第4話 シチュー

 紺はガサゴソと持ってきた段ボールを漁り始めた。

 確か、大量の野菜が詰まっていたのは覚えているが、


「何故野菜?」

「だってシューチさん、私に贈り物をするために食費を切り詰めていますよね」

「何で知っているんだ……?」


 図星で恥ずかしいのもあるが、紺が知っている事に疑問を覚えた。


「シューチさんの家に押しかけようとこれまで何度か試みたことがあるのですが」

「試みるな」

「どんなお礼をすればいいのか悩んでいたんですよね」


 まぁ分かる。

 俺も推しの女に何を贈ったら喜ばれるか結構頭使ったからな。


「それで私は閃いたんです!」

「ほう」


 すると、紺はとんでもない事を言い出すのだ。


「——ゴミ箱を漁りました♪」

「は?」


 嫌な予感がした。

 ゴミ箱……それは最も生活感が出てしまう所。

 また、個人情報の塊とも言える『犯罪者にとっての宝箱』なのだ。

 そんなものを漁られれば、心を裸にされたといってもおかしくはない。


「シューチさんダメですよ~、カップ麺やコンビニ弁当ばっかり。ちゃんと野菜やお肉とか食べないと健康によくないです♡」

「おいやめろ! 仮にも美少女が人の家のゴミ箱漁ったって言うんじゃねぇよ!」

「あ、でも生ごみは捨ててなかったのはありがたかったですね、シューチさんの愛を感じられて嬉しかったです♡」

「もう、お前、ほんっとうに、なんなんだよ……!?」


 この日、俺は初めて女のストーカーというものを知ったのだった。


「じゃあシチュー作りましょうか」

「この流れで……? どんだけ鋼のメンタルしてんの?」


 流石貧困系もとい、雑草系Vtuber。

 メンタルまで雑草並みとは恐れ入った……。

 だが、その雑草精神のおかげで助かる面もあるわけだし、感謝するべきなのか?

 そんなことを考えながら、俺は台所に向かう紺を見つめていた。


「……で、なにしてんの?」

「えっ……エプロンですけど?」


 また妙な事をしているなぁと思った。

 衣服に手を掛けボタンを一つずつ外している。

 そのあどけない仕草に、扇情的なモノを感じてしまい……


「いやなんで脱ぐ!」


 ガシッと紺の肩を掴んだ。


「やん……だめ……♡」


 冗談でも、頬を赤らめて身をよじらせる姿は男心をくすぐってくる。

 こいつは自分が可愛いという自覚がないのか……?


「再生数を稼ぐ為には仕方ないじゃないですかぁ……」


 露出する肌が多ければ多いほどいいのかもしれない。

 実際のところどうかは知らないが、ブラックジョークが過ぎる。


「誰が裸エプロンで実写配信をしろと言った」


 せめて、料理するのに服が汚れてしまうって理由なら可愛かったのに。

 数字に飲まれた人間というのはなんて浅はかなんだ。


「身体を使うのは自分の実力がないと判断した際の最終手段にしておけ」

「なかなか辛辣な言葉ですね……」

「そうじゃない、お前にはトークの才能があるからそれを磨けばいいだろ」

「……!!」


 紺の顔がパァっと明るくなる。


「分かりました……!  じゃあ普通にシチューを作りますので、その辺に座って待っていてくださいねっ♪」

「お、おう……」


 さっきまでの落ち込みようは何だったのか、と思うほど元気になった紺は、意気揚々とキッチンへと向かっていった。

 まったく単純な奴である。



 ………………………………



 そして1時間後。

 テーブルの上に並べられた数々の料理。

 シチュー・サラダ・パンといった王道メニューが目の前にあるのだが……。


「これ全部作ったのか……?」

「はい! 美味しくできたと思いますよ♪」


 自信満々に胸を張る紺。

 確かに誰が見ても美味しそうだし、匂いの時点で食欲を刺激する。

 しかし、俺は別の事で頭がいっぱいになっていた。


(この量を食える気がしない……!!)


 大皿に乗った大量の具材。

 シチューとサラダだけで、明らかに俺の胃袋より多い量があったのだ。

 若い時なら食べられたかもしれない。

 だが、歳というものは残酷だ。

 日々受ける過度なストレスや体力低下に伴い、食欲も減退してしまうのだ。


 だから、とても一人で食べきれるとは思えない。

 どうしたものかと考えていると、


「あれ……シューチさん、もしかしてお口に合わないですか……?」

「そ、そんなことないぞ!」


 しゅんとする紺を見て焦る俺。

 ここで見栄を張ってしまったせいで、余計なことになってしまった。


「うぅ~、無理しなくて大丈夫ですよぉ~」

「む、無理してないから!」

「だってシューチさん、全然食べようとしないですし……」

「これはその、女の子の手料理が初めてで、打ち震えていただけだ!」


 そして、俺はスプーンとフォークを持ち、勢いよくシチューを口に運ぶ。

 口の中に広がる濃厚な味と野菜の旨み。

 咀しゃくする度に肉汁が溢れ出す。


「ど、どうでしょうか? お口に合いましたか!?」

「……う、うまい……っ!」


 あまりの美味しさに声を張り上げる俺。

 それを見た紺の顔がパァっと明るくなる。


「良かったぁ~♪ たくさんありますから、どんどん食べてくださいねっ!」


 そう言って、嬉しそうな笑顔を浮かべながら一緒に食べ始める彼女。

 それを見ていたら、なんだか俺まで幸せな気分になった。


「ありがとう、紺ちゃん。こんなに美味しい食事は初めてだよ」

「えへへ、嬉しいです」


 照れ笑いをする彼女の頬は少し赤く染まっている。

 結局、紺の思惑通りになってしまい、俺は大量の食事を平らげる羽目になるのであった。

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