第6話 ベテラン魔導士も衝撃を受ける

 リックの試験を担当した魔導士が運ばれたのは、中央会場に隣接する最も設備の充実した第四治療室だった。


 ベッドに横になり苦しそうに寝息を立てる魔導士を見て、彼をここまで運んだ試験官二人はため息をついた後こう言った。


「……それにしても、とんでもなかったな。さっきの受験生」


「ああ、完全無詠唱の第一界綴魔法が全文詠唱の第五界綴魔法をはじき返すなんて初めて見た……ってか、そもそも完全無詠唱の魔法自体初めて見たぞ」


 そこに、扉を開けて一人の男が入ってくる。


「俺の部下が倒れたと聞いたが、無事か?」


 その男が入ってきたとき、試験官二人の背筋がこれでもかと言うほど伸びた。


 魔導士教会、第三部隊隊長、1級魔導士のエルドレット・シモンズである。


 魔導士でありながら2mを越す筋骨隆々たる体躯に、鋭い眼光を持つその男は魔導士団随一の切り込み隊長として恐れられる男である。


 エルドレットの威圧感に気圧され、試験官の一人は直立不動で報告する。


「て、典型的な『魔力欠乏症』です! しばらく寝れば回復するかと」


「魔力欠乏症? たかだかEランク試験の攻撃役で、2級魔導士のこの男がか?」


「は、はい。我々も信じがたかったのですが。実はとんでもない男が現れまして」 


 エルドレットは担当試験官たちからリックについての話を聞いた。無詠唱魔法のことやその前の試験で複合型上級スライムバックを蹴り一発で粉砕したことなど嘘偽りなく。


「ふむ。なるほど」


 そして、エルドレットは一度大きくうなずいた後。


「貴様ら、俺をからかっているのか?」


 と、至極真っ当な反応をした。


「誰が『僕の考えた最強の中年受験生』を語れと言った?」


 そういって、ごつい手を合わせボキボキと音を鳴らすエルドレット。


 身の危険を感じた二人の試験官は必死に弁明する。


「いえ、決してそんなことは、本当に事実なのですから」


「そ、そうです。この受験番号4242番とかいう狙っているとしか思えない不吉な番号の受験生はちゃんといるんです!!」


 そう言って、試験官の一人がリックのプロフィールが書かれた紙を取り出して、エルドレットに見せる。


「……」


 エルドレットは紙を受けとりながら二人の様子を観察し、どうやら嘘ではないようだと判断した。


「しかし、貴様らの言うことが本当だとすれば。面白い受験生だな。まるで基礎能力の怪物だ」


 エルドレットの言葉に試験官たちが尋ねる。


「基礎力ですか?」


「ああ、戦いにおける基礎とされるのは『体力』『身体操作』『魔力操作』そして『魔力量』と言われているが、この受験生は前三つの練度が異常なレベルだ。『体力』と『身体操作』は攻撃力試験の話を聞けば言わずもがな。使う魔法も基礎技である『第一界綴魔法』だが、それで他の受験生どころか試験官が使う上位武術や魔法を遥かに上回る力を出している。恐らく『魔力』の変換効率が凄まじくいいうえに、技そのものも刀匠の鍛え上げた刀剣のように磨き上げられているのだろう。地道な体力トレーニングや魔力操作の鍛錬を根気よく行ってきた証拠だな。しかし……いったい何者なんだ?」


 部隊長はそう言ってリックの履歴書に目を通す。


「ふむふむ……ねえ、この職歴欄。変な幻覚魔法とかかかってない?」


「ああ、いえ、私たちもそれを疑ったんですけどね……彼、筆記試験満点だったんですが記述問題の解答などを見ていると、実際にギルドの事務系仕事を長年やっていたとしか思えない見事な答え方でして。受付の仕組みに関する記述問題など「この新しい仕組みは使いにくいので、元に戻すべきである」などと、若干ながらシステムに関する愚痴が見え隠れするような気さえします」


「そうか……いや、しかし、30まで受付だった人間が冒険者って……しかも、たった二年でこれほどまでとは、いったいどこでどんな訓練をすればこんなことに」


 その時、エルドレットの目が履歴書のある一か所で止まった。


 住所の項目である。


・『レストロア領―アルクスト地区―第13番 ビークハイル城』


「ひぃ!!!」


 突然、エルドレットが悲鳴を上げてその場にうずくまった。


 先ほどまでヒグマのような威圧感を放っていた男が、一転して怯える子犬のような有様である。


「ど、どうされました!! やはり、幻覚を見せる魔法が!!!」


「……ごめんなさい……ごめんなさい……もう教会魔導士の権力をかさにきて調子に乗った態度はとりません……ああ、ヤメテ、人間の首はそれ以上曲がらな……」


 ビークハイル城。現在は『とあるパーティ』が集会場にしていると噂されている古城であり、部隊長が才能あふれる血気盛んな新人だった頃、先代の魔導士教会会長に鼻っ柱をへし折るために訓練で連れていかれた場所である。

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