第10話 追いかけてきて
「シューチさーん♪」
夕暮れが深まり、日が沈んで辺りが暗くなる中、その明るい声が背後から届いた。
振り向くと紺が立っており、彼女の目は嬉しそうにほのかに輝いている。
「お、奇遇だな」
と、偶然を装って答えた俺の言葉に、紺は微笑みながら返してくる。
「いることは知ってましたよ、だって掛川さんから聞いてましたから♡ だから追いかけてきたんですよー?」
彼女の言葉に、俺は心の中で苦笑した。
あいつ、掛川が要らないことをしてくれたものだ。何度も「大した関係じゃない」と言っていたはずだ。
その日は、個人的に誰とも会いたくない気分でいたが、紺との偶然の再会に、心のどこかでほっとする自分がいる。この複雑な感情に翻弄されつつ、俺はついぽろっと漏らしてしまう。
「会えて良かったかもな」
それに紺がすぐさま反応する。
「え、なんて言いましたか?」
「何もない」
俺は慌てて答えたが、彼女は譲らない。
「絶対に何か言いましたよ!」
と主張する彼女に対して、俺は黙ってついて来いというオーラを放つことにした。
「ま、せっかく会ったんだし途中まで一緒に帰るか」
「せっかく会ったのにそれだけですか?」
紺の言葉はいつも意味深だ。
「他に何があるんだ?」
「ここは夜の街です」
「時間的にな」
「し、仕事終わりですし、休憩なんかどうですか……なんて?♡」
ホテルを指差したので早歩きした。
「なんで早歩きしちゃうんですか?」
「く、くだらないことに付き合ってられないからだ」
少しだけドキッとはした、少しだけ。
俺たちには早すぎる……というか、全然そんな関係ではないし、俺が捕まってしまう。
未成年淫行と勘違いされて誤認逮捕されてしまう。いや、誤認どころか警察の方が正しいから俺は何も言えない。
って、マジで俺は何を考えているんだ。
そういうワンチャンするつもりなんてないのに。
「シューチさんのお腹を孕ませてください♡」
お前のじゃなくて、俺の?
こういう下品な考え方しか出来ない自分に嫌気がさしてしまう。
「……もしかして俺に早く帰って欲しいの?」
「そんな顔しないでください、何か食べていきましょうってことです♪」
「ごめんどういうこと?」
思わずタメ口で聞き返してしまう
「美味しいものを食べれば自ずとお腹は膨れるだろう……ってことですよ♪」
「膨れる=孕む」ってことか、なるほどですね!(メモを取る新入社員)
「俺もお腹空いてるしな、何か食べに行くか」
「やったぁ♡」
嬉しいのか「孕む♪孕む♪」と鼻を鳴らして歩いている。
誤解をされそうなのでストップを掛けたのはすぐの話。
ちなみに、外食を了承したのはまた俺の家で料理をさせる事になると思ったからだ。
きっと紺も「別にいいのにー」と言うだろう。
分かってる。でも俺が気にするのだ。
その方が、紺と早く解散することが出来るとも考えた。
……というか、未だに今日の出来事を引きずっているのかもしれない。
昔のクラスメイトに会ってしまったこと。
それも、自分の黒歴史を知っている人物。
あれこれと渋い思い出があるのだ。
この気持ちを引きずったまま一緒にいるのは迷惑。
そう思っての外食である。
「それでどこに行こうか」
俺が尋ねると、紺はウキウキしながら言うのだ。
「せっかくだから変わったところ行ってみたいです!」
「というと?」
「例えば一人で入りにくいお店とか……!」
なるほど、二人で行く利点だな。
確かに一人だとハードルが高い店は結構あるので、二人なら「友達に誘われて」なんて便利な言い訳が出来る。
「そうだな、じゃあ……焼き肉とか?」
誰もが頭に浮ぶだろう。
孤独のグルメじゃあるまいし、一人で七輪の肉を突くと言うのは何とも悲しい光景である。
そりゃあ「人の金で焼き肉が食べたい」というワードも生まれるワケだ。
「そ、そんな高級なお店入れません!」
だが、紺に断固拒否されてしまった。
「なんで?」
「だって基本的に高いじゃないですか、焼き肉って」
「別に高級な所に行こうってワケじゃないけど」
「お財布に優しくないですよ!」
外食全般高いけれど、焼肉は特にズバ抜けてるからなぁ
「それは分かるけど……じゃあ何食べたいんだよ?」
「え、シューチさんが食べたいものなら何でもいいですよ?」
それ一番困るやつ。
だけど、いつも作る料理決めてもらってる側だし、今回くらいは俺が決めても良いのかもしれない。
「わかった、でも俺そこまで外食するわけじゃないから一回調べるな?」
「待ってますっ♪」
紺が言うには高い店はダメだそう。
だったら居酒屋は外すべきかと、俺はスマホで検索をかけてみるが……。
「うーん、ピンとこねぇな」
オシャレなフレンチ、職人が握るような寿司屋、インスタ映えしそうな何かよく分からないもの(これは語彙力の問題ではなく本当に謎なのだ)
都心部だということもあるが、時間帯も悪いかもしれない。
検索欄に出る店はやはり、仕事終わりの社会人が寄る店ばかり。
「無さそうですか……?」
紺は心配そうに尋ねてくる。
いやまぁあるにはあるけど、俺の興味を惹かない店なんだよな。
「高いとかあれこれ言いましたけど、別に値段なんか気にしなくてもいいんですよ?」
「いいのか?」
それはお前のアイデンティティに反するんじゃないか?
自炊するのは金銭的な負荷をかけないからやってること。
貧困系VTuberの名が泣くぞ?
「はい……だって、シューチさんのお金で食べに行けば良い話なので……」
「こことかどうだ?」
「冗談なのでシカトしないでください!」
「せめてレビュー動画のネタになるからとか、ちゃんとした理由であって欲しかった」
怒られたが、あえて強引にスマホを押し付けるように紺に見せた。
「あ、ラーメン……ですか!」
日本のソウルフードである。
女の子的には、一人で入りづらい店であることは間違いない。
それに一杯千円を超える店などあまりないし、値段的な意味では気軽に入りやすいのだ。
「これなら比較的安いし、何よりワンチャンお腹いっぱいになるだろ?」
「すごく良いですね……分かりました、行きましょう!」
紺が尻尾を持っていたらブンブン振り回していたに違いない。
彼女の目がキラキラと輝いて、俺の提案が気に入ったことがよくわかった。
というワケで、二人でラーメン屋に行くことになった。
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