第8話 要らないお節介

 有線のチャンネルから流行りの音楽が流れてくる。

 それは静かな事務所にほどよい息抜きや、やる気を与えてくれた。


「順調ですか?」


 一時間経った辺りで掛川が尋ねてきた。


「ある程度は」

「そうですか」


 カチカチとマウスを鳴らしながら、広がらない会話をした。

 そんな中、彼女はこんなことを言う。


「今日事務所にコンちゃんがきてるの知ってましたか?」

「そうだったのか」

「はい、配信から動画やコラボ配信などに切り替えましたので、これから事務所に来る頻度が上がるんじゃないかと」

「へー」


 一度波に乗れると作業が捗るものだ。

 今の調子を崩したくなかったので、淡々とした返事をした。

 だけど、掛川は話を続けようとする。


「ご、ご飯を作る頻度が減っちゃうかもですね」

「あいつの料理って美味いもんな」

「えぇ……また作ってくれたりしないかな……」

「頼めば作ってくれるだろ」


 どこか遠慮している節があるのは気のせいだろうか。

 というのも、紺にではなく俺に遠慮をしているような……。


 俺が事務所で仕事をするのは居心地が悪いと思われたのだろうか。しかし、社長からは許可を貰ってここにいるワケだし。

 だったら俺に仕事を振ったことを詫びているのか?

 まぁ、報酬のこととか話してなかったしな。俺は暇だし手伝うくらい別に良いのだが。


 彼女の言動を考察していると、こんな言葉が飛んできた。


「それで……さ、最近コンちゃんと、どうなんですか」

「ぶっ」


 思わぬジャブが飛んできて、モロに食らってしまった。


「突然なんだよ」

「いえ、二人はとても仲良しなので気になりまして」

「ただの腐れ縁だよ」

「そ、それでご飯を作ってくれたり、一緒に出掛けるほどの仲になるんですか……? い、言い訳が苦しすぎやしませんか……?」


 言いたい事は分かるが、紺がそうしたいからそうさせているだけなのだ。

 確かに俺も良い歳こいて、若い女の子に甘えている。客観的に見て、少しだけ不健全な関係に思われるのも無理はないだろう。

 だから、いつまでもこんな関係でいるのは良くないとは思っているのだ。


「推しとファンの関係ですよね、コンちゃんから聞きました」

「知っているんだな……どこかで線引きをしなきゃいけないとは思ってはいる」


 紺からある程度の話は聞いているのだろう。

 多少の罪悪感や、羞恥心を覚えてしまうものだ。


「昔、贈り物機能ってあっただろ。俺が色々食料を送っていた時期があってさ、貰った恩を返しにきてから今こんな感じなんだ、なんだかんだ律儀だよな」

「り、律儀……ですか」


 ため息が聞こえた。

 気のせいだろうかと掛川の方を向くと、困ったような表情で尋ねてくる。


「本当にそう思ってるんですか?」

「え?」


 聞き返すのは愚問かもしれない。

 だけど、俺にはそうすることしか出来ない。


「ただの恩返しだけでご飯を作ったり、家に上げたり……普通の女の子がそこまですると思ってるんですか?」


 ちょっとだけ心が痛いし、彼女の言い分も分かる。

 だけど俺は“勘違い”をしたくないのだ。

 その防衛反応か、俺は苦笑しながら返答した。


「紺はこれまで異性との交流がなさそうだし、まだ考えが子どもなんだよ。俺のことなんか友達くらいにしか思ってなくて、異性を感じさせないような話し方や空気感を保ってくれてるだけさ」


 自分語りみたいだが、ある部分では紺に感じた不便な点を容赦無く言った。

 役者人生の現れと言えないこともないが。


「大体、恩返しだなんて大層なことしてないのにな、はは」

「…………」


 言うべきことじゃないハズなのに、ペラペラと俺自身の為に勝手に出した本音を聞いて気分はどうか。無論、面白くもないだろう。

 だから適当に流せば良い話題であったのに、返答に間違えてしまった。


 それがこうも、掛川に真っ直ぐ刺さるだなんて思いもしなかったんだよ。


「……今の紺ちゃんがあるのは、貴方のおかげなのに」


 彼女は手を止めて何かを言いたそうにしていた。


 ——これ以上は聞きたくない。

 そう思った俺は、止めに入った。


「悪いが、今集中したい場面に入ったから後でいいか?」

「す、すいません……変なことを聞いてしまって」

「別にいいさ、気になるもんな」


 これまでにないほど機嫌良く、愛想良く言った。

 報酬はどうあれ、掛川の機嫌を損ねて仕事が無くなってしまっては困るからな。

 第一、 俺は逆らえる立場にない。これでいいんだ。


 そう自分に言い訳し、納得する。


「た、ただ分かるのが……」


 掛川は「最後に一つだけ」と言って、俺に伝えた。


「あ、貴方は自分に自信がなかったり、他人へ極端に労力を割いてしまったりと……私に似ている部分があったので余計に感じるものがあって……いや、こんなことを言うのも余計ですね。聞かなかったことにしてください」

「そうか、わかった」


 隣同士なので少しだけ気まずい空気が流れたが、時間が経てば編集作業に集中するのでそんなことも忘れてしまう。それどころか、質問を投げかけお互いに良いコミュニケーションが取れていた。


 それにしても、掛川という女は仕事熱心だ。

 激務とはいえ、この仕事を楽しんでやっていることが伝わる。

 情熱を持って仕事をしているからこそ、長時間労働に耐えられているのかもしれない。


(ふぅぅ~~……後少しかなぁ)


 意外と知られていないだろうが、1分の動画を作るのに大体1時間は要る。

 手が込んでいなければ30分程度で済むだろうが、事務所に所属する配信者の動画が稚拙で流石にどうかとは思う。


 後、最近の主流は20分動画が良いらしいな。

 その長さを4,5分割すると広告を入れやすく、またエンタメとして面白くなる尺なのだとか。


(やっぱり今も昔も、流行りを掴まないと伸びないことは確かなんだなぁ……)


 久々に動画編集をすると、思い出すものがある。

 楽しかったことや、恥ずかしかったこととか……。


 あ、てか良い感じに仕上がってきたから掛川に言わないとな。


「出来たから確認してくれないか……あれ?」


 彼女に話しかけたのだが、いなかった。

 お手洗いにでも行ったのだろうか。


「ふぅ……少しは休憩するか」


 再度チェックして、動画の粗がないかを確認する。

 やっぱり良い感じに仕上がったな~と少しだけ自負していると、誰かから後ろから声を掛けられた。


「ねぇねぇーアタシのトラッキングスーツ知らないー?」


 知 ら ん が な 。

 スタジオを借りて撮影に来た人かな?


 そう思って振り向くと——


「……周知くん?」

「ん……あれ?」


 忘れるはずもない、すごく懐かしい面影。

 俺の知っている人物がそこに立っていたのだ。


「伊豆、さん……?」


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