第33話 覇王

 馬を追いかけてのランニングを終えた翌日。


 その日の全ての訓練・座学を終えたリックは資料室の前の廊下でペディックに呼び止められた。


「リック。少し仕事を手伝ってもらう」


 とのことである。


 資料室に入ったリックに対し、ペディックは言う。


「これから自由時間だというのに悪いなリック」


「いえいえ、日頃よくしてもらってるペディック教官ですし。それで仕事というのは?」


「ああ、普通の書類仕事だ。騎士団学校の教官とはいえど所詮は役人に代わりはなくてなあ。特にこの時期は手を焼く」


 リックはペディックの言葉にウンウンと頷く。


「分かります。新年度は何かとまとめる書類が多いですよね。お手伝いさせてもらいますよ」


「そうか、ではリックには書類仕分けをしてもらおう。なに、難しいものじゃない。提出する役所ごとに書類を分けてもらうだけだ」」


「はい、分かりました」


 快くと言った様子で手伝いを了承するリック。


「では頼むぞ」


 ドサアと山のような書類がリックの前に置かれた。


 大きな机を埋め尽くすほどだっだ。誰が見ても生半可な量ではない。


 ふ、かかった。


 ペディックはニヤリと笑う。


 量だけではない。この書類はあえて読み間違えやすい癖字で書いてあったりとミスを誘発する様々な細工がしてあるのだ。


 そして書類の中には、東方騎士団の団長である学園長の実印が押されたものも何枚か混ぜてある。もし仕分け間違えて全く関係のない機関に送られ、何かの拍子に紛失しようものなら大問題になる類の書類である。ミスを見つけたらそのことを口実に徹底的に怒鳴りつけるつもりなのだ。


 肉体が強いのなら精神的に攻めるまでである。


(ふふふ、さあせいぜい苦しんで書類とにらめっこをするが)


ヒュンヒュンヒュンヒュン。


「ファッ!?」


リックの両手が尋常ではないスピードで動いていた。書類の山かみるみるうちに整理されていく。


「よし。終わりましたペディック教官」


 あっという間に、一か所に山のように積んであった書類が整然と11種類の送り先に分けて並べられていた。


「お、おいおい、適当にやったんじゃないだろうな」


 しかし、ペディックがリックの30倍近い時間をかけて確認しても一切ミスはなかった。


「早すぎる……」


「あー、実は前職が事務職でして。あまり手際のいい方じゃなかったんですけど、書類仕分けだけはなぜか早くてですね」


 リックは恥ずかしそうに頭を掻きながら言う。


「かれこれ十年以上いっつも仕分け作業を押しつけられてたら、いつの間にかこれだけは病的に早くなってしまいまして。『書類仕分けの百練覇王』などと言われてました」


「驚くほどかっこよくない異名だな!!」


   □□□


 書類整理を終えたリックが部屋に戻ると、ヘンリーとガイルがいた。


 現在は夜の7時。就寝時間である8時まで自由時間となっている。


「あれ。アルク君はどこか行ってるの?」


 リックの問いかけに対し。


「ちっ」


 ガイルは舌打ちで返した。


「知らねえよ。アイツは自由時間になると一人で部屋出て就寝前まで帰ってこねえんだよ。つか、俺に話しかけるんじゃねえ!! 俺はまだてめえに負けたとは思ってねえからな」


 そう言って敵意むき出しでこちらを睨んでくるガイル。初日の訓練を終えてからずっとこの調子である。何か気に障るようなことをしたのだろうか?


 リックは肩をすくめてヘンリーに声をかける。


「なあ、ヘンリーく」


「ひいいいいいいっ!!」


 メッチャビビられた。


 ヘンリーも最初の訓練で助けたときなどはお礼を言ってもらったりしていたのだが、訓練が進むごとにリックを見る目に得体のしれない化け物的な何かに出会ったかのような恐怖が浮かぶようになってきていた。


「すすすすすすすすす、すみませんすみません!! 生意気にも呼吸とかしちゃってすいません。止めますからどうかお助けください」


 今やこの調子である。てか、呼吸止めたら助からないだろ。


「はあ」


 と、ため息をつくリック。


 せっかく、同じ部屋で寝食を共にすることになった仲間である。どうにかして仲良くやっていきたいものなのだが。


 リックは隣の建物にある大浴場に向かう準備をしながら、一緒に風呂でも入って裸の付き合いをすれば、それなりに打ち解けてくれるだろうか? などと考える。色々あって、結局入学してから一度も同部屋のメンバーと入浴時間が合わないリックであった。


   □□□


「……で。どういうことですかな。ペディック教官」


 昨晩と同じく、各クラスの担当教官の集まりでBクラスの担当教官が言った。


「先ほど大浴場に入ろうとした彼に訓練の感想を聞いたら『ペディック教官が非常に優しくしてくれるので続けられそうです』などと言っていたようだが。あの年から騎士を志して訓練に励む姿に感銘でも受けたのですかな?」


「ち、違うのです」


 皮肉たっぷりに問われて、ペディックは必死の弁明を試みる。


「あの生徒はなんというか、人間の皮をかぶった何かというか」


 しかし一同は、何を言っているんだ? と、いぶかしげな目をペディックに向けるばかりであった。


 そんな中。一人の男が呟くように言った。


「ふむ。これでは東方騎士団学校のメンツが立ちませんねえ。何より他の生徒たちにつけあがられてしまうのは困ります。我々は厳しさをもって教官の言うことは絶対であると生徒たちの心骨に刻み込んでやらなくてはなりませんからなあ」


 その男を見てペディックが冷や汗を流す。


「ワイト主任教官……」


 ワイト・ヴィーダーズ。騎士団学校内でも学園長に次ぐ古参であり、各クラスの担当教官をまとめる主任教官の立場に着く男である。長身と細長い手足と細目が爬虫類じみた雰囲気を漂わせていた。


 ワイトはその細目をまるで獲物を見つけたかのようにさらに細めて言う。


「ペディック教官。明日一日、アナタのクラスを私に預けてください。ワタクシ自らキッチリと面倒を見てあげることにします」


 そう言ってワイトは口元を歪めるのだった。

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