第24話 『六宝玉』の在処
ビークハイル城はレストロア領の森に囲まれた山の頂上にある廃城である。
そこは現在、俺、リック・グラディアートルが所属するパーティ『オリハルコン・フィスト』の集会場となっている。
その客間には俺を含め5人のパーティメンバーが集まっていた。
「これが『六宝玉』か。伝記読んでイメージしてたのよりも小さいなあ」
俺はそう呟いた。
テーブルの上に置かれているのは、直径約5cmほどの紅い丸石である。
「ええ、これが伝説の隠しボスの眠るダンジョン『根元の螺旋』を開くための鍵、その一つ『紅華』ですわ」
俺の隣に立つリーネットがそう言った。相変わらずのメイド服と無表情だ。
「リッくんにもこれがただの石じゃないことは分かる?」
「ええ」
椅子に座って骨付き肉を食べているアリスレートさんの言葉に、俺は頷いた。
一見すると赤い丸石にしか思えないこの『紅華』だが、少し目を凝らして見るとうっすらと紅いオーラのようなものを放っているのである。
これは完全に可視化された高純度の魔力だ。これほどの純度で魔力を生成するのは、『英雄ヤマト』のような例外を除きほぼ不可能であるとされている。
この石はその不可能な現象を当たり前のように常時発生させているのである。驚くべきことであり、『紅華』が尋常な代物でないことの証明でもあった。
ソファーに腰掛け、腕を組んだブロストンが説明を付け加える。
「『六宝玉』は常にあり得ないほどの高純度の魔力を発生させている。質のいい魔力はモンスターを引き寄せるから、例えば通常では空気中の魔力の密度が濃いところにしか生息しないはずの強力なモンスターが、人里近くに現れる現象が起きたりするのだ。二年前に『六宝玉』が覚醒してから、強力モンスターの異常発生クエストを追ってきたがこの前のワイバーンの巣でようやくヒットした。これで鍵探しもだいぶ楽になる」
俺の所属するパーティ『オリハルコン・フィスト』の最終目標は、この世界の誰もが知る冒険譚『英雄ヤマトの伝説』に登場する最強のボス『カイザー・アルサピエト』の打倒である。現在は、通常では違う次元に存在しており入ることのできない隠しダンジョンである『根源の螺旋』に入るための鍵、『六宝玉』を集めているところだった。
「準備できたでー」
テーブルの上に大きな紙を広げ、なにやら魔法陣のようなものを書き込んでいたハーフ・ドワーフのミゼットが全員に向けて声をかけた。
『オリハルコン・フィスト』の面々がテーブルの前に集まる。
アリスレートがミゼットの銀色の髪を引っ張りながら言う。
「ねーねー、ミッゼットくーん。魔力込めるのわたしがやってもいいー?」
「……せっかく用意した魔法陣と複写用魔力紙ごと城が吹っ飛ぶからダメや」
ミゼットは苦笑いをしながらそう言った。
アリスレートがプックリと頬を膨らませて不満を述べる。
「ちぇーけちー、いいもーん。かわりに後でリッくんに遊んでもらうもーん」
……俺、終了のお知らせである。終わったら全力で隠れよう。
「じゃあ、いくで」
ミゼットが大きな紙の上に置いた『紅華』に魔力を送る。
「十六方位の風、天地人の水、未来と現在と過去の光、放浪する我らの行く末に先達の一筆を賜らん」
今から行うのは『六宝玉』の共鳴である。
『六宝玉』は100日間に一度活性化した状態になり、活性化状態のそれを介して地形の複写魔法を行うと、性質の近い他の『六宝玉』の場所を示すのである。
「第六界綴魔法『アース・マッピング』」
ミゼットの魔力が『紅華』を伝い、魔力複写紙に流れていく。魔力の流れた部分に黒い線が現れ、見る見るうちに地図を描き出していった。
ちなみにさらっと使っているが、ミゼットの使った魔法は本来、ブロストンが得意とする『神聖魔法』に分類される複写魔法を、自然界の物質から情報を引き出すことによって無理やり実現する超高難易度の魔法である。
未だに第一界綴魔法と基礎技術しか使えない俺には逆立ちしても扱えない技だ。というか、ミゼットさん以外で使える人も使おうとする人も見たことがない。
「ん? この地形と建物……」
描き出されていく地図を眺めてブロストンが眉間に皺を寄せる。
「なにか、心当たりのあるんですか?」
「ああ、しかし何でこんな場所に『六宝玉』が?」」
「よし、複写完了や」
俺は完成した地図をのぞき込む。
全体的に見ると、王都中央ほどではないが、そこそこに発展した町のようである。星印が記された『六宝玉』があるであろう場所は大きな建物である。運動場のような広い平野がいくつもその周囲にある。そして、その周りを囲むようにして川が流れていた。
「あー、俺もこれどっかで見たことあるかもですね。えーと、確かギルドの受付の新人研修かなんかで……あっ」
分かってしまった。これはだいぶやっかいな場所である。
リーネットも分かったようで眉をひそめて言う。
「王立騎士団東部支部管轄地、騎士団新入団生研修学校。いわゆる、『騎士団学校』の一つですわね」
「やっぱりかあ」
王立騎士団は国の警察警備を司っている。要するに、お上の管轄地であった。
「どうしましょうか? さすがにこれじゃあ気安く調べて回るわけにも……」
「よっこいしょ」
ガシャン。
「……ミゼットさん。なぜ、この前見た黒い鉄の塊に弾を込めているんですか?」
「え? だって場所分かったし。あとは全部ひっくり返して探すだけやろ?」
だって、ではない。
「よーし、ブロストンくーん。お弁当にはエッグサンドいれといてねー」
「ふむ。騎士団か。久しぶりに手応えがありそうだ(ポキポキ)」
「あんたら、前から思ってたけどやっぱアホだろ!! ネジがどっか別の次元にぶっ飛んでるだろ!! 相手は国の重要機関なの!! もっと穏便な方法を考えんかい!!」
「ふむ。まあ、強行突破はいつでもできるからな。最後の手段としてとっておくべきだ、というリックの意見にも一理ある」
おかしい。俺は「とっておこう」などとは一言も言った覚えはないはずなのに……
「ではなにか、代案はあるのかリックよ」
「え? 代案ですか。んー、まあとりあえずは何とか潜入して「六宝玉」の場所とかの情報を集めるしか……例えばですけど誰かが持っていて、交渉で譲ってもらえるとかもあるかしれませんしね。まあ、どう潜入していいかは分からないですけど」
「ふむ。潜入の方法か」
ブロストンさんは顎に手を当てると、ニヤリと笑みを浮かべた。
「ふふふ、リックよ。よい案がある」
俺の背筋を強烈な悪寒が駆け抜ける。ブロストンさんがあの顔をしたときは、間違いなく何かろくでもないことを思いついた時である。
「まずは、ミーア嬢のところに頼みごとをしにいかねばな」
「ミーア嬢?」
「そういえばリックさんは初めてでしたわね」
リーネットが俺に説明してくれる。
「ミーア・アリシエイト・レストロア侯爵。数年前に亡くなった両親から若くしてその座を受け継いだレストロア領の領主の方ですよ」
□□□
「やっぱ侯爵家だけあって、でかい屋敷だなあ」
俺は目の前の大きな建物を見てそう言った。
ビークハイル城から馬車に乗って丸一日。レストロア領の領主であるミーア・アリシエイト・レストロアの住むレストロア邸の前に来ていた。
「さて、さっさと用件をすませるか」
「ミーアちゃん、元気にしてるかなあ」
「あの嬢ちゃん見るたびに発育良くなってるから楽しみやで」
もちろん先輩たちも一緒だ。ただ、リーネットだけは城で留守番をしている。
「ん?」
入口の門の前に、商人らしき人物が二人の門番に対して何か話しているのが見えた。
「いえいえ、別に悪いことしようってんじゃないです。ただ私は商売を」
「ここから先は、領主様のお屋敷である。一般の市民は通ることを許されない」
「用件があれば我々が言伝する。招待客である場合は招待状を見せろ」
取り付く島もなく商人を帰らせようとする門番たち。しかし、それで引く商人ではなかった。
「まあ、そんなこと言わずに、北の方から仕入れた素敵な陶磁器があるんです。領主様のお眼鏡にかなえば」
「うるさい。ダメだと言ったらダメだ」
「ぐふっ!!」
門番がしつこく食い下がる商人を蹴り飛ばした。
「今すぐ去れ!! さもなくば騎士団に引き渡して豚箱に放り込むぞ!!」
「くっ……ちっ、融通の利かない連中め」
腹を押さえながらその場を去っていく商人。
中々に厳しい警備体制のようである。まあ、身分の高い人の住むところだし当たり前と言えば当たり前なのだが。
「それで、どうやって中に入れてもらうんですか? 招待状もってるわけでもないでしょうし」
俺の疑問にブロストンさんが答える。
「ああ、大丈夫だ。俺たちはあの屋敷の人間たちとは知り合いだからな。快く通してもらえるさ」
「なんだよかった」
そんなことを話しながら門の前まで進むと、二人の警備の兵士たちが俺たちの行く手を遮った。
「ここから先は、領主様のお屋敷である。一般の市民は通ることを許されない」
「用件があれば我々が言伝する。招待客である場合は招待状……を……」
兵士たちが急に言葉を詰まらせ、ブロストンを見た。
「ふむ。久しぶりであるな。ミーア嬢は元気か?」
「ぶ、ぶぶぶぶぶぶ、ブロストン様あ!?」
「ほ、他の『オリハルコン・フィスト』の方々も……こ、こここここここれは失礼いたしましたあああああああああああああああ!!」
凄まじい狼狽っぷりである。国王が急に訪ねてきてもここまでにはなるまい。
いったい、以前に何があったというのだろうか……この二年で痛感していることだが『オリハルコン・フィスト』は知名度が高いわけではない。しかし、その存在を知っている人々からは、魔王か何かのごとく恐れられているのである。
まあ、大いにその気持ちは分かるが……
「通るぞ?」
「おっじゃましーす!!」
「門番お疲れさんやでー」
自宅の玄関のごとく門を通っていく先輩たち。
俺は門番たちを見た。
ガクガクと全身をふるわせて青ざめている。知り合いなのは間違いないようだが、快く通すについては首をかしげざるを得ない状態である。
「あのー、大丈夫で」
「ひい!!!」
「申し訳ありません、申し訳ありません!!!!」
なんかすごい勢いで謝られてしまった。どうやらあの人たちの同類だと思われているようである。
いや、一応パーティの一員なんですけどね。でも、あれよ。俺はあんなむちゃくちゃじゃないですからね?
「えーと」
「申し訳ありません、申し訳ありません、申し訳ありません……」
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」
「……失礼しーます」
俺は延々と謝罪を続ける哀れな門番の横を通り抜けて門をくぐった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます