第5話 約束

「ごちそうさまでした」

「お粗末様です♪」


 手を合わせる俺に、こんも笑顔を浮かべる。

 正直、こんなに食べたのはいつぶりだろうか?

 普段なら絶対に入らない量を食べてしまった気がする。

 まぁでも、おかげでかなり体が軽くなった感じがするので、感謝しておかないとな。


「ありがとうな、紺ちゃん」

「いえいえ、でもまさか全部食べられるとは思わなかったです……」

「いやー……腹が減ってたみたいだ……ん?」


 あれ、大量に作った自覚がある?

 コイツのことだからまた変なこと考えたんじゃないだろうか。


「もしかして分かってて大量に作ったのか?」

「はい、そうです」

「また配信の企画で大食いは伸びるとか考えてた?」


 まぁ、そうだとしても驚かない。

 やっぱり配信業やってる子だなぁと思うだけ。

 すると、意外な答えが返ってきた。


「シューチさんには、豚さんになって欲しかったので……」


 ……あぁ、そういう事ね。

 痩せてて不健康だからもっと太れってこと。

 つまり、紺は紺なりに心配してくれていたわけだ。

 確かに俺は今の生活になってからというものの、不摂生ふせっせいを続けてきたからな。


「……もっと私で、ブヒブヒ言って貰える豚さんに」

「そっちかよ」


 まさか俺の自虐じぎゃくに乗っかってくるとは。

 初対面にしてはなかなか攻めてくるじゃないか。

 だがまぁ……悪い気はしない。


「そんなことでブヒブヒ言える豚にはならないな」

「えっ……私のどこがダメでしたか!?」


 非常に残念そうな顔をする。

 意外とマジメそうなんだよな、恩返ししに来たとか言う辺りとか。

 だから俺は彼女の頭を撫でながら言った。


「お前が楽しそうに料理をしている姿を見ているだけで俺は豚になれる」

「あっ、えっ……?」


 キョトンとしていた。

 一回り年の離れた娘を愛でるように接すると


「え、えへへ……♪」


 嬉しそうに笑う。

 そんな紺を見て、また豚になりそうだった。


「料理配信とかやってみたらどうだ、楽しんで貰えると思うぞ」

「シューチさんが言ってくれるなら、やってみようかな……?」


 拳を握りしめて何かを決意する。

 その姿を見て俺も思ってしまった。

 体質的に太るのは無理だろうけど、もう少し健康的な食生活を送ってみようかな……と。


 そんなやり取りをしながら、俺は食器を下げていく。

 そしてスポンジを手に取ると洗剤をつけて洗い始めた。

 その様子を見ていた紺は慌てるように口を開く。


「あっ! わっ私がやりますよ!」

「いいっていいって。座ってばっかのVtuberが立ち仕事したんだ、これくらいはな」

「で、でも……」


 押しかけてきたとはいえ、少しは労わってやらねば。

 それでもなお、紺は食い下がろうとする。

 彼女に苦笑しながら言った。


「じゃあ今度また飯作ってくれよ。それでチャラだ」

「えっ!」


 あ、ヤバイ、ミスった。

 つい勢いで言ってしまったから、絶対に調子に乗るだろうなと思ったのだが……


「もしかして……私とお付き合いを真剣に考えているってことですか!?」


 ……調子に乗り過ぎちゃう?

 やだぁ、私って罪作りぃ!? ちゃうねん。


 思わず関西弁になってしまう。


「どこがどうなったらそういう話になるんだよ」

「え、だってまたご飯作ってって……」

「次一回キリだよ! それにお世辞だから本気にするな」

「でも……コメントに『結婚してくれー!』って何度も書いてきたじゃないですか……」

「人の恥ずかしい所を晒すのやめてくれ、そいつもお世辞だから本気にしないでくれ」


 本当に油断ならないな。 

 こんなにチョロくて大丈夫なのか、この子は。

 まぁでも、なんだか憎めない奴だし。

 一度くらいこういう風に会話をするのもいいかもな、なんて思ってしまう俺がいた。

 

 それから食器を洗っている間、紺はずっと隣にいた。

 何故かニコニコしていた気がするが、きっと気にしたら負けなんだろうな……。

 そして、少しだけ雑談をした後


「それじゃあ今日はありがとな」


 玄関まで見送り、紺に礼を言う。


「はい、こちらこそありがとうございましたっ♪」


 紺ちゃんは最後まで可愛い。

 だけど、俺は良い大人として、ファンとして言わなければならない。


「言っておくが、こういうのはこれっきりだからな」

「えー?」

「えーじゃない」


 だから、その容姿と声で誘惑してくるのはやめてくれ、マジで。

 ファンが怒るだろうが。


「でも、野菜使い切ってないですよ」

「俺がちゃんと使い切らせてもらうから心配するな」


 だけど、紺は痛い指摘をしてきた。


「絶対に使い切らないですよね」

「……それは」

「またゴミ箱を漁られたいですか?」

「…………」


 そう言われると言葉に詰まる。

 マジでこの子怖いんだが。嘘を見破ってきそうな瞳をしてやがる。


「はぁ……」

「ふふふっ♪」


 言葉にしなくても、俺の溜め息は答えになってしまう。

 紺は何が楽しいのか笑っていた。


「じゃあ野菜を使い切るまで通い妻にならないとですね♪」

「勝手に結婚するな」


 これも恩返しですから、と付け加えて紺は踵を返す。


「シューチさん、また近いうちに♪」

「あぁ、またな」


 そして、紺との別れを済ます。

 今日は忙しい一日だったが、野菜を使い切るまでの関係だ。


 だが、俺は知らなかった。

 俺と紺との不思議で、いけない関係がこの先も続くということを。




———————————————————————————




読者の皆様ありがとうございます。

意外と読んでくれるのだなぁ・・・という驚きの気持ちがあります。


小ネタですが、静岡の地名を登場人物に付けてます。

理由はまぁVtuber関連だとお察しください、あんまり書くと失礼なので割愛で。

次回よかったらそんな感じで見て頂けると幸いです。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る