第9話 伊豆あおい

 昔の面影そのまま、少し大人びた雰囲気。

 ふわりとした髪をなびかせ、昔のように微笑む。


「え、なんで!? まさか周知くんがいるなんて、びっくりなんだけど!」

「それはこっちのセリフだ……本当に伊豆さんだよな? な、なんでこんな所にいるんだ?」

「決まってるじゃん、ここで働いてるからだよ?」


 久しぶりなことも相まって、少し会話がギクシャクするが……懐かしい感覚になる。


「い、いやでもよく俺が分かったな」

「それは周知くんもじゃーん? んーだけど……周知くんの事はよく覚えてるよ? だってあの甘酸っぱい思い出だもんね〜♪」


 ニヤッと笑みを浮かべる彼女に対して、ドキリとした。

 少し恥ずかしくて言葉に詰まる。


「き、奇遇だな……俺もそんな印象が残ってる。まあその、なんだ。あの時から変わってないみたいで良かったよ」

「あ〜言うようになったねぇ周知くん。そんなこと言うやつにはこうだぞ〜?」


 伊豆さんが俺に近付いてくる。

 もしかしてあれか? 頭をわしゃわしゃされたり、肩を揺さぶられるとか……。そんな青春ごっこをされるわけには——


「こうだ~っ!」


 伊豆さんの手が伸び、キーボードとマウスに触れる。

 すると、ガシャガシャと弄るではないか。


「ちょ、ちょっと! うわあああっ、で、データが飛ぶっ! やめてくれ!」

「あははははっ」


 何を甘い想像していたのか。

 俺みたいな陰キャ野郎なんか、伊豆さんは遊ぶ相手としか思ってないだろうに。

 ……だけどまあ、こんな関係も悪くないか。


「えーっと……それで周知くんはどうしてここにいるのかな? この画面、うちの子の動画じゃんー?」

「知り合いに仕事を頼まれてたまたまな」

「へー知り合いってだれだれー!?」

「それは、まぁ……」


 男だったら即答しても良かったが、掛川は女だしなぁ。

 変な風に思われたくないので隠そうとした。


「えー気になるじゃーん! もしかして……私!?」

「それはない」

「即答!? もーそんなの分かってるよー!」


 まるで昔みたいにグイグイ来られて……正直言うと、妙に嬉しい。

 こうやって距離を詰めてくれると、気があるのかと錯覚してしまう。

 ——あんなことがあったのに。


「おや、シューチさん伊豆さん、どうしたんですか……?」


 どこかから戻ってきた掛川が俺たちに声を掛けた。

 すると、伊豆さんは楽しそうに答える。


「どうしたもなにも、高校の同級生がいたのよ!」


 そう、俺たちは高校の同級生だった。

 同じクラスで過ごしたクラスメイトであり、良くて友達だったという関係だろうか。

 ……今の関係を友達と呼ぶには、少し違う気もするが。


「へぇ……伊豆さんと仲が良いなんて、周知さんも隅に置けない人ですね」


 少しだけチクリと胸に刺さる。


「だから仲が良かったとか、そういうわけではないけどな」

「えー別に仲が悪かったわけでもないよねー?」

「はは、そうだな」


 苦しい返答を強いられてしまった。


 彼女はいわゆる陽キャな女子だ。俺みたいな陰キャとは住む世界が違った。

 接点なんて特に多くもなかったし、唯一覚えられていることと言えば……


「ふふっ」

「……え?」


 ふと、伊豆さんの方を見る。

 なんでこんな嬉しそうなんだろうか……。


「周知くん、 私のこと覚えててくれてありがとうね~!」

「あ、あぁ……昔だしな。それに、伊豆さんはクラスの中心人物だったろ? だから伊豆さんが俺なんかを覚えてるのは意外だった」

「ふふ、おあいこだね~♪」


 ……なんだこの空気感は。まるで昔と真逆だ。

 ちょっとだけ肌寒い感覚を覚えている時だった。


「お、おーい、菊川くん?」


 掛川が俺に声を掛けてくれて助かった。


「な、なんだ?」

「久しぶりの再会なんだから、もっと喜んだらいいのに」

「まぁ、仮にも仕事中なんで」


 少しだけ心を落ち着かせる時間が出来たので、バレないように深呼吸をした。

 間髪入れずに、伊豆さんは尋ねてくる。


「てか掛川さんが周知くんに外注依頼したってことだよねー、なんか意外だったなぁ」


 それに対し、掛川は答える。


「ですよね、普段全く違う仕事をしてるのにこんなスキルがあるなんて」

「いや違うよ~? アタシ周知くんがデキる子だってのは知ってるから」

「えっ?」


 伊豆さんは腰に手を当てて、自信満々に言った。


「だって昔からこういう事するの得意だったの知ってるし。てか、アタシが言いたいのは、掛川さんとコネクションがあるとは思わなくって」


 そんなところまで覚えられているとは。素直に感心した。

 掛川は俺たちの間柄を理解したような表情になる。


「なるほど。まぁ……菊川さんとはちょっとした縁がありまして」

「どういった縁? まさか二人は……」

「ぜ、絶対違います」「断じて違う」


 俺と掛川は、ほぼ同時に否定した。


「息ぴったりじゃん」


 伊豆さんはニヤニヤしている。

 ……なんか勘違いされているような気がするが、それはそれ。


「あ、そういえば菊川くんって仕事中じゃなかった? もしかして私邪魔してる?」

「邪魔じゃないと言えば邪魔じゃないが」

「もーそういうのはハッキリしないと!」


 伊豆さんに文句を言われたので少し反省した。


「てか、こんな時間じゃんー。ごめんね、また今度ご飯でも行こうよ」

「時間があったらな」

「時間は作るもの、これ人生で一番覚えておく言葉だから。じゃあ行くね、またねー!」


 バタバタと駆けて行った。

 終始彼女のペースに飲まれて、どっと疲れた気分だ。


「すまんな掛川、変なところに付き合わせてしまって……」


 俺は頭を下げる。

 すると彼女は、俺の肩を叩いてきた。


「い、いえいえ、お気になさらず! それよりも……」


 掛川は少し言葉を濁しながら、気まずそうに目を泳がせた。


「ん?」


 俺は彼女のためらいに疑問を感じて眉をひそめる。


「あ、いやその……菊川さんの知り合いって、女性の方が多いですよね。」

「……そんなことはない」


 なんだそれは。

 俺は即座に反論した。

 男の知り合いだっている。伝え方が悪かったのだろうか?


 学生時代には確かに何人かの友達がいたが、単に頻繁に話していないだけで……いや、もしかして時間が経つにつれて、自然と女性の知り合いの方が多くなってしまったのだろうか? いずれにせよ、今は手元の仕事を片付けることが先決だ。


「そうだ、もう終わったから見て欲しいんだ」


 俺は話題を変え、掛川の注意を仕事に戻そうと努めた。


「了解です、こちらにデータを送ってください」


 彼女は素早くパソコンに向かい、ファイルの受け取り準備を始めた。


 そして俺たちは、再びそれぞれの作業に没頭する。

 しかし、掛川はどこか心ここにあらずのようだった。彼女の視線がたびたび私に向けられるのが感じられる——


(き、旧友と会ったっていうのに、なんであんなにぎこちなかったんだろう……)


 掛川の心中は穏やかではないようだ。

 俺の無意識の言動が、彼女にどういった思いを抱かせていたのか、その重さを後に感じ取ってしまうのである。

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