第42話 2人の出会い
今から遡ること5年前。
初めてのイベントだった。
それは『絹川コンとのトークスペース・握手もあるよ』という何とも適当に付けられた企画で、デビューして間もない頃、事務所から依頼され参加を余儀なくされたんだっけ。
というのも、開催場所が大きな箱で、私はその隅でやらせてもらえる。
いわば人数合わせといっても過言ではない、いわゆるサクラ。
企画が盛り上がってますよとアピールしたいが為に誘われた企画だったのだ。
それでも、私は知名度を上げる為、事務所の為と思って駆け出しにふさわしい場所を提供されたなって軽く思っていた。
だけど、実際は違う。
『……』
お客さんは誰一人としてこない。
登録者数は千を超える程度の弱小配信者であるのも理由である。
その頃、VTuberなんて知名度が低かったし、ボカロとか歌い手の方が人気あったんじゃないかなと思う。絵が喋るなんて気味が悪い人の方が多いだろう。
だから、その辺の顔出し配信者の方に人が集まっているのが自然だった。
『オフ会0人かぁ……はは』
乾いた笑いが出るほどに、終始お客さんは来なかった。
1000人登録者がいれば誰か一人くらいは来るだろうと思っていたけど、実際はそうでもない。相手にとっては、人がいるって実感がなかったのかも。
自嘲的な笑いが漏れる。私の配信者としての影響力のなさを、こんなにもリアルに突き付けられるとは思わなかった。登録者数は千人をわずかに超える程度で、多くの人にとっては見向きもされない存在だったのだ。
イラストが動くなんて、相手が人だって実感がなかったのかも。
「時間だし、帰ろっかな……」
自分に言い聞かせるようにブースを後にしようとしたその時だった。
『あ~今帰り? キミ可愛いよね、ちょっとお茶してこうよ』
『……だ、誰ですか?』
会場のどこからか現れた若い茶髪の男が声をかけてきた。
彼の言葉には軽薄さが滲み出ており、どうやらこのイベントの参加者の一人のようである。
『スイマセン、急いでるので……』
そもそも、誰かと話したい気分じゃなかった。だって初めてのイベント、誰も来てくれなかった。
オフ会0人だなんて、人気の無さを露呈しているようなモノで、それが悔しくて悔しくて仕方なかったんだから。
『いいじゃん、ほんとちょっとだけだし、マジ惚れちゃったのよキミに~?』
だったらもっと人が来るんじゃないの。
あ、そっか。私ってそこまで需要ないのかな。
……と思ったら、悲しくなってきた。
『やめてください、帰りますから……』
『えーつまんないって~寂しそうじゃんキミ~』
『……っ!』
涙を浮かべていたのがバレていたのか、顔が赤くなった感覚を覚える。
恥ずかしかった、自分の可哀想な顔を見られて。
何を勘違いしているのか、その男も調子に乗ってくる始末。
『ははっ、大丈夫だって、優しくするからさ。話きくよ?』
『やめてっ……くださ……いっ』
聞いて欲しくてこんな風になっているんじゃないのに。
だけど、言葉に出来ない悲しさと、男の人に対する怖さがあって私はただ耐えるしかなかった。
……もう限界かもしれない。
わぁっと声を上げて泣きそうになった時だった。
『……おい』
誰かがその男の手首を掴んだのだ。
『ってえな、なんだお前!』
『嫌がってるだろ、やめろよ』
『ンだとォ!?』
ナンパに失敗したと思い激昂する男は胸倉を掴む。
だけど、その人は物ともない……っていうか、すごく不機嫌そうな態度を見せていた。
『俺はすごく機嫌が悪いんだ』
『あァ~? 何言ってんだコイツ?』
『この時の為に仕事をかなーーーり早く終わらせたのにトラブル続きで結果、こんな時間になっちまった。イベントも既に終わってる。それでお前みたいなカスが目の前でうろついてて気になって仕方がない』
『いっみわかんねェ~だからって手首掴む理由になるかァ? これって暴行、傷害罪だよな~??』
ナンパ男は彼を煽っている。それがマズかったらしい。
『暴行罪っていうのはな……こうやるんだよッ!!』
『へ?』
彼は拳を振り上げ、ナンパ男に下ろした。
『——がふっ!?』
ドゴォッ!! ガッシャァン!!
瞬間、ナンパ男は力の入った一撃により吹き飛び、仮設ブースへと転がっていった。
その光景は、まるで映画のワンシーンのように劇的で、周囲を一瞬にして静まり返らせた。
『俺の好きな声に手ェ出してんじゃねえ……ッ!!』
『ちょ、ちょっと……っ!?』
彼は怒りに震える声で叫んでいた。
私は驚きのあまり立ちすくむだけ。
その場にいた客たちは、事態の収束を求めて警備員を呼び寄せる。
警備員が駆けつける中、その男は冷静さを一切失わず、ただただ静かに憤りを表していて……そして、警察沙汰になる事態に発展し、その場はさらなる混乱に陥った。
◆◆◆◆
『すいません、はい……もう二度としません……はい』
冷静さを取り戻したのか、彼は周囲に謝っている。
その声は疲れ切っており、事態が収束するにつれて、彼の中で何かが変わったのかもしれない。
そんな彼に私は声をかけた。
『あ、あの……ありがとうございました……』
『こっちこそ悪かった……働きづめで気が昂っていた』
その言葉には自己嫌悪が滲んでいるように感じられた。
確かに人を殴っていい理由にならないけど、私は意外にもその乱暴さや非常識さが救われている。
この人にも苦労はあるんだろうなって聞いてみた。
『ずっと仕事だったんですか?』
『あぁ、かれこれ30時間ほどだ』
『えぇ!? 大丈夫なんですか!?』
『こんなの推しに会う為なら惜しんででも……だが、俺は間に合わなかった』
そう……切なげに言った。
その声には、何か大切なものを逃した悲しみが溢れていた。
会いに来たのは、誰だったのだろう?
これだけ頑張って会いに来たのに報われないなんて——
『誰と会いに来たんですか?』
『絹川コンっていう、VTuberだ……』
『ぶーーーッ!?』
お、重たすぎる……。
他人事のように思っていたけれど、いざそれを実感すると重い。
『てっきり似た声がすると思ってきてみたら変な男が女をイジメているし、危うく警察沙汰になるところだったし、とんだ災難だ……』
『あ、はは……あはは……』
私は無理矢理笑いを浮かべた。なんとも言えない気持ちで。
人気が出れば、こうした厄介な人間に目を付けられるかもしれない。そんなリスクを背負うことが、ますます重荷に感じられてくる。
だけど……人気なんて出るわけないと思っていた。
今日という日で思い知らされて、うんざりしていた所だったのに
『はぁ、会いたかった……差し入れまで持ってきたのに……』
彼はがっかりした様子で何かを取り出したのだ。
『どうしたんですか、それ?』
『イカ焼きだ、前もって買っていたんだがこれでは……』
私はほんの少し笑った。
よく私に贈り物をしてくれる人なんて一人しかいない。
『彼女はいつもメシに困っている。だからちょっとでも美味いモン食べさせてあげたいと思っていたんだが……』
そのコメントから伝わってくる、呆れるくらいなお人好し。
誰だか分かるからこそ、笑ってしまう。
『はぁ……だからって、生モノの差し入れはNGですよ』
『え、そうなのか?』
『当たり前ですっ! だって危ないじゃないですか!』
食当たりの危険があるので、基本イベントではタブーとされている。
だけど、私は分かっているから良いのだ。
『まさか……イベント初参戦だから』
『もう、仕方ないですねぇ……だったら私が貰っておいてあげましょうか』
『え、君に?』
『なーんてね♪』
彼は少し安堵の表情を見せ、苦笑いを浮かべた。
『まぁ……君はあの子の声にそっくりだから、いいか』
『ぎくっ』
私は心の中で驚く。ここまで気付かないものだろうか。
『はぁ……コメントにあれだけ行くと言ったのになぁ』
彼がどれだけ私のことを理解しているのか、それが少し怖くもあり、同時に嬉しかった。
だからこそ、強がってしまう。
『別に来なくてもイベントをするくらい人気でしょうから気にしませんよ』
誰一人……私に会いに来る人なんていなかったのに。
けど、この人には心配されたくない。
彼の中での
『だよなぁ、いつも聞いてて楽しいし、俺の幸せの時間なんだ』
『へぇ~でも私そんな子知らないんですけどねぇ♪』
『なに!? じゃあ今から布教してやる。この子は貧困という自虐ネタを武器にして様々な節約術を駆使するとても強くも面白い子で——』
ちょっとだけからかうと、必死になる。
そこがまた面白くって、思わず笑みが零れた。
『ふふっ……それだけ推してるんですね、その子の事』
『あぁ、絶対にいつか伸びる子だって俺は確信してる』
『あはは、そこまでなんですね♪』
彼の情熱が伝わってくると同時に、私も彼の話に引き込まれていく。
信じる力に、私も何かを信じてみたくなった。
そして——いつの間にか私は急上昇し、彼の言葉が事実となる。
この出会いがきっかけで、私は努力し続けることが出来た。
今でも彼のことを想い続けている。
辛い時も、悲しい時も。
一人のファンによって支え続けられてきて。
いつの間にか、気付いたんだ。
『……また、会えないかな』
遅れて気付いた——私の初恋である。
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