第7話 負けた方が死ぬまで召使い

「え? 一次試験は手加減しなくてよかったの!?」


 一次試験が終わってすぐ、俺は廊下で声を上げた。


「はい」


 隣に立つメイド服のハーフエルフ、リーネットは相変わらずの無表情でそう言った。


「もちろん、一次試験でも周囲の人間をケガさせないように配慮することは必要ですが、我々が手加減をしろと言っていたのは二次試験の人間相手の模擬戦です」


「はあ、なんだよ……無駄に神経使って損した」


 俺はため息をついて長椅子に座り込んだ。


 考えてみれば、スライムバッグ相手に手加減する必要も無いよなあ。


 などと思い返していると。


「やい、そこの平民!!」


 まだ、声変わりにしていない子供の声がした。


「ん? ああ、お前さっきの試験にいた神童のなんちゃら」


「『神童』フリード・ディルムットだ!!」


 声の主は赤銅色の鬱陶しいくらい豪奢な法衣を着た少年だった。


「それで何の用だ? ママの場所分かんなくなったか?」


「馬鹿にするなよお。ボクチンはなあ……あの試験で華々しく天才っぷりを見せつけてギルドの話題に上るはずだったんだあ。それを、お前が卑怯な手でぇ……」


 卑怯な手も何も普通にスライムバッグ蹴り上げただけなんですが……


 ああ、なんか泣き出しちゃったよこの神童(仮)くん。


「ちょっと、アナタ!!」


 今度は女の声が聞こえてきた。


 現れたのは、金髪縦ロールに銀色の装飾がうっとうしいドレスという、いかにもお嬢様チックな衣装に身を包んだ少女だった。年の頃はリーネットと同じくらいだろうか。気の強そうな切れ目をした中々の美少女である。


「ワタクシの弟を泣かすとはいい度胸ですわね」


 えー、俺が悪いのかよ。


 てか弟って。


「えーと、この坊ちゃんの姉ちゃん?」


「ええ、ワタクシはアンジェリカ。ディルムット家の二女ですわ」


「うわーん、おねえちゃーん」


 神童くんがアンジェリカの胸にダイブする。てか顔はいいのにオッパイえらい残念だなあ……一人暮らししてた時に使ってた洗濯板思い出すわ。


「あそこのアラフォーのオッサンがぁ、ボクチンをいじめたんだあーーーー」


「失礼な。まだ、アラサーだぞ!!」


 俺の魂の反論は軽く無視し、しゃがんでフリードの頭を撫でる洗濯板……じゃなかった。アンジェリカだったな。


「まあ、まあまあまあ。なんてことでしょう。私の可愛いフリードちゃんがあんなアラフォーに……」


「だから、アラサーだって!! てか、別に俺はその子をいじめてなんか――」


「お黙りなさい!!!!」


 耳がキーンとするような声でアンジェリカが叫んだ。


「こんな可愛いワタクシのフリードちゃんが言うんです。アナタが悪いに決まってますわ」


 魔女裁判も全裸エスケープしそうな暴論である。


 アンジェリカはスッと優雅な動作で立ち上がると、右手に着けていた白い手袋を俺に向かって投げつけた。


「アナタに決闘を申し込みますわ!!」


「あー、せっかく真っ白に洗濯された手袋が。貴族のお嬢ちゃんには分からないかもしれないけど、洗濯って意外に大変なんだぞー」


 一人暮らしをしていた時分。仕事で疲れて帰ってきたときに溜まった洗濯物を見ると、その、何と言うかその……ちょっと切なくて辛かった。


 俺は床に落ちた手袋を拾って汚れを払う。


 隣のリーネットが淡々とした声で言う。


「リック様……それを拾ってしまうと決闘の承諾になるのでは?」


「あ、やべ」


「フフフ……拾いましたわね。フィルハイム王国式の決闘は両者とも一つずつ条件を付けることができますわ。私が申し付ける条件は『負けた方が死ぬまで相手の召使になること!!』。王国騎士団、二等騎士アンジェリカ・ディルムットが下郎を成敗して差し上げますわ!!!」


   □□□


 試験会場になっているギルト中央支部。その中の空いている闘技場の一つに俺は連れてこられた。


「はあ。受付でも喧嘩売られたし。やっぱ4242番の呪いにでもかかってるんだろうか……」


 俺は下を向いてため息をついた。落ちたらギルドのメンバーの愛の特訓×3が待ってるから試験に集中したいんだけどなあ。


「おーほほほほほ、徹底的に懲らしめてやりますわぁ!!」


「やっちゃえー、アンジェリカお姉ちゃーん」


 俺とは対照的に、ディルムット姉弟は元気いっぱいである。若いっていいのう。オッサン君たちが眩しいよ。


「しかし、厄介なことになったなあ」


「ええ、そうですね」


 一緒についてきたリーネットもそう言って頷いた。


「てか、あのアンジェリカって娘。王国騎士団の二等騎士だっけ……結構強いよね?」


 リーネットは相変わらず淡々とした口調で話す。


「フィルハイム王国の警備警察を司る王国騎士団。その二等騎士と言えば、その上には最高位の一等騎士しかいません。一応伝説級の騎士8人にだけ与えられてる特等騎士と言う称号もありますが。まあ、それについては騎士団内の序列とは直接関係はないですからね。組織構成だけで言えば二等騎士は上から二番目になります。冒険者で言えば最低でもBランクレベル。まあ、大したことありませんね」


「いやいや、大したことあるって。十分強いじゃん!!」


「ちゃんと、手加減するんですよリック様」


「手加減て。相手の方が遥かに格上だぞ!? 俺なんかついこの前冒険者になったばっかりのFランクだぞ!!」


 リーネットは俺の手を取って言う。


「不安ですか?」 


「むしろ、無事に生きて帰れるかが心配だよ……」


「リック様。この二年間の修行を思い出してください」


「……この二年間か。辛いことや大変なこと、そして時には死ぬほどつらいことがあったなあ」


 ……


「……死にたく……な……い……」


 ハッ!! 危ない。行ってはいけないところに行くところだった。


「どうですか?」


「体調が一気に最悪になりました」


「でも、緊張は解けたでしょう?」


「……」


 俺はリーネットの顔を見る。


 ニコリと、小さく微笑んだ。可愛い。嫁にしたい。


 そうだよな。一次試験でみんな俺の攻撃に驚いてたじゃないか。俺はそれなりには強いはずだ!!


 俺は小さく笑う。


「はは、ちょっと行ってくるわ」


「はい、行ってらっしゃいませリック様」


「準備はいいかしらぁ?」


 そう言って腰から剣を引き抜くアンジェリカ。


「ふうっ」


 相手は二等騎士、今の俺にどこまでできるかは分からないができる限りのことをやろう。


「ふふふ、さっきまでと顔つきが変わりましたわね。とはいえ所詮はFランク冒険者……少し手加減してあげますわ、死なない程度にね!!」


 そう言ったアンジェリカの周囲にゆらゆらとエネルギーがうごめき始める。


「『強化魔法』を使った剣士職型か、弟とは違うみたいだな。まあ、騎士団だし当然と言えば当然か」


 魔法は冒険者にとっての剣であり防具であり回復薬ともいえる切っても切り離せないものである。大まかに三種類あり。


『界綴魔法』自然現象に働きかける魔法。広範囲高威力のものが多いのが特徴。炎、風、水、雷、などと言った系統が存在する。


『強化魔法』自らの魔力そのものを使い自分の肉体や武器を強化する魔法。最もシンプルな魔法であるがゆえに近接戦闘に置いて高い効果を発揮する。


『神性魔法』神の加護に働きかける魔法。ヒールやターンアンデッドといった回復や解呪・除霊系の魔法。 


 と言った感じである。通常冒険者はこれら三つのうちどれか一つを極めて、残りは補助的に使うといった形で戦闘スタイルを確立していく。ちなみにアンジェリカの所属する騎士団では『強化魔法』を極めるものがほとんどである。


 アンジェリカの白いニーソックスに包まれたムッチリとした足に魔力が溜まっていく。


「私のスピードについてこられるかしら。いきますわよぉ『瞬脚』!!」


 アンジェリカが地面を蹴る。


 次の瞬間には俺の背後にあった柱が、アンジェリカの剣によって切断されていた。


 俺は棒立ちのままだった。


「なん……だと……?」


「あいさつ代わりに少しゆっくり目にして差し上げたのですが……Fランクのアナタには速すぎたようですわね」


「ハハハハハハハハハハ、見たかぁ平民めぇ。姉さまは『閃光のアンジェリカ』と呼ばれる騎士団の一等騎士含めた中でも特別スピードに定評のある女騎士なんだ。基礎強化魔法の『瞬脚』ですら目で追うのは至難の業なんだよお」


 フリードがまるで自分のことのようにドヤ顔で言う。


 再びアンジェリカの足に魔力が集まっていく。


「おほほほ、さっきから驚きの余り声も出ないようですわね」


 アンジェリカの言う通り、リックは驚きの余り声も出ずに茫然としていた。


「ですが次はわざと外したりはしませんことよ『瞬脚』!!」


 アンジェリカの体が加速する。


(や、やっぱりだ)


 俺はその様子をしっかりと目に捕らえながら、唖然としていた。


(お、遅すぎる……俺が普通に走るより遥かに遅いぞ……)


 スピードに定評のある閃光のなんちゃらちゃらとやらの動きは、俺がこれまで見てきた動きに比べてスローモーションもいいところだった。


「リック様!!」


「あ、やべ。躱さないと」


 リーネットの声に、俺はゆっくりと迫ってくるアンジェリカの突進を軽く体をそらして避けた。


 やっぱり、俺は強いのかもしれない。


    □□□


 一方、アンジェリカは驚きに顔を歪ませていた。


(躱された? しかも、今のは私の動きを完全に見切っていたような……)


 否、そんなはずはない。自分の速度にまともに反応できる人間は一等騎士ですら一握りしかいなかったのだ。その証拠に、この男は先ほど自分の動きに反応もできていなかったではないか。


「今のは偶然、運よく躱せる方向に動いていただけですわ!!」


 すぐさま右足でブレーキをかけ方向転換する。


「今度はまぐれはありませんことよ」


 再び地面を蹴って加速、剣を突き出しリックに切りかかる。


 しかし、やはり目の前の男は完全にこちらの動きに合わせて体を左に躱してくる。


(くっ、まさか本当に)


 その時だった。


 会場整備の人間が見逃したのだろうか。


 闘技場の砂に隠れていた石につまずいてアンジェリカは豪快にこけた。


「えっ!? きゃあああああああああああああああああああああああ!!」


 もはや、尻もちついてアイテテだのパンチラだのと言うレベルではなく『瞬脚』で加速した勢いそのままに、ものっそい勢いで回転しながら闘技場の壁に頭から突っ込むほどであった。辛うじて剣を離さなかったの騎士団の剣士としての意地であろう。


 ところが、このアクシデントが思いもよらぬ勘違いを起こすことになった。


   □□□


(やっぱり、遅いなあ。騎士団ってあんまりスピード重視して鍛えないのか? さすがにこれで二等騎士ってのは……)


 やっぱり俺は結構強いのかもしれない。なんか自信出てきたな!!


 俺はアンジェリカの方向転換してからの突進を余裕で見切り、体を右にそらして躱そうとする。


 しかし、次の瞬間。


 アンジェリカの体が思いもよらぬ動きをする。


「きやあああああああああああああああああああああああああああああ!!」


「!?」


 やたら気合の入った掛け声とともに、『瞬脚』で加速した勢いそのままに地面を蹴って跳ね上がると、まるで大車輪のように高速で縦に回転しながら連続で斬撃を放ってきたのである。


 見たこともない剣術である。


 無形かつ変則、豪快にして繊細、パーティメンバーの皆から様々な武術を教わってきたが、そのどれにも属さないオリジナルの剣技だった。


「くっ!!」


 だが間一髪。なんとか躱すことができた。しかし、上着は袈裟に大きく切り裂かれることになった。まともに受ければ一撃で大ダメージを受けていたかもしれない……パーティメンバーの無茶苦茶な訓練に感謝である。


「お、恐ろしい必殺剣だ……やはり二等騎士……強い!!!」

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