第46話 王騎十三円卓

 本日、東方騎士団『本部』の警備はいつにも増して厳重であった。

 元々、東方騎士団本部は東西南北の4つの本部の中で最も歴史の古く、最も強固な防壁と侵略者を撃退する設備を揃えた場所である。しかし、本日はそれに加え通常の警備隊を3倍以上配置し、ダメ押しとばかりに各地の警備に当たっている実力者を100人近く呼び寄せている。

 普段は東方騎士団学校の警備に当たっている、レオ・グラシアル分隊長も地方から呼び出された人間の一人である。


「……はぁーっ」


「大きなため息だね。レオ分隊長』


 そう言ったのは、シルヴィスター・エルセルニア一等騎士。彼も部下のレオと一緒に呼び出されていた。


「せっかくの休日がこれのせいで潰れましたからね。こちとら。大金すって傷心だってのに……」


「それはレオ分隊長が、せっかくこの前の模擬戦で勝った儲けを『魔力走船』レースで大穴狙って全額つぎ込んだからでしょ?」


 シルヴィスターは呆れたように肩をすくめる。

 レオ分隊長はふて腐れたように言う。


「へいへい、そうですよ、自業自得ですよ。でも、それとは別にこの仕事に意味があるように思えないんです」


「ああ。まあ、そうかもね」


 二人は自分たちの背後にある建物に目をやる。

 堅牢なつくりの六角形の白い建物の名は『王器十三円卓』。

 建物内部の中央に円卓と十三の椅子が置かれ、ある人々が年に数回集まり会議を行うためだけに存在する場所である。

 その「ある人々」とは、『特等騎士』。

 通常の階級とは異なる傑出した戦闘能力のみを条件に選出される、王国の決戦兵器と呼ばれる怪物たちである。


「俺は今日、会議場に入っていく特等騎士達を直に見ました。その感想を言わせてもらえば……」


 レオ分隊長は震える声で続ける。


「ただ一言、『尋常じゃない』。特に黒い騎士装束を着た男は、近くに来ただけで意識が押しつぶされるかと思いましたよ……」


「ああ、第三席のボルツ氏か。あの人は魔力や覇気を隠す気もない御仁だからね」


「何というか俺らが守る必要ないでしょう、あんな怪物」


「そうだね。ボルツ氏だけじゃない。他の特等騎士の方々も皆、一騎当千の化け物だ。まあ、それでも戦闘能力で選ばれているとはいえ、特等騎士のほとんどは騎士団内でも重要な職に就く人たちだ。厳重な警備は必要さ、体裁的な意味でもね」


「そうですか……あー、でも。一人だけ凄い弱そうというか。全然凄みを感じない人がいたな。17歳くらいの子供で、中肉中背で面構えもなんか普通で。なんかこう、騎士団学校時代に教室の端でずっと一人でいる奴の中に、あんな感じのやついたなー。みたいなの」


「ああ。その人が第一席だよ」


「ええっ!?」

 

 シルヴィスターの言葉に驚くレオ分隊長。

 第一席は騎士団最強、そして騎士団最強ということは、王国の機関に属する人間の中で最強ということである。


「マジかよ……見た目じゃわからないもんですね」


「まあ元々、『王器十三円卓』には第十三席、第八席、第六席、第五席、第二席と5つも、『秘匿番号(ヒドゥンナンバー)』があるわけだしね。一目で圧倒的強者と分かる人ばかりではないさ」


 『秘匿番号(ヒドゥンナンバー)』とは人物を公開していない特等騎士たちのことである。特等騎士に選ばれたとき本人の意思や諸事情により、特等騎士であることを伏せることがある。

 彼らは今回のような定例会議では招集されず、普段は一般の隊員の中に紛れて過ごしており、騎士団の内部においてもその素性を知るものは同じ特等騎士のみである。

 レオ分隊長が言う。


「考えてみりゃ、ちょっと怖い話じゃないですか? もしかしたら、自分が普段話してる同僚が特等騎士かもしれないなんて。もしかしたら、シルヴィスター隊長がそうだったりします?」


 それを聞いて、シルヴィスターは小さく笑う。


「ははは、どうだろうね。ただ、噂では『秘匿番号』の内二人は、東西南北と中央の5つの騎士団学校のどこかにいるって話だよ」


   □□□


 いよいよ実践訓練が始まった。今日はその初日である。

 少し前にワイト主任教官が行った訓練は教練課程とは別の特別授業のようなものだったので、今回が本来の実戦訓練となる。現在は教室で訓練の概要を説明している最中だった。


「形式は各班対抗の一対一、使用するのは訓練用の刃が研がれていない剣だ」


 ペディックの言葉を聞いてリックがガイルに尋ねる。


「Aクラスの班の数って奇数だよね」


「そうっすね。俺らの班が最後ですから余っちまうはずですが」


 ペディックはゴホンと咳払いをして言う。


「余った班の相手は用意してある。入ってきてくれ」


 ペディックの言葉とともに、教室に4人の男女が入ってくる。皆、機能性を追求しながらも銀色獅子のエンブレムで美しく飾り立てられた武器を身にまとっており、背筋はまっすぐに伸び表情には自信が満ち溢れていた。

 教室中がざわついた。

 アルクが一言呟く。


「王族警護部隊が出てくるとはな……」


 王族警護部隊。それは一等騎士と同じく多くの騎士たちが憧れる部隊である。

 その名の通り王族の身辺を警護ずる部隊であり所属する者たちは最低でも二等騎士、その中でも身分と実力が上位の者の中から選抜される。


「へえ。そういえば、前に王族が出る式典で見たことあるな」


 王都と比べればさすがに田舎と言わざるをえない地域で生まれ育ったリックである。王族の関わる煌びやかな行事などほとんど目にしたこともなかったし、あまり関心もなかった。


「まさか、王族警護部隊と戦うことになるなんて……」


 おびえた声でヘンリーは言う。


「はっ! 上等だぜ」


 そう言って両手を打ち合わせるガイル。


「ああ、相手にとって不足は無い」


 アルクも相手を真っすぐと見据えながらそう言った。


   □□□


「はあ!!」


「やあー!!!」


 闘技場に移動したAクラスの模擬戦は現在、リック達504班の前の組の試合を行っていた。

 そんな様子を見ていた王族警備部隊の隊員の一人が呟く。


「ったく、ペディックのやつも何考えてんだか。同期のよしみで来てやったが、わざわざ俺らを呼んでおいてこの程度のやつら相手させるなんてよお?」


 髭面の横幅の太い骨格を持った男であった。年は20代後半、王族警備部隊所属一等騎士のガンスである。


「見ろよあの気の抜けた打ち込みをよお。魔力での身体能力強化も最近覚えたって感じかあ?」


 そんなガンスに対して、女性団員の二人が言う。


「まあまあ、ガンス。相手は学生なんだし」


「そうよー、あなただって最初はあんなものだったでしょ?」


「ああん? んなことねえよ。俺がアイツらぐらいの時期は遥かに強かったつーの。今の学生たちは甘ったれてんだよ」


 そう言ってのけるガンスに女性団員たちはやれやれと首を振る。二人とも新入団員のころのガンスを知っているが、確かに優秀だったとはいえそこまで今の生徒たちと大差なかったように記憶している。


「なあ、あんたもそう思うだろリーダー?」


 リーダーと呼ばれたのは長身で整った顔立ちをした男であった。鋭くも理知的な目つきをしており、真っすぐと伸びた背筋からは強者としての自信と実力を窺い知ることができる。名はシュライバー。ガンスと同じ一等騎士であり、また騎士団学校時のガンスの同期である。


「ガンス、お前の悪い癖だな」


「ああん?」


「お前は典型的な喉元を過ぎれば熱さを忘れるタイプだ。教官には向かないな」


「なんだこやろう……」


 眉を引きつらせるガンス。


「それに格下と一度判断すると、見下しすぎて警戒を怠る癖もある。注意するんだな」


「へっ、あんな雑魚そうな奴らの何を警戒しろってんだ」


 そう言ってガンスが指さした先には、504班の四人がいた。


「せいぜい、やれそうなのはあのデカいやつぐらいで、後はヒョロヒョロのもやし野郎に女みてえな奴に……クククッ、最後の一人は何だアイツ? おっさんじゃねえか。多分俺たちよりも年上だぞ。あの年で新入団員とか何かの冗談かよ」


 そう言って笑うガンス。

 一方、4人をつぶさに観察したシュライバーはリックのところでその視線を止めた。


(なるほど)


 シュライバーは504班の方に歩み寄っていく。


「君が部屋の代表か、私はシュライバー。よろしく」


 そう言って、手を差し出したのは。


「え? ああ、これはどうも。リックです」


 リック・グラディア―トルであった。

 シュライバーは相手の力量を推測する能力に長けていた。瞬時に敵の危険度を察知する能力は実戦において時には実際の実力以上に効果を発揮する代物である。彼は一等騎士の実力もさることながら、強者を嗅ぎ分ける嗅覚の鋭さによって一部隊の部隊長に選ばれた男である。

 その嗅覚が察知したのだ。この4人の中で一番強いのはこの男であると。


「別に俺がリーダーってわけではないんですが、まあ、その、こちらこそよろしくお願いしますね」


 そしてシュライバーの差し出した手をリックが握った。

 次の瞬間。


「……!!」


 ゾワリ。


 と、かつてないほどの悪寒がシュライバーの五体を駆け抜けた。

 全身から大量の汗が噴き出し、呼吸が荒くなり、膝がガクガクと震える。

 目の前でシュライバーの様子に首をかしげているこの中背の男の体が、何十倍にも膨れ上がって見える。


(な……なんだこれは、ここまでの圧は以前拝謁した特等騎士……『王騎十三円卓』の方々と同格……いや、もしかするとそれ以上……っ!!)


「で、では私はこれで失礼する」


 シュライバーはリックの手を離すと、逃げるようにしてその前にから離れていった。


 戻ってきたシュライバーに対してガンスは言う。


「おいリーダー。学生共の模擬戦に出る順番決まったみたいだぜ。うちはいつも隊の模擬戦やるときの順番でかまわねえよな?」


 ガンスが渡してきた紙には。


 先鋒 ガイル・ドルムント

 次鋒 ヘンリー・フォルストフィア

 副将 アルク・リグレット

 大将 リック・グラディア―トル


 と書いてあった。

 ちなみに、普段のシュライバーたちのオーダーなら、大将を務めるのはシュライバーである。

 すなわち、先ほどのアレと戦うのはシュライバーとなる。


「……」


「ははは、よかったなあリーダー。アンタの相手はあの新人オッサンだぜ」


「なあガンス。俺と戦う順番変えるか?」


「ああん? なーにビビってんだよ」


 シュライバーの申し出に眉をひそめるガンス。


「では、いいのだな?」


「はっ、落ちぶれたなうちらのリーダーも。別に構いはしねえさ。誰が相手だろうと瞬殺してやるからな」


 ガンスは訓練用の剣の中でも一番サイズの大きいものを肩に担ぎあげながらそう言った。

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