第142話 西武リーグ

「あのー、『拳闘士』として登録をお願いしたいんですけど」


 翌日。リックはリーネットを連れて闘技会東本部に来ていた。


「はい。それでは履歴書をお願いします」


 バニーガール姿の受付は、リックの持ってきた履歴書に目を通すと一瞬眉をひそめた。


「なにか不備でもありましたか?」

「あ、いえいえ。ご年齢とそれから前職の欄が少し気になったもので。失礼ですが魔力の方は……」

「一応、冒険者登録をするための最低ラインくらいはありますけど」

「……そうですか。えーと、まあ『闘技会』としましては受験料を払ってくだされば、受験することは可能ですから」


 その言葉の裏には、受かるかどうかは別として、というニュアンスが露骨に感じ取れた。『闘技会』では一切の武装をしなかった『拳王』に習い武器使用を禁じているが、魔法は使用が可能である。そもそも、魔力を使って身体能力を向上させる身体強化も魔力を使う技術である。

 よって、魔力量の多い少ないはかなり重要なファクターとなってくる。この辺りは、冒険者と同じ、戦うことを生業とするもののセオリーと言ってもいいだろう。

 すでに、魔力を伸ばす期を逸した男の魔力量が冒険者になるための最低ライン程度となれば、やはりまともな志願者なのかと疑うのも致し方ないところである。


「では、試験の準備をいたしますので少々お待ち下さい」


 バニーガールの受付がそう言ったのを聞いて、リックは入り口の近くで待っていたリーネットのところに行く。


「どうでした?」

「書類は問題ないけど、まあ、Eランク試験の時と同じような反応だったな」


 周りがそういう反応をする気持ちも分からなくは無いのだが、リックとはしてはやはり気分の良いものではなかった。

 リックがこうして『拳闘士』としての登録にきたのは、無論『六宝玉』のためである。チャンピオンとのやり取りを終えた後、ブロストンはこんな事を言い出したのだ。


『『拳王トーナメント』で優勝すればいい。そうすれば堂々とあのベルトを手にできるのだからな』


 まあ、そのとおりなのだが。さも当然の言い放ったためリックはため息をつくことになる。そんな容易いことではないと思うのだが。

 そして、『闘技会』は主に東部拳闘会と西部リーグの二つに分かれているため、ブロストンが東部から、リックが西部から『拳王トーナメント』の出場を目指すことにした。

 リーネットは出場をせず、情報収集とリックのサポートである。まあ、コレはリックがあまり悪い記憶を思い出させないようにと配慮したのだが。


「リック・グラディアートル様。試験の準備が整いましたー」

 奥から受付嬢が出てきた。


「では、十三時より第二闘技場の方で試験を行います。試験での怪我の治療費は受験者様の負担なので十分注意して試験に望んでくださいね」

「……怖いこと言うなよ」


 ちなみに試験番号は「427」番だった。


(相変わらず縁起悪い受験番号引くなあおい!!)


 リックはため息を付いた。


   □□□


 受験者以外は試験会場には入れないとのことなので、リーネットには外で待っていてもらい、リックは廊下の突き当たりにある第二闘技場に入った。

 中は広々とした空間の中央がせり上がっていた。『闘技会』の試合はこの半径30mの『リング』と呼ばれる競技台で行われる、

 入り口から向かって右側に三人の男が椅子に座っている。彼らが試験官ということだろう。


「リック・グラディアートルくんだね?」

「はい」


 試験官の一人がリックの名前を読んだ。

 返事をしたリックの姿を見た試験官たちが、ヒソヒソと話す。

 ―おい、このプロフィール。どうやら間違いじゃないようだぞ。

 ―闘技を舐めてるとしか言えませんな。

 ―しかし、そうは言っても。ちゃんと受験料を払って受験しにきている。拒むわけにも行くまい。

 ゴホン。と試験官の一人が咳払いをして言う。


「リックくん。『闘技会』は来るもの拒まずだ。是非頑張ってくれたまえ」

(聞こえてるからな!! さっきの声のデカイひそひそ話!!)


 リックはこめかみをピクピクとさせながら、がんばりますと一言言ってリングの上に上がった。

 試験官が言う。


「えー、入会試験は実戦形式の模擬戦で行う。対戦相手は入会一年以内の新人からランダムに選ばれる事になっている。それで君の対戦相手だが、まだここには来てないみたいだな。えーと」


 試験官たちが書類をめくってリックの対戦相手を確認する。


「……君は正直あまり運がいい方ではないかもしれないね」

「あー。確かにそうですな。来月からはこの規定も変えたほうがいいかもしれません」


 何やら不穏な事を言い始める試験官たち。


「俺の対戦相手、何かやばいやつなんですか?」

「そういうことでは無いんだが。純粋に実力がな。彼女はたった四ヶ月で一部リーグにまで上り詰めた若手のホープなんだ。闘技会西部リーグには五部リーグから一部リーグまでが存在し、リーグが一つ上がるごとに所属する選手のレベルは格段に上がっていく。五部リーグならその辺のチンピラに毛が生えたようなレベルの者も多い。逆に最高レベルの一部リーグともなれば、そうだな……最低でも君たち冒険者基準で言えばBランク。それも、かなりAランクに近いレベルの実力は持ってるな。君の対戦相手もそれくらいの強さだ」


 なるほど、と頷くリック。

 その一部リーグ所属の『拳闘士』ともなれば、確かに入会前の新人が相手をするのは厳しいかもしれない。

 コンコン、と。

 その時。入り口の扉をノックする音が響いた。


「入りますわ」


 やや甲高く気の強い印象のある若い女の声であった。恐らくリックの模擬戦の相手だろう。


(ん? どっかで聞いた名前だぞ?)


 首をかしげるリック。

 ギィと扉が開く。

 そこに入ってきたのは、非常なスレンダーな(物は言いようである)体つきをした少女だった。年齢は十七か十六くらいだろう。


(アイツは……)


 服装は前会ったときの騎士団の制服とは違うが間違いない。


「遅れて申し訳ありませんでしたわ!!」


 全く申し訳なさそうに尊大な口調でそんな事を言う。


「それで、ワタクシの対戦相手は……」


 女はリングの方に目をやった。

 そして、リックの姿を見るとコレでもかというように目を見開く。


「あ、アナタはっ!!」

「久しぶりだな。えーっと、なんだっけ……洗濯板?」

「アンジェリカ・ディルムットですわ!!!!」


 そう、Eランク試験の時にさんざん絡まれたアホの一人。二等騎士のアンジェリカであった。


   □□□


「ちょ、ちょっと待ちなさいですわ。なんであの男がここにいますの!?」


 アンジェリカは試験官に詰め寄ってそんな事を言った。


「え? なんのことですか」


 キョトンとする試験官。


「ああ、まあアナタの気持ちも分かりますよ。あの年齢から『拳闘士』になろうなんて、この世界を舐めてるとしか思えないですからな。若手のホープであるアンジェリカ・ディルムットにそんな人間の相手をさせるというのは」


 違う。そうじゃない。


「はっはっはっ。まあ、後輩の指導だと思って戦ってやってくれませんかね。あ、少しは手加減してやってくださいよ。余りに一瞬で倒してしまったら実力を見るも何も無いですからな」

「いや、だから。そういうことではありませんの」

「ん? さっきからどうも慌てている様子ですね。もしかしてですが、怖いのですか? 『王国』の二等騎士にして一部リーグで活躍する『閃光』アンジェリカ・ディルムットとあろうものが」

「ま、まままままままさか。そんなわけありませんわ。楽勝ですわよ楽勝。ええ、そうですとも。こんな歯ごたえのない戦いにワタクシを呼ぶなんて、全くコレだから平民は気が利かなくて困りますわああああああ!!」

「ははは、そうですかそうですか。いやー、流石の気位の高さ。強いファイターはコレくらい傲慢でありませんとなぁ」

「…………」


 やっちまったと、押し黙るアンジェリカ。

 ここで素直に「すいません。あんなトチ狂った生物兵器を相手にしたら今度こそ死にます」と言えないプライドの高さが恨めしい。

 それがカワイイという男性も世にはいるぞ、と騎士団の上司から言われたことがあるが、残念ながら今回はその気質が本人を死地へと誘うはめになってしまった。

 アンジェリカは全身から冷や汗を流しながら、リングに上がりリックと向き合う。


「よお。久しぶりだな」


 リックはまるで昔ながらの友人に挨拶するかのような気軽さで挨拶してくる。どうやら、Eランク試験の時にさんざん邪魔をしたことは気にしていないようである(あと、負けたら奴隷の約束も)。


「えーそれでは模擬戦試験……はじめっ!!」


 試験官の声とともに、戦いが始まった。

 アンジェリカは両手を前に出して、構えを取る。


(お、落ち着きなさい。落ち着くのですわアンジェリカ・ディルムット!! 確かに相手はAランク冒険者の中でもトップクラスの実力を持つお兄様を倒したほどの相手ですが、付け入る隙は必ずあるはずですわ)


 リックは特に構える様子もなく棒立ちであった。表情にも敵を倒してやろうというような気迫が全く感じられなかった。


(あいかわらず、ぱっと見では強さが全然伝わって来ない男ですわね!!)


 こうして向かい合っていると、あまりのオーラの無さにほんとに全然強くないのではないかと錯覚してしまいそうである。

 いや、果たして錯覚なのだろうか?

 もしかしたらこの前のEランク試験での出来事は何かの間違いで、今目の前にいる男の実力は見かけどおり大したことが無いのでは?

 そんなことを思い。アンジェリカが様子見に一歩足を踏み出した瞬間。


「あっ!!」


 アンジェリカは躓いて、床の上に尻餅をついた。


「いったぁ」


 踏み出した足が何故か地面を踏みそこねたのである。


「ちっ、ワタクシとしたことが、敵を意識しすぎて足元が疎かに」


 などと言いながら立ち上がろうとした時。


「きゃあ」


 また、アンジェリカは転んだ。


「ははは、これはアンジェリカくん。可愛いところを見せてしまったね」


 試験官が笑いながらそう言ってくる。

 目の前に立つリックは変わらず自然体で立ったままである。


「くっ、うるさいわね。可愛いだかなんだか知らないけど、こんなもの恥でしかないわよ。まったく今日は調子が悪」


 と言って立ち上がろうとしたアンジェリカが転んだ。


「……」

「……」


 沈黙が闘技場を包んだ。

 試験官も含めて皆、薄々勘付き出した。

 何かが。何かがおかしい。

 アンジェリカが再び立ち上がろうとする。

 しかし、立ち上がるための軸になる足をついた瞬間。


「くっ!! また!!」


 その足が何故かバランスを失い倒れてしまうのである。

 アンジェリカは顔を青くして、目に前に立つ男を見た。


「ふふふ。アンジェリカ。悪いが俺は成長する男でな。Eランク試験の経験を生かしてマスターしたのさ」


 リックはドヤ顔をしながらこう言った。


「『手加減』をな!!」

「な、何を言ってるんですの?」

「この、『超速足払い』は、開発した『手加減八奥義』の一つでな。延々と立とうとした相手に足払いをし続けることで、一切敵にダメージを与えずに戦意を喪失させる技だ。ははは、どうだ!! どうあがいても大怪我をしそうにないだろ!!」


 その言葉に、試験官は「何を言ってるんだコイツは?」という怪訝な目を向ける。

 一方、アンジェリカはピクピクと顔を引きつらせた。

 要するに、誰も目に捉えられないほどのスピードで、立ち上がろうとする相手の足を払い続けている、ということだろう。確かに、先程から立ち上がろうと足に力を入れた瞬間に、まるで誰かに足をかけられているかのように妙な力が加わっていた。

 初見の試験官たちには分からないかもしれないが、この男ならそんなふざけた所業が十分に可能であるということを改めて思い知ったアンジェリカである。


「くっ……強化魔法『瞬脚』」


 アンジェリカは足に強化魔法をかける。魔力を使って一瞬にして筋肉を収縮させ爆発的な加速力を生み出す魔法である。その力をアンジェリカは素早く立ち上がるためだけに使った。

 が、コレも呆気なく転ばされた。

 流石に教官たちも、現実に何が起きているのか認識し始めたようで。

 ―お、おい。どうなっているんだ?

 ―コレはあの受験生が仕掛けているのか?

 ―さっき彼はそんなようなことを言っていたが……しかし、いくら何でも……。

 などと、ざわつき始めている。

 そんな中。


「いやー、前のときもそうだったけど、アンジェリカの『瞬脚』は見事だなあ。タイミングを合わせるのが難しいわ」


 リックがそんな事を言いつつアンジェリカに向けて一歩踏み出した・


「ひぃ!!」


 恐怖のあまり後ろに飛び去って逃げようとするが……それすら不可視の足払いによって転ばされる。

 アンジェリカの全身はもはや、冷や汗と鳥肌だらけになっていた。こうなってはプライドもへったくれもない。


「……こ、降参しますわ」


 震える声でそう言ったのだった。


「「「………………」」」


 本来はリックの勝利を宣言しなくてはいけないはずの試験官たちも、誰一人として言葉を発する事ができなかった。

 こうして、見事リックは西部リーグへの登録を勝ち取ったのである。

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