闘技会編

第140話 ヘラクトピア


 現在の『ヘラクトピア』という国を理解する上で、過去の戦乱時代の歴史を知ることは欠かせない。

 大陸は現在、大きく『王国』と『帝国』という二つの大国によって二分されている。だが、かつては大小様々な国が入り交じる戦乱の時代があった。

 戦乱の時代、『大陸皇帝』を名乗る西の国の王が圧倒的な戦力で次々に他国を支配していった。王国はそれに対抗してマルストピア国王の権威を御旗に周囲の国を吸収合併していく。当時存在していた大半の国は、そのどちらかに巻き込まれて消滅している。

 よって、王国や帝国に比べれば国土は小さいながらも現在残っている小国たちは、戦乱の時代を生き延びることができたそれなりの理由があった。

 例えば、『オリハルコン・フィスト』のメンバーであるミゼット・エルドワーフの故郷、『エルフィニア』は豊富な魔力資源と少数精鋭ながら強力な魔法を武器にする『魔法軍隊(マジックフォース)』の戦力を外交カードに上手く立ち回り、むしろ戦乱の時代に富を蓄えるという所業を成し遂げ、現在『王国』『帝国』に次ぐ裕福な国になっている。

 では、これからリックたちが向かう『ヘラクトピア』はなぜ生き残ったのか?

 理由は至極単純である。

 攻める価値が全く無かったからである。

 一面に広がる不毛の大地。海からも二大国からもかけ離れた戦略的重要度が恐ろしく低い立地。他の国からいらぬと切り捨てられた場所。それこそが、かつての『ヘラクトピア』であった。

 だが、そんな『ヘラクトピア』に大きな変革が訪れたのは、戦乱の時代が終了してすぐのことだった。変革をもたらしたのは、武勇で名を馳せていた4代目ヘラクトピア王、アレキサンダー・ヘラクトピア。

 アレキサンダーは、莫大な予算を投じて世界最大の収容人数を誇る巨大なコロシアムを建設した。

 そして五年をかけてコロシアムが完成。完成式典が国を上げて行われた。

 しかし、式典に参加した国民たちの反応は冷ややかなものだった。

 何を考えているのだ、なけなしの国家予算を使ってあんなものを作って。武勇は優れていても、為政者としてモノを考える脳ミソはないらしい。などと、散々な言われようであった。

 そんな周囲からの声を浴びながら、闘技場の中央に立ったアレキサンダーは、全世界に向けて宣言した。

『俺は今この瞬間に、俺が世界最強の男であることを宣言する。文句があるやつはこのコロシアムに俺の首を取りに来い。勝者には我が国の全財産と王権をくれてやる』

 その会場に来ていた国民。そして、各国の来賓たちはアレキサンダーの正気を疑った。

 しかし、一国の国主が発した宣言である。その宣言はまたたく間に世界中に広がり、腕に覚えのある者たちが集まってきた。

 その挑戦者たちを、アレキサンダーは倒していく。

 次々に、ナイフ一本、武器一つ身につけず、その身一つで。

 次第にその戦いを見たいというものが集まるようになる。

 そして、二千人目の挑戦者を倒したとき、アレキサンダーはさらなる宣言を世界に向かって叫んだ。


『一対一では話にならん。これからは何人で来ようが、どんな武器を用いようが、どんな策を巡らせようが構わん。俺は魔法も使わず武器も持たず、この体一つのみで正々堂々真正面から蹴散らしてくれる』


 流石に、これには期待よりも呆れが先行した。所詮は人一人の力。それも魔法と武器を用いないともなればそんな強さなどたかが知れている。

 この男は当然の理屈によって敗北するだろう。

 その予想通り、数の利、文明の利器、強力な魔法、数々の知略、それらを惜しみなく用いた戦闘集団が容赦なくアレキサンダーに次々と襲いかかった。


 ……が。


 この男は死なない。

 この男は殺されない。

 この男は打ち破る。

 どれだけ絶望的な状況になろうとも真正面から拳を振るい続け、最後には自分の血と返り血で真っ赤に染まった五体で敵を踏みしだき、勝利の雄叫びを上げるのだ。

 当然のように観衆たちは熱狂した。世界最大の収容人数を誇るコロシアムに入り切らない人々が溢れかえる。そんな光景が毎日続いた。

 そして、アレキサンダーが勝ち取った勝利の数が五千に上る頃。

 『ヘラクトピア』は人と活気があふれる、興行国家になっていた。

 コロシアムでの戦いを見ようと集まる人々。彼らが泊まる宿谷、その人々に美味い食事を提供する飲食店。熱気に当てられた男たちや女たちが、熱い一晩を過ごす歓楽街。カジノに、病院に……

 冗談でも比喩でもなく、本当に『拳』一つで国を救ったアレキサンダーは後にこう呼ばれるようになる。


 『拳王』と。


   □□□


「って話は有名だな。それ以上はあんまり詳しくないけど」


 リック・グラディアートルは大通りを歩きながら、右隣を歩くリーネットにそう言った。


「そうですか、それでこの国は格闘興行が盛んなのですね」


 左隣のブロストンは、うむと一言唸っていう。


「その冗談のような話が根拠のある史実だというのが、また興味深いところだな。是非、かの『拳王』とは拳を交えてみたいものだ」


「『英雄ヤマト』の時代よりも前なんで、とっくに死んでますけどね。てか、ブロストンさんと『拳王』の殴り合いとか考えるだけで恐ろしいな……」


 リック、リーネット、ブロストンの三人が歩いているのは、『ヘラクトピア』の大通りである。多くの人が行きかい、私生活で使う日用品や食料などを売っている店よりも、旅行客向けのサービスを提供する飲食店や娯楽施設が多く立ち並ぶ様は、非常に興行国家らしい町並みである。

 それにしても、今は人が多すぎる気がしないでもないが。

 気を抜くとはぐれてしまいそうである。


「しかし、ブロストンさん。この国に『六宝玉』があることは分かってるとは言え、どうやって探しますかね」


「まずは聞き込みからだろうな。ふむ、ちょうどそこの裏路地で立ち話に興じている者たちがいるようだ。話を聞いてみよう」


「ん?」


 ブロストンが指さした方をリックが見ると。


「おいおい、ネーちゃんよお。そんなつれない事言うんじゃねえよ。ちょーと俺とそこのホテルで休んでいかないかって誘ってるだけじゃねえかよ」

「きゃ。や、やめてください」

「『きゃ』だって。かーわい~」


 ……どう見ても立ち話というより、ガラの悪い男が女の子に絡んでいるようにしか見えなかった。

 ブロストンはそんなリックの感想を他所に、ずんずんと裏路地の方に歩み寄る。


「会話を遮ってしまって申し訳ないが、お前らに少し訪ねたいことがある」


 ブロストンの低い声に、スキンヘッドの男が同時にそちらの方を向く。


「ああん? なんだよ、こっちは取り込み中で……って、うお!?」


 スキンヘッドの男がブロストンを見て驚きの声を上げた。

 まあ、振り返った瞬間、目の前に喋るオークが現れたら驚くのも無理はないだろう。


「お、おい。なんだこのオークみたいなやつは」


「オークみたいなやつではなく、俺はれっきとしたオーク種だぞ。まあ、こうして言葉を話すし、書物の読み書きや絵や音楽を趣味にしているから、お前らの持つオークのイメージからは多少は変わっているかもしれんがな」


「ふざけんな!! そんなもん、もはやオークじゃねえだろ!! 多少って言葉を辞書で調べてみろこの野郎!!」


 いかにも学のなさそうなチンピラの、あまりに常識的すぎるツッコミが炸裂した。

 ブロストンの偉容に最初はビビっていたスキンヘッドだったが、次第に威勢を取り戻していく。


「と、とにかくテメーはどっか行ってろ。俺はこれからそこの女とイイコトするんだからよ」


「あーふむ。なるほど。ナンパの最中であったか、これは失礼した。しかし、それにしてはあまりにもやり方がずさんだったような。もう少し相手を観察して声のかけ方を工夫するべきでは? あれでは、引っかかるものも引っかからないぞ。ふむ……いや、存外お前の取っていた手段は間違いではないのかもしれんな」


 ブロストンは顎に手を当てて言う。


「独り身の女性には年に数回くらいの割合で、ある程度誰でもいいから性行為をしたいと思う日があると言う研究結果がある。仮に年に3日そういう日があるとすれば、約121.6分の1の確率で引き当てる事ができるから、120人くらいに声をかければ当たりを期待できるわけだな。よって、相手の事情を考えるよりも少し強引に自分勝手に声をかけて回転数を増やすわけか。なるほど、実に合理的な方法だ。感服した」

「訳わかんねえこと言ってんじゃねえ!! てめえ。俺を『拳闘士』って分かった上で喧嘩売ってんだろうなあ」

「ほう。『拳闘士』だったか。確かこの国では最も人気のある職業だったな。ふむ、しかし、そうなるとわざわざこんなナンパなどしなくても、相手は見つかりそうなものだと思うのだが……ああ、つまりお前はあまり人気や実力のあるファイターではないのか。コレは失礼した」


 粛々と頭を下げるブロストン。


「煽ってんのかてめえ!!」


 ポキポキと手の骨を慣らしてブロストンにメンチを切るスキンヘッド。


「ここじゃ表通りから目立つ。こっち来いや」

「ん? かまわんが?」


 そう言って、裏路地の奥の方に歩いていくチンピラたちとブロストン。

 リックはその隙に、少女の元に駆け寄った。


「おい。今のうちにこっちに!!」

「え? あ、はい!」


 手を引いて裏路地から引っ張り出す。

 十六歳くらいの気弱そうなの少女であった。白い毛並みの猫耳と尻尾が非常に可愛らしく、クリっとした目と幼い顔立ちも相まって中々の美少女である。


「あ、あの。助けていただいてありがとうございます。私、ミリシアと言います」

「俺は、リックだ。こっちのメイド服はリーネットな。感謝されるほどのことはしてないよ。それよりも……」


 リックはついさっき出ていった裏路地の方を見る。

「……大丈夫かな?」

「そう、そうです!! あのオークみたいな人は、大丈夫なんでしょうか。あの人達は闘技会で普段から戦っている『拳闘士』で、たぶん喧嘩もすごく強くて」

「あーいや、心配してるのはそっちじゃなくて」

「はい?」

「あいつの命がなあ」


 次の瞬間。


 ドゴ、メキ、ゴシャ、バキ、ボキィ!!


「ぎぎゃああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」


 生々しい音とチンピラの悲鳴が表通りまで響き渡った。

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