第24話 たまには
あれから一度、会社から連絡があった。
「体調大丈夫?」
その声は焼津先輩だった。
仕事のことでもあるので、今の状況をありのままに伝える。
「はい……病院に行ったらインフルだって言われました」
「そんな感じするよね。だと思って一週間休みにしておいたから」
「えっ、手が早いですね」
「それを言うなら仕事が早いだよ」
「先輩モテそうなので」
「まったくもう」
軽いセクハラをしたら少しだけ機嫌の良い声になった気がする。
「でも……業務は大丈夫なんですか?」
「逆に人にうつされて人手が足りなくなると困るから、だから先に手を打ったんだよ」
と、優しい声で言われた。
まぁ、ありがたい話でもある。
それくらい休みがあると治しやすい。
「菊川くんがいなくて私寂しいよ」
「はは……仕事を無茶ぶりする人がいないですもんね」
「そういう風に言ってると思ってる?」
「いや、まぁ……ウソでも嬉しいです」
だけど、急に掌返しをしてくる。
「でも君の代わりはいくらでもいるの、だから早く直して仕事に復帰してね」
「さ、最後に怖いこと言い残すのやめてくれません……?」
「ふふ、キミに期待してるってことだよ」
ガチャ。ツーツー……。
また一方的に切られてしまった。
そして、数日間は自宅療養をして過ごしていた……のだが、三日ほどで治ってしまい、少しだけ暇を持て余していた。
こういう時に大抵やることは、推しを追いかけることだ。
だが、コンちゃんの配信は観尽くしてしまった。
……暇すぎて。
「なんか、あれだな……」
自分のやっていることを改めて考えると、ストーカーにも勝る追いかけぶりだ。
別に紺をストーキングしているわけでもないのだが……自分の推し活について、ちょっと疑問を感じてきた。
「一般的な推しの追いかけ方とは……」
多忙な日々を過ごしていたんだろうなと改めて実感する。
まぁ、俺が風邪ひいて時間を持て余しているせいだろう。
最近の紺の配信が短くて、頻度が減った気がするのは、きっとそのせいだ。
かといって、何か他に趣味があるわけでもないので、久しぶりにイズミの配信を観てみよう。
コンちゃんばかり観るのは良くない。
今丁度、配信をやっているようだった。
『やっほーこんいずみ〜w』
それは軽い挨拶から始まった。
コメントには今日も機嫌が良いねと書かれている。それには理由があった。
『ふんふん今日もたくさんの人がきてるね〜アタシの配信楽しみなの?w それウケるんですけどw』
最近、彼女の登録者数は急激に増えている。
それは以前、紺の寝坊配信のおかげで株が上がったからだ。
友人のため、仲間のため……あらゆる美談が一人歩きし、イズミは評価されたのだ。
不良が子犬に優しくした的な効果だろう。普段から無神経そうな素振りをするので、きっとイズミのことを自分のことしか考えてなさそうな配信者に見える人が多かったのだ。
ということで、今日は御殿場イズミの配信を俺は眺めていた。
「今更だけど、イズミのチャンネル名見てると「さ◯ま御殿」を思い出すよな」
そう書き込むと
『なんかアタシの名前をディスるキモいコメントがあるけど始めていきましょ〜♡』
少々不機嫌になられてしまった。
話を戻すと、今日はこんな配信だった。
【耐久配信】30万人超えたら生足晒す。
男たちを釣るような、ロクでもないタイトルであった。
ま、まったくけしからん……!
『やっほーキミくん見てる〜?』
画面にはイズミの小ぶりな掌が映っていて、視聴者に手を振っている。
また猫の肉球のついたハーフ手袋なんかを装着して、可愛らしさをアピールしていた。
『今日はキミくんがくれた手袋で手料理振舞うね♡』
「……ガチ恋営業か?」
と思わせる悩ましい配信だった。
ガチ恋営業というのは視聴者に本物の恋人のように振る舞い、ファンを虜にする戦略である。
同業他社には好まれにくいという傾向があるらしいが、登録者数を手っ取り早く増やすにはアリなのだろう。
今回はそういうコンセプトでやっているようだ。
まぁ、イズミの性格的には恋愛はめんどくさいと言いそうだから今回だけだろう。
それよりも、たくさんの小道具を使って視聴者を楽しませてくれるのがすごく良い。
そんなこんなで、あっという間にイズミのチャンネル登録者数は30万人を突破してしまった。
「は、早いな……」
耐久配信というのは意外と5,6時間……下手したら10時間以上かかってしまう事があるのだが、イズミの場合は企画が良かったのか2,3時間程度で終わってしまった。
やはり企画力というのは大事なのだろう。
『えーじゃあ見せるつもりなかったけど晒すわ。えいっw』
イズミが生足を晒すと、皆が一斉に食い付いた。
コメント:かわいい
コメント:かわよ
コメント:パンツ見せて
コメント:スパチャ投げるから脱いで
コメント:↑通報しました
コメント:↑通報しますた
コメント:↑通報した
コメント:↑お前らがBANされるぞ
まるで壁サークルのように、大盛り上がり。
彼女の白磁のような肌は、まるで雪景色に咲く椿の花のようで、とても綺麗だった。
しかし、すぐにスッと引っ込めてしまう。
『はい、おしまい。これで満足?w』
このあざとい感じ、嫌いじゃない。
むしろ大好きだ。
俺もつい、彼女に見惚れてしまいかけた。
「はっ……ダメだ、俺にはコンちゃんという推しがいるのに!!」
頭をブンブンと振り回した。
にしても嬉しそうだ。
30万人突破したので他にも何かしたいと言っている。
『あーこんな早くに終わるなんて思わなかったな~でもこの用意した小道具どうしよう、使いたい人いる?w』
コメント:欲しい
コメント:欲しい
コメント:欲しい
コメント:欲しい
連投コメが流れた。
確かに今回使用した小道具が多いので、ファンサービスで配ることもアリかもしれない。
そして、調子に乗ったイズミはこんなことを言い出す。
『じゃあ~コメントに送ってくださいイズミちゃま♡って書いたら送ってあげないこともないけど~?w』
煽っている。
視聴者も『送ってくださいイズミちゃま♡』と書く輩が多い。
これは乗るべきなんだろうなと、俺も遊び半分で書いてみた。
『くれ』
それを見ていたイズミは
『おっとアタシの言う通りに書いてくれないコメントもあるけどたくさんきてるねー?』
俺のことを挙げたようだ。
まぁ半分程度、リアルを知ってるコイツに乗せられるのは嫌だなと反射的に思った部分があるのかもしれない。
『じゃあ~ランダムで当てよっかな~? あ、それよりもうこんな時間だし、最後に告知だけして終わるねー』
といって、配信の締め作業を始めた。
まぁどうせ送ったりしないだろう。
それよりも、有意義な時間だった。
たまに違うモノを見ると新鮮に感じるな。
だが、まさかこんなコトが起きるとは思いもよらなかった。
…………
……。
そして、有給最後の日となった。
今日はダラダラして過ごそうかと思っていた早朝、俺の家にインターホンが鳴った。
『——宅配でーす』
朝早くから誰だよと思ったが、配達なら仕方がない。
重たい瞼を擦りながらドアを開けると、山積みの段ボールが置いてあった。
「……は?」
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