第153話 猛獣
告知があるので、ちょっと早めの更新です!!
ーー
アンジェカとリックが砂丘に戻った時にはすでに昼になっていた。
「申し訳ありませんでしたわ」
アンジェリカは深々とリックに頭を下げた。
「ああ、いいっていいって。さっきも言ったけど俺もよく逃げてたしな。ところで、アンジェリカ。お前の戦闘スタイルは騎士団の時のままだろ?」
特に糾弾することもなく、リックは通りの口調でアンジェリカにそう言った。
「え? あ、はい。そうですわ。王国式剣術の型をワタクシなりに打撃に落とし込んだものですわ。よく分かりましたわね」
「剣があれば西部リーグのランキング一位とでもいい勝負ができる。違うか?」
「……」
目を見開いて沈黙するアンジェリカ。リックが言ったことは、アンジェリカがここ数ヶ月ずっと思い続けていたことだった。
「お前の戦闘スタイルは『強化魔法』を軸に、スピードを活かしたヒット・アンド・アウェイだ。そして、その完成度は非常に高い。しかも、接近した状態から始まり、戦える範囲が決まっている『闘技会』のルールと非常に相性がいい」
魔法の使用を認めている『闘技会』だが、実際に試合で主に使われるのは『強化魔法』である。『界綴魔法』や『神性魔法』は詠唱が長いほど威力や効果が高かったり、略式詠唱ですら発動までの時間がかかるものが多かったりと接近戦での使用が難しいのである。それならば、素早く発動できる『強化魔法』で単純に殴ってしまったほうが早い。アーロンと戦っていた時のアンジェリカのように、補助的に『界綴魔法』を使うことはあるが、『強化魔法』を中心に戦ったほうが有利なのは共通認識だった。
リックは言う。
「ただ……肝心の踏み込んでからの一撃の威力は、剣にかけた『強化魔法』に依存していたんじゃないか?」
アンジェリカは再び言葉を失うことになる。目の前の男はアンジェリカの試合をたった一度見ただけである。しかし、その一度で完全にアンジェリカの抱えている問題点を見抜いてしまっていた。なるほど、指導者としての資質はかなりのものであると認めざるをえない。
「……はい。剣の切れ味を強化する強化魔法『斬鉄剣』。『瞬脚』の次にワタクシが得意とする魔法ですわ。ですが『闘技会』は基本何でもありですが、武器の使用だけは禁じられています。だから、仕方なく手数に頼って戦ってきたんですわ」
「ああ、だけど、打たれ強い上位選手にはそれでは通じない。でも、それさえ克服できればお前は本来の実力を取り戻すというわけだ。今は休職中の二等騎士らしいが、接近戦に限定すれば一等騎士でも十分に通じると俺は見てる」
これもリックの言うとおりであった。匹敵するどころか、仮にもアンジェリカは二等騎士でありながら、騎士団の中で『閃光』という通り名を持つほどの実力者なのだ。本当に近接戦だけに限定して戦えば一等騎士の中ですらアンジェリカに勝てるものはそれほど多くない。『闘技会』のルールで戦えばAランク冒険者である兄のラスターですら勝てる自信があった。
「だから、アンジェリカ。今日からは応用編だ。お前に素手で使える剣を教えてやる」
アンジェリカは自分よりも背の高いリックの目を見る。リックは自分よりも一回り年上で、自分よりも沢山世の中を見てきたはずだ。なのに、その瞳には真っすぐな輝きがあった。幼い少年のような、未来を真っすぐに見つめる熱い光が。
素直に。本当に素直な気持ちで「かっこいい」とアンジェリカは思った。
「はい!! お願いしますわ」
「よし。じゃあ、その前にいつも通り『雛鳥ランニング』から始めるか」
ピシィ、とアンジェリカの動きが固まる。
「え? 訓練は次の段階に入ったんじゃ……」
「基礎トレーニングに終わりなんて無いぞ? 期間中はずっと続ける」
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!」
□□□
そんなこんなで時間は過ぎ。
『さあさあ、いよいよ。西部リーグも今シーズン最後の試合です!! 対戦カードは『狂犬』ヘルガントVS『閃光』アンジェリカ・ディルムット』
闘技場に実況の声が響く。
会場の観客達から一斉に声が上がる。期待のルーキーのトーナメント出場がかかった試合だけあって、動員数はほぼ満員だった。
『解説は元『拳王トーナメント』準優勝者、アドラー氏です。よろしくおねがいします』
『ああ。よろしく頼む』
無愛想な口調でそう言った解説のアドラーは今年で七十歳になる人間族の老人だ。しかし、さすがは元準優勝者というだけあって、未だに背筋はピンと伸び、服を内側から押し上げる筋肉の張りも健在である。隣にいる、標準的な体格をした四十代くらいの解説者と並んでいるのを見ると、一瞬どっちのほうが若いのか分からなくなってしまいそうだった。
『さて、アドラーさん。アンジェリカ選手は現在ランキング八位。七位との差はわずかに一ポイント。『拳王トーナメント』に出場ができるかどうかはこの試合にかかっていますが。どうでしょうか?』
『正直、厳しいだろうな。最終的に当たったのが『狂犬』ヘルガントというのは、どうにも運が無いとしか言いようがない。この時期、すでに『拳王トーナメント』への出場を決めている選手には、トーナメントに備えて捨て試合にする者も多いんだ。『拳王トーナメント』のファイトマネーは桁違いだからな。しかし、ヘルガントは現在ランキング五位だが絶対に手を抜かないだろうな。やつは戦って敵を倒すことを心底から楽しむタイプだ』
リングの上に、その『狂犬』ヘルガントが上がってきた。
チャンピオンのケルヴェインと同じ犬人族の男であるが、ケルヴィンの体つきを彫刻と表現するなら、ヘルガントの体は巨岩と表現するべきだろう。骨太の骨格にぎっしりと搭載された太い筋肉はまるで要塞のそれであった。
そして、その眼光はまさに通り名の通り『狂犬』そのものと言ってよかった。鋭い眼光は今宵も『勝利』という獲物を求めている。
『ああ、見たところ調子もいいし気持ちも入っているようだ。これはますます厳しいだろうな』
アドラーの言葉に実況はなるほどと相槌を打った。
『確かに、ヘルガント選手はアンジェリカ選手の苦手な打たれ強いタイプのファイターですからね。これまでの対戦成績もアンジェリカ選手は0勝2敗と完全に負け越しています。アンジェリカ選手としては、どのように戦っていけばいいでしょうか?』
『そうだな。まあ、綺麗に勝とうとしないことだな』
『といいますと?』
『これまでの試合は上品に勝とうとしすぎている。スピードで撹乱するのは結構だが、攻撃に移る時はリスクを覚悟でもっと深く踏み込まないと実力の拮抗した相手には勝てんのだ。まあ、そういう思い切りはなかなか得られるモノではないがな。特に貴族のお嬢様には性分に合わないだろうさ』
実況はアドラーの皮肉の混じった言葉に苦笑した。
アドラーはかなり貧しい家に生まれ、血の滲むような努力でその腕っぷしを磨いて今の富と名声を掴み取った男である。生まれながらにして裕福な貴族に対して批判的なのは、この界隈では有名だった。
『さて。アンジェリカ選手もリングの上に上がってきました……おっと? 何やら普段と様子が違うぞ?』
やたらとフラフラしているし、目も虚ろだ。まるで幽鬼のような有様に見えた。
しかも。
「ガルルルルルルル……」
この獣のような呻き声は、ヘルガントのものではなくアンジェリカのものだった。
よく見れば、虚ろな目はその奥でギラギラとした殺気を放っているし、フラフラのその体はしかし、不思議と隙を感じさせない。むしろ、近づけば噛みついてきそうな危うさすら感じられる。
もはや幽鬼というよりは手負いの獣の類である。
いったい彼女にこの短い期間で何があったというのだろうか?
対戦相手のヘルガントが珍しく気圧されて一歩後ずさる。これではどっちが狂犬か分かったものではない。
『な、なにやら、不穏な雰囲気がありますが。ともかく、試合開始です!!』
実況がそういったのと同時に、試合開始の鐘が大きく鳴り響く。
次の瞬間。
「しゃらああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!」
アンジェリカは『瞬脚』の上位技、『瞬脚・厘』を使って猛スピードでヘルガントに突進していった。
「なっ!?」
突然の奇襲に何とか腕をクロスさせてガードを作るヘルガント。
しかし、その上からアンジェリカ渾身の頭突きが炸裂した。
「ぐふっ!!」
あまりの衝撃にヘルガントの体が後方に吹っ飛んでいく。
今までのアンジェリカならこれほどの威力は出せなかった。下手をすればアンジェリカの方が弾かれて吹っ飛んでもおかしくない。しかし、一か月弱の地獄のトレーニングによって、その全身はバランスよく鍛えられ、さらに最大の力を発揮するための身体強化の感覚も体に叩き込んだ。加速力も衝突時に敵に力を伝えるパワーも技術も別物と言えるレベルになっている。
今のアンジェリカはまさしく高速で放たれた鉄の砲弾である。
ヘルガントは吹っ飛ばされた勢いそのままに壁に激突した。
しかし、追撃は終わらない。
「だらああああああああああああああああああ!!!!」
直撃。
倒れたヘルガントの顔面に、容赦の無い回し蹴りが炸裂する。
ガクン、とヘルガントの体から力が抜けた。
『しょ、勝者『閃光』アンジェリカあああああああああああああああああああああああ!!」
『……』
今日もどうせお上品な戦いをしてじり貧で負けるに違いない。などと思っていた解説のアドラーは、大口を開けたまま動きを止めてしまっていた。
それが、蓋を開けてみれば荒くれもののインファイターでもそうそう仕掛けないであろう速攻攻撃で、まさかの瞬殺KOである。
どんな、心境の変化があればここまで戦い方を変えられるというのだろうか。
ちなみにその時、リングの上では審判団が、既に気を失っている相手に追撃を加えようとしているアンジェリカを必死になって止めていた。
「お、落ち着くんだアンジェリカ選手!! もう勝負はついている」
「……ふへ、ふへへへへ、何言ってるんですの? この程度で、戦いが終わるわけないですわ。全身が粉々に吹っ飛んでないのに、人が立てなくなるなんて常識的に考えておかしいですわ」
「どこの常識ですかそれは!?」
なお、アンジェリカが正気を取り戻して頭を抱えたのは、宿に帰ってからであった。
ーー
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