるのだろう。それこそ俺の目には追えないほどに。
しかし、アンジェリカはあえてゆっくりと動いたのだ、そう、俺を油断させ必殺剣を当てるために。緻密に計算された戦い方だった。
アンジェリカは壁に突き刺さった剣を両手で引き抜くと、こちらの方に向き直り構える。
「……先ほどの動き、こちらの突進に反応していましたわね。これほど完璧に動きを捉えられたのは、一年前に特等騎士と手合わせしたとき以来ですわ」
アンジェリカはあえて本気の突進を躱されたふりをしているのだろう。俺の隙を作るために。猪突猛進な脳筋女のように見せているがその実、驚くほどクレバーな戦い方をする。
「だけど、そんなことは関係ありませんことよ。見切られているなら、さらに速く、もっと速く、とにかく速く、見切れないスピードで動くまでですわ!!!!!」
徹底して脳筋を演じてきている。油断したら相手の思うつぼだ。やはり一筋縄で行く相手じゃない。
「覚悟なさい。今から使うのは、私にはまだ日に三度しか使えない必殺の高速移動術ですわ。体への負担が大きい分、速度は先ほどとは桁違いですわよぉ」
アンジェリカは剣先をリックに向けると、先ほどよりも強い魔力を足に送り込む。
搦め手を止めて、ついに本気のスピードを見せてくるか?
「『瞬脚・厘』!!」
アンジェリカの体が一瞬にしてトップスピードまで加速した、その速度は先ほどの約三倍。宣言通り比べ物にならない速さだった。
だが。
(やっぱり、まだ遅い……え? ホントにこれが本気なの?)
まあ、確かにさっきよりは速いけど、普通に避けて攻撃できちゃうんだけど……
いや、イカンイカン。
これはおそらく罠だ。
油断して反撃しようとすれば、先ほどと同じように鋭い必殺剣が飛んでくるに違いない。
俺は攻撃を出そうとした手を引っ込めて、アンジェリカの突進を大きく躱した。
クソッ!! このままじゃこっちからは手が出せない。
だが、いつまでも手をこまねいていても埒が明かない……よし、決めた。次の次だ。
次の次に突進してきたときが勝負だ。威力よりもとにかく出の速さを重視したパンチでカウンターを決めるぞ!!
□□□
一方、自らの最速の突進を躱されたアンジェリカは加速の勢いを何とか殺し切り、一度膝をついた。
「まさか、これも躱してくるとは」
ズキリとアンジェリカの太ももに痛みが走る。
『瞬脚・厘』は魔力を使い、一瞬にして足の筋繊維を極限まで収縮する『強化魔法』である。当然負担も大きい。だからこそ今の自分の体力では日に三回が限界なのだ。
しかし、その一撃をいともたやすく躱された。自分の最速が。
ならばどうする?
敵の出方を見るか? 奇策を弄して意表を突くか?
否!
否である!!
そんなものは匹夫のやり口。この誇り高きディルムット家二女にして、王国騎士団二等騎士『閃光のアンジェリカ』には不要!!!
(高貴な者には、高貴な戦い方以外の選択肢は存在しませんわ。 ことは単純明快!!! 一度で躱されるのなら連続で最高速をぶちかますだけですわ!!!)
アンジェリカは自分の足に魔力を溜める。
(これは私にとっても未知の領域……いきますわよ、連続の『瞬脚・厘』)
アンジェリカの体が疾駆した。
しかし、リックは大きく横に飛び容易く身をかわしてくる。
「やはり、躱してきますわね。だけど……」
アンジェリカはすぐに右足でブレーキをかける。
凄まじい加速でギリギリと軋む骨と肉。
それは肉体が放つ危険信号だった。これ以上は無理だ、これ以上は危険だと。
だが、アンジェリカは。
「こ、根性おおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
気合一斉とともに、体のアラートをガン無視してさらに右足に魔力を送り込む。
アンジェリカの体が一気に減速、停止し、そして次の瞬間反対方向にトップスピードで加速した。
この瞬間、アンジェリカは自らの殻を破ったのである。今まで不可能だった二連続の最高速を実践の中で実現したのだ。
(もらいましたわ!!!)
しかし、運が悪いというかなんというか。
方向転換し二歩目を踏み出した先に、先ほどつまずいたものと同じ石があった。
「あっ」
再び盛大にこけるアンジェリカ。
「きやああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
加速の勢いそのままに地面すれすれを滑空し(胸部が洗濯板並でなかったらさぞ痛い思いをしていただろう)、リックの足元めがけて吹っ飛んでいく。
□□□
アンジェリカは俺に二度目の『瞬脚・厘』を躱された後、すぐさま方向転換し三度目の突進を敢行してきた。
まあ、とは言ってもどちらも大したスピードはなく、『瞬脚』に見せかけただけのフェイクだろう。俺はそれを見切っており三度目の突進に合わせて拳を打つつもりだった。
飛び込んでくるアンジェリカに合わせて打ちだそうとしたその時。
「きやあああああああああああああああああ!!」
前に見た必殺剣の時と同じようにやけに気合の入った掛け声と共に、アンジェリカの体が視界から消えたのである。
「!?」
俺はすぐに視線を下に向けた。
アンジェリカはまるで燕の飛翔のごとく地面すれすれを滑空し、こちらに向けて迫ってきたのである。
何という縦横無尽で変則的な(そして自分の身体的特性を生かした)動きだろうか。
さらに、こちらがカウンターを撃とうとしているタイミングを完璧に外しにきたことから、恐らく俺の狙いも読まれていたのだろう。
俺がアンジェリカを見失っていたのはほんの一瞬である。しかし、その一瞬が俺の手元を狂わせる。
(くっ……)
俺は苦し紛れに近い状態で、正面に向けて打つために構えていた拳を下に向ける。
しかし、そんな姿勢で打った突きがこの女騎士に当たるわけがない。僅かにタイミングが遅く俺の突きはアンジェリカの通り過ぎた地面に命中する。
バキイイイイイイイイイイイイイイイイイィ!!!
という、音と共に盛大に砂ぼこりが舞い上がった。
(やっぱり、躱してきたか……さすがに二等騎士だ……すいません先輩たち。手加減の約束、破らなくっちゃいけないかもです)
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます